ロイとイーギー(ロ)
「ココットさーん! ジャガイモ洗いおっわりまーしたーっ」
入ってきたのは、金髪短髪の青年だった。子どものような無邪気な顔だが、鼻筋を横断するように古傷が付いている。
「ロイ、うるさい。そして邪魔」
ロイと呼ばれた青年の後ろにいた前髪の長い青年が、聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソリと呟く。ロイはその青年の首に腕を回しながらヘラヘラ笑った。
「イーギーが洗うの下手で時間かかりまくりっすよー。ダメだぞ、お前」
「それはお前だろうがっ。お前がジャガイモ洗うのド下手だから、ほとんど俺が洗う羽目になったんだ。お前は子ども達と遊んでただけじゃねーか」
「あっ、それ内緒って約束しただろ! なんでバラすんだよ。この裏切り者っ」
ロイがイーギーのこめかめを両手の拳で挟んでグリグリする。イーギーは「いてぇよ!」と怒鳴ってもがいていた。そんな様子を見て、ココットさんが二人を一喝する。
「二人とも、いい加減にしな! やることはまだまだ山のようにあるんだから、しゃべってないで手を動かす」
「あ、相変わらず、ココットさん怖ぇっす……」
「なんで俺まで……」
「つべこべ言わずに働きな! 次は皮剥きだよ」
「へーい」
「わかりました」
二人はカゴ山盛りに入っているジャガイモを流しに持っていく。そんな二人にルイーズがナイフを手渡していた。
「ココットさん、この二人は?」
「ああ、三日前から新しく厨房に入った新人だよ。例の常闇のドラゴンから抜け出した連中の一部さ」
「常闇のドラゴンの……」
掃討作戦が始まる前から、かなりの人数がカルツィオーネ入りしているとニール様がおっしゃっていたけれど。ここまで人が来るということは、それはどうやらウソではなさそうだ。
ロイがジャガイモとナイフを交互に睨む。その後でふと私と目が合った。
「血のように真っ赤な服に、目玉飛び出るほどの超美人……。あんたまさか、極悪令嬢の鬼強ぇ護衛さん!?」
「ロゼッタです」
「そう、ロゼッタ!」
「ロゼッタって、あの暗殺一家だか殺人一家だかの生き残りの?」
「そうです」
すると、ロイとイーギーから血の気が引いた。そしてお互い身体を震わせつつギュッと身を寄せ合う。
「お、俺らもう常闇のドラゴンと関係ねぇっすから!」
「こ、殺しても何の得にもなりませんよっ」
「は?」
何を言っているのかわからない。そんな風に首を傾げていると、二人も同じように首を傾げた。
「あれ? 極悪令嬢に命令されて俺ら殺しに来たんじゃないんすか?」
「どうして?」
「どうしてって……。極悪令嬢は常闇のドラゴンに関わった連中を一人残らず殺し歩いてるって噂を聞いたんで。てっきり俺らも殺されるのかと」
「はあ?」
「結構みんなビクビクしてるよな。足洗ったとはいえ、一度は盗賊になっちまったから。もしかしたら自分もって。え、違うんすか?」
頭を抱えるだけでは足りなくて、思わず大きなため息が出た。そんな私を見てミネさん達がクスクス笑う。
「さすがアンジェリーク様。悪い噂が絶えませんねぇ」
「まさか本拠地であるカルツィオーネでアンジェリーク様の悪い噂を聞くとは思いませんでした。まったく、我が主人とはいえため息を禁じ得ません」
「きっと、常闇のドラゴンやヘルツィーオのスラム街から来た外部の人間が噂しているのでしょう。こればっかりは仕方ありませんわ」
「そういえば、この前ヘルマンがサボろうとしてた新人に言ってたよ。サボったら、怒ったアンジェリーク様がロゼッタさん使って殺しに来るぞって」
「はあ?」
「そいつ顔真っ青にしててさ。それ以降真面目に働いてるんだとさ」
「まあ、ヘルマンったら。アンジェリーク様の悪い噂を利用してるのね」
「そういえば、私もとある農家の方から話を聞きましたわ。同じようにアンジェリーク様とロゼッタさんの名前を出したら、みんな見違えるように働き出したって」
「なんだ、みんな利用してんのかい」
「……カルツィオーネでアンジェリーク様の悪い噂が広まった原因がわかったような気がします」
再び大きなため息をつくと、ルイーズまでもがクスクス笑った。ただ、ロイとイーギーだけはわけがわからずポカンとしている。
「みんな悪気はないんです。むしろ、親しみを込めて利用しているんだと思いますよ」
「でなきゃ、心配して食料なんか持って来ないって」
「食料?」
すると、ココットさんは厨房の隅っこに山積みになっている麻袋を指さした。
「あれ全部アンジェリーク様を心配したみんなが持ってきたヤツだよ。最初は保管庫に入れてたんだけど、そっちに入りきらなくなっちまったからこっちに置いてんのさ」
「そんなにいっぱい……」
「みなさん、アンジェリーク様に元気がないと知って、自分でできることをされているんです」
「みんな口々に言ってますよ。アンジェリーク様が早く元気になりますようにって」
「そうですか……」
今すぐにでもアンジェリーク様に教えてあげたい。あなた様を想っている人がどれだけいるのかを。あなた様を責めている人なんて、おそらくカルツィオーネにはいないのに。
「へえ、意外。極悪って付くほどだから、めっちゃみんなに嫌われてると思ってた」
「意外とみんなに愛されてるんすね」
意外、か。確かに、噂しか知らない人達からしたらそうかもしれない。そんな風にロイとイーギーを見つめていると、何故か二人は「ひっ」と顔を引き攣らせて抱き合った。そんなに怖い顔をしているだろうか。
「常闇のドラゴンは潰しました。ですから、わざわざ足を洗ってまっとうに生きることを選択したあなた達を、アンジェリーク様は殺したりはしません」
「ほんとっすか!?」
「そもそも、市民権を与える提案をしたのはアンジェリーク様です。はじめから殺す気なら、そんなことはしないと思いますが?」
「確かに、それはそうかも」
「アンジェリーク様は、仕方なく盗賊にならざるを得なかった者達にも救済の手を差し伸べているのです。ですから、あの方の想いを踏みにじらないよう、一日一日真っ当に、真面目に、精一杯生きてください。それがあの方の望みです」
常闇のドラゴンの規模を減らすだけなら、時間はかかるが下っ端を片っ端から捕まえればいい。ヘルツィーオのスラム街から来る連中は、その道中で追い返せば事足りる。でも、それをせずわざわざ市民権を与えたのは、アンジェリーク様にそういうご意思があったからだと思っている。
「あと、あなた達もヴィンセント家で働くのなら、極悪令嬢ではなく、アンジェリーク様とお呼びなさい。もし次会った時改善されていなければ、本当に殺しに行きますから」
ギロリと睨んで牽制する。すると、ロイとイーギーは顔を真っ青にして、首がもげそうなほど何度も頷いた。
情けない二人の姿を見て、ふう、と息を吐く。そのタイミングで、厨房の裏口から子ども達が顔を出した。




