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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

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逸材

 今回の各班には、それぞれ班長がいる。


 調理班はココットさん。屋内班は、ミネさんヨネさん。屋外班は、ニール様。そして修理班は、大工をしているマティアスのお父さん、ヘルマンさんが担当することになった。


 そして、クレマン様は現場指揮の総監督として、各班を行き来したり、班長と相談をしたりしていた。


「見てて思ったんですけど。クレマン様って子ども好きですよね」


 窓を拭きながら、私は隣にいるヨネさんにそう話しかけた。


 クレマン様は、男の子を肩車しながら、家の埃を落とす手伝いをしている。とても楽しそうだ。


「そうですねぇ。昔から子どもはお好きみたいでしたよ。少し前までは、孤児院にも通っておいででしたし」


「へえ、そうなんですか。だから奥様は、自分以外の子どもの産める誰かと再婚しろって、クレマン様におっしゃったんですね」


「あら、どうしてそのことを?」


「クレマン様ご本人からお聞きしました」


「そうでしたか。アンジェリーク様に言うのもなんですが、お二人はとてもお似合いのご夫婦でしたよ。相思相愛とはこの二人のためにある言葉なのではないかと思ったほどです。うちの主人とは大違い」


 なんて言って、ヨネさんはホホホっと笑う。


「ヨネさんって、結婚してたんですね」


「ええ。私だけでなくミネも。二人とも結婚して一度はここを離れたんですけれど、人手不足とお聞きして戻ってまいりましたの。と言っても、子どもが自分達の手を離れてから、ですけれど」


「そうだったんですか。では、ご主人は今どちらに?」


「亡くなりました。ここへ来てしばらくして」


「それは……ご愁傷様です」


「あらやだ、もう何年も前のことですから、お気になさらず」


 気にするなと言われても気になる。それが態度に出ていたのか、ヨネさんは続きを口にした。


「ここへ戻りたいと言った時、主人は賛成してくれました。しかも、ここで一緒に住み込みで働いてくれたんです。今思えば、とても優しい人でした」


 そう語るヨネさんの顔が、愛おしそうな、懐かしむような、それでいてどこか切なそうなものになる。それだけでわかる。ヨネさん夫婦も、クレマン様達に負けないくらい相思相愛だったんだって。


「それこそ、男手があった時はまだ良かったのですけれど。私達だけになってからは、なかなか高い所の掃除や重い荷運びなどができなくて」


「ここの人手不足って、どうにかなりませんかね? そんなにお給料安いのかな」


「お給金だけの問題ではありませんわ。ここは他の土地より魔物や盗賊がよく現れます。それに加えて田舎でしょう? 危険な上に薄給なんて、もっと好条件の職場を選ぶのは当然ですわ」


「なるほど。確かに一理ありますね」


「昔はそこまで他の領地への移動はなかったですし、職もそこまでなかったものですから。家のためにと、選ぶ自由さえなくここへ送り出されたものです。時代が変わりましたね」


「辛かったですか?」


「初めの頃は。ホームシックにもなりましたし、失敗して先輩に叱られることも多くて。特にジゼルさんは厳しかったですから。でも、その厳しい指導のおかげで、一度引退した後でもこうして働けている。今では感謝していますわ」


「なんか良い話ですね。私も頑張ろうかな」


「あら、ではアンジェリーク様のためにも、厳しく指導しなくてはですね」


 そう言って、お互い笑い合う。


 前世の時の仕事は、ある程度自分で選べたし、自分のため、生きるために働いていた。でも、ヨネさん達みたいにそうじゃない人もいる。


 こういう話を聞くと、いかに自分が恵まれていたのかがよくわかって、ちょっと後ろめたい。


「あ、ヨネさん!」


 廊下の向こうで、エミリアがヨネさんを呼びながら走ってきた。


「こら、エミリア。廊下を走ってはいけませんよ。はしたない」


「ご、ごめんなさい! 孤児院の癖でつい」


 きっと、毎日走り回る子ども達を追いかけているのだろう。最初に出会った時もジルを追いかけ回していた。


「それで、どうしたのですか?」


「はい。指示された向こうの客室の掃除が終わりました。確認お願いします」


「あら、もう終わったの? 今行きますね」


 ヨネさんが軽く驚きつつ、エミリアが掃除した部屋の中を覗く。私も興味本位で後に続くと、部屋の中はまるでホテルかのように、隅々まで綺麗に仕上がっていた。


「うわ、すごい。ピッカピカ」


「ええ。まさかここまでとは」


 ヨネさんも感心したという風に頷く。


「エミリアは掃除が得意なの?」


「得意というか。孤児院で生活していたら自然と身につきました。子ども達は、よく食べこぼしたり、物を散らかしたりと、汚すことに関しては天才的ですから」


「なるほど」


 そういえば、前世で兄のお嫁さんがそんなことを言っていた気がする。子育てって大変よ、って。


「次はどこをお掃除いたしましょう?」


「では、この隣の部屋を……」


「あ、そこはもう終わりました」


『えっ?』


 エミリアにそう言われ、ヨネさんと二人で慌てて隣の部屋を覗く。彼女が言った通り、中は眩しいくらい綺麗だった。この様子に、さすがのヨネ先輩も目を丸くして驚いている。


「……ヨネさん、どうしますこの逸材」


「そうですねぇ、今すぐ囲い込みたいところですわ」


 お互いの意見が合致する。善は急げ、即行動。


「ねえ、エミリアは今仕事とかしてる?」


「いいえ。本当は孤児院のためにも働きたいのですが、なかなか条件に合ったものが見つからなくて」


「というと?」


「住み込みの仕事はなるべく避けたいんです。身支度や食事の世話など、まだ自分で出来ない子もいて。特に朝と夜は戦場なんです。ですから、ジゼルさんだけにお任せするのは大変かと」


「ほうほう」


「通いも考えてはいるんですけど、遠かったり、朝早くて夜遅かったりと、なかなかうまくいかなくて。自分でも選べる立場でないのは重々承知なのですが」


「確かに、私の若い頃は選ぶなんて贅沢許されませんでしたよ」


「そう、ですよね」


「でも、あなたの場合は、孤児院の子ども達やジゼルさんを思ってのことですから。悪いことではないと私は思いますよ」


「ヨネさん……ありがとうございます」


 エミリアがヨネさんに頭を下げる。その後で、手にしていた雑巾をギュっとキツく握りしめた。


「あの! メイドとしてここで働かせていただくことはできないでしょうか? できれば通いで」


『通いで?』


「はい。ここでしたら、孤児院からも歩いて通えますし、アンジェリーク様のために何かしたいのです」


 そう熱く語られ、思わずヨネさんと目を見合わせた。


「ここは基本住み込みで募集しているから、私の一存ではどうにも……」


「そう、ですよね」


「いや、いいんじゃない?」


 私がそう言うと、二人は「え?」と声をあげた。


「私からニール様に聞いてみる。さっきのエミリアの事情も話してね。たぶん、ううん、絶対認めさせる」


「本当ですか!」


「大丈夫ですか、アンジェリーク様。ニール様はなかなか頑固ですよ?」


「だって、ヨネさんも見たでしょ、エミリアの掃除能力。それ以外にも何かできることある?」


「家事全般はだいたい」


「ほら! こーんな逸材、人手不足のこのお屋敷に絶対必要不可欠でしょう。たかが住み込みか通いかの違いで手放すなんてもったいない。そんなの、バカのすることですよ」


 まさか、エミリアの方から私の目の届く範囲に来てくれるなんて。こんなチャンス、逃してなるものか!


「あの、本当によろしいのですか?」


「私に任せなさい。あの石頭の常識、ぶち壊してやるわ」


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