葬儀
三日後。
私は、お父様とロゼッタとニール様と一緒に馬車に乗っていた。
身につけている服は、喪服用の真っ黒なドレス。これから犠牲となった五人の葬儀が執り行われるので、それに参列するためだ。だからこそ、いつもは赤い服を身につけているロゼッタでさえ、今日は黒い服を着ていた。
「本当に参列されるのですか?」
「当たり前じゃない。カルツィオーネのために犠牲になったんだもの。その領主の娘として参列するのは当然でしょ」
「本当にそれだけですか?」
「どういう意味?」
「あなた様は、依然ご自身を責めていらっしゃる。今日の参列は、その罪滅ぼしのつもりなのではないかと。だからこそ、怪我をおしてもなお参列することを選んだ。そうなのではありませんか?」
図星だった。ただ、ここでそうだと肯定するとまた色々言われそうなので、私はあえて沈黙を選んで窓の外に視線を移した。
今日の天気は曇り。どんよりとした暗い雲は、今にも落ちてしまいそうなほどに重たそう。前世の天気予報なら確実に傘を持って行けと言われるような天気だ。思わず山火事の中ルイーズ達を助けに行った日のことを思い出した。あの日も最後の方は雨だった。
「アンジェリーク様、まだお返事を聞けておりません」
「いいじゃないか、ロゼッタ。もうそこら辺でやめにしよう。もうすぐ目的地に着く」
「ですが、ここのところアンジェリーク様は食事もろくに手をつけておらず、ずっと塞ぎ込んでいらっしゃいます。心配するのは従者として当然のことだと思いますが」
「君がアンジェリークの身を案じているのもわかる。彼女の心の傷を心配しているのもね。だからこそ、そっとしておいてあげるというのも一つの手だ。過剰な心配は時に相手の負担にもなりうる」
「それはっ……」
「ロゼッタ、やめろ。クレマン様のご命令だ」
「っ……わかりました」
ニール様にまで嗜められ、ロゼッタが悔しそうに拳を握りしめる。そんな様子に申し訳なさを感じつつも、私はお父様の優しさに感謝していた。
お父様は戦争を経験している。多くの人が自分ために亡くなり、慕ってくれた大切な仲間達を失うという辛い経験を。だからこそ、今の私の気持ちが痛いほどよくわかるのだろう。そんなお父様の気遣いは、今の私には嬉しかった。
馬車は、周囲を木々に囲まれた緩やかな坂を登っている。そして突然開けた場所が現れたかと思うと、そこでやっと動きが止まった。
窓の外を見る。そこには、いくつもの十字架が地面に刺さっていた。そこに、同じように黒い服を纏った領民達が集まっている。どうやらここは共同墓地のようだ。
私以外の三人は、難なく馬車を降りていく。その後で、小さい子どもを車から降ろすように、お父様が私を抱えて馬車から降ろしてくれた。そして、ロゼッタが馬車から松葉杖を取り出して私に手渡す。
「ありがとうございます、お父様、ロゼッタ」
「いえ」
お父様はただ頷き、ロゼッタは機械的な返事を返す。彼女はまだどこか不服そうだ。いや、もしかしたら怒っているのかもしれない。
馬車が到着したことで、みんながこちらに注目する。そして、遠目からでも息を呑んだのがわかった。
その原因は、明らかに私だろう。首から見える包帯、三角巾で吊るされた右腕、松葉杖を使い引きずるように歩く左脚。知らない人が見ても、一発でわかる重傷者っぷりだった。
「手伝おうか?」
「大丈夫です。一人で歩けます」
お父様の助けを断り、松葉杖を使いながら自力で歩く。ただ、右腕が使えないばかりか、整備されていないガタガタの道は、なかなかに手強い。さらに、力が入れば怪我をした部分が痛む。なんだこれ、苦行か。
そんな中で上手く歩けるわけもなく、私は途中バランスを崩して転倒してしまった。
「いっ……」
衝撃で脇腹に激痛が走る。背中も、左太ももも、右手も、何もかもが痛い。そんな痛みに動けない私に、ロゼッタが慌てて駆け寄る。
「アンジェリーク様、大丈夫ですか?」
「大、丈夫……よっ」
「そんな風には見えません。やはり戻りましょう」
そう言って、ロゼッタがお父様を呼ぼうとする。私はそんな彼女の裾を慌てて掴んだ。
「やめて! 私は、戻らない。葬儀に参列する」
「しかしっ……」
「じゃあ、言い方を変えるわ。私を葬儀に参列させなさい。これは、主人命令よ」
強い意志を込めてロゼッタを睨む。彼女の目は逡巡していた。しかし、最後は忌々しそうな顔をしながらも、「わかりました」と吐き捨てて私を起き上がらせてくれた。
「参列させろとは指示されましたが、手伝うなとは言われておりませんので」
静かに、それでいて怒ったような口調でロゼッタが私に付き添いつつ介助を始める。みんなが気にするから本当は嫌だったけど、それすら断ると強制的に戻されそうだったのと、ロゼッタも嫌なのに我慢してくれているんだということを考慮して、私は振り払うことはしなかった。
みんなが集まっている場所には、領民や自警団の人だけでなく、ヴィンセント家の使用人ズや、エミリア、ジル、ルイーズ、そして両殿下やギャレット様、マルセル様やノアやリザさんも参列していた。
「リザさんも参列されてたんですね」
「亡くなったのは知り合いの傭兵だったからね。身寄りもない天涯孤独な奴だったけど、クレマン様が一緒に埋葬してくれるっておっしゃってくれたからさ。手を合わせとこうかと思って」
「そう、ですか……」
「こいつも幸せだよ。傭兵なんて死んでもほっとかれることが多いから。どっかの山の中で野垂れ死ぬより、こうやって丁寧に埋葬してもらえて。しかも、あのマルセル様まで弔ってくれるなんてね。今頃あいつあの世でクレマン様に感謝してるだろうさ」
そう言ってリザさんは笑う。でも、その目はどこか寂しそうな気がした。そんないつもの彼女らしくないしんみりとした姿を見ていられなくて、私は無理矢理視線を逸らした。そんな私をリザさんは見逃さない。
「姫はどうしてここへ? べつにその大怪我なら参列しなくても誰も文句言わないと思うけど」
「そういうわけにはいきません。今回の掃討作戦を考えたのは私ですから。そのせいで犠牲になった方を弔うのは当然です」
「そのせいでって……。やっぱり気にしてたんだ、犠牲者が出たこと。使用人達や姫の私兵達が心配してたから、そうかなとは思ってたけど」
「いけませんか、気にしては」
その声が冷たくなってしまったのは、ロゼッタと同じようなことを言われて面白くなかったから。
それ以上突っ込まれたくなくてリザさんに背を向ける。そんな私にリザさんは声を投げかけた。
「気にするのは勝手だけどさ、そんなか弱い心じゃこの先やっていけないよ。特に叶えたい何かがあるのならなおさらね」
「……そうですか」
そんなことはわかっている。それでも、自分の意思ではどうすることもできない。今は特に、身体の痛みよりも心の傷の方が痛くてたまらないのだ。こんなことを繰り返していたら、いつか精神を病む。いや、もしかしたらもう病んでいるのかもしれない。
リザさんの追撃をかわしたくて、そそくさと離れる。すると、両殿下が私に声をかけてきた。
「大丈夫なのかい、外に出て。寝ていた方が良かったのでは?」
「領主の娘として、そういうわけにはいきませんから」
「ふーん」
レインハルト殿下はいいとして。気のせいか、ラインハルト殿下にジロジロ見られている気がする。
「それはそうと。どうして両殿下まで参列されていらっしゃるのですか?」
「表向きは、俺達が盗賊狩りを提案してみんなが賛同してくれた体になっているからね。参列するのは当然かと。まあ、そうでなくとも参列する気ではあったけど」
「領民だろうが傭兵だろうが、大切な何かを守るために命を懸けて戦った勇敢な者達を弔うのは当然の行為だ。お前だってそうなんだろう?」
「私は……」
ラインハルト殿下にそう言われて、どうしてだろう、思わず言葉に詰まってしまった。そして、私が続きを言う前に葬儀が始まってしまった。




