数えるのが億劫になってやめました
「囮……作戦……だと? つまりこいつは、はなから俺達のアジトを見つけるために、ここまでの犠牲を払ったってのか?」
「その通りだ。こいつの根性すげーだろ。おかげで、シャルク軍はここを包囲できたし、これで一匹残らずお前達を始末できそうだ」
「このやろう……っ!」
「おっと、これ以上あいつには触れさせない。お前の相手は俺だ!」
そう言うと、ラインハルト殿下はジェスへと向かっていった。その後でノアの「よしっ」という声が後頭部に落ちる。
「応急措置終わり。これで後はお医者様に診てもらおう」
「ありがとう……ノア……」
ノアは私のお礼に笑顔で応えると、そばにいたグエンに声をかける。
「えっと、なんて言ったっけ。グ、グ……」
「グエンだ」
「そう、グエン! グエンにお願いがあるんだけど。僕ちょっと暴れてくるから、その間アンジェリークのことお願いしていい?」
「構わない。元からそのつもり」
「ありがとう。じゃあ、よろしく頼むね」
ノアすぐさま立ち上がる。そして腰に下げていた剣を抜くと、混乱している盗賊の群れの中へと飛び込んでいった。
「相変わらず、あいつ強い」
ノアの戦いを見たグエンがそう呟く。そういえば、ナターシャ達と一緒に盗賊に襲われた時、グエンも近くにいたんだっけ。
「……戦って、みたいの?」
「一度手合わせしてみたい」
そう答えつつ、目の前にきた敵を剣で薙ぎ払う。
「意外……武術に、興味、あるなんて……」
「俺も意外だった。戦いは相手を傷つけるだけだから、ずっと嫌いだったのに」
「あなた、ノアと、一緒、ね……気が合う、かも……」
顔だけ動かしてノアを見る。彼はもう十人以上倒しているようだった。
「ボス、しゃべりすぎ。傷口に障る」
「いいのよ……しゃべってないと、意識が、飛びそうに、なるから」
「寝てていいと思うけど」
「嫌よ……奴らに、完全勝利、するとこ、見るまでは、絶対、起きてる……っ」
ずっと、全身をナイフで刺されながら燃やされているような、気を失うほどの激痛が絶え間なく私を襲っている。正直、意識はぼんやりしてきていて、気を抜いたらそのまま意識を失いそうだ。
それでも、私はこの戦いを最後まで見届けたい。私だけでなく、カルツィオーネの人達をずっと苦しめてきた常闇のドラゴンを、この手で壊滅させる瞬間。誰もが待ち望んだその瞬間を、私はこの目で見ていたい。だから、それまでは絶対気を失うわけにはいかない。
「女の執念だな」
「意地と、言って……」
そう言い返すと、グエンがフッと笑った。笑った顔の方がイケメンだ。そんな彼の顔を眺めていて、そういえばととあることを思い出した。
「グエン、子ども達の、ことだけど……」
「子ども達には、本当に悪いことをした。俺のせいであんな酷いことになるなんて……」
「そのこと、なんだけど……」
「子ども達の仇は、必ず俺が討つ」
「そうじゃ、なくて……っ」
口が上手く動かせないからもどかしい。そんなことを考えていると、私達の目の前に吹き飛ばされたジェスが倒れ込んできた。
「クッソ……っ」
「もう終わりか? 威勢の良いこと言ってたくせに、大したことねーんだな」
「あぁっ!? 調子こいてんじゃねーぞ!」
こめかみに青筋を立てたまま、ジェスがラインハルト殿下に向かっていく。しかし、振り下ろしたナイフはことごとく防がれ、隙をついた殿下の蹴りが鳩尾に入る。ジェスはその場にうずくまった。
「なんだ、練習相手にもならねぇほど弱いな。これで二十人以上殺したと自慢してるなんて、笑わせる」
「うっせー、よ……っ」
「お前は、あまりにも俺の大切な者を傷付けすぎた。その罪はお前の命で償ってもらう」
「へっ……ほんと頭にくるお坊ちゃんだぜ。そういう奴が俺は一番嫌いなんだよ!」
ジェスが再びラインハルト殿下にナイフを振り下ろす。しかし、それが届く前に、殿下の剣がジェスの腕ごと跳ね飛ばした。彼の右肘から下が綺麗に失くなり、代わりに大量の血液が流れ落ちる。「ぎゃあぁっ!」というジェスの耳障りな悲鳴が倉庫に響き渡った。
「アンジェリークが受けた痛みはこんなもんじゃない。だが、お前が生きていると虫唾が走る。もうこれで最後だ」
殿下が痛みに呻くジェスに剣先を向ける。しかし、それを振り下ろす直前、横からフードを被った一人の男が猛スピードで殿下を襲ってきた。
「なんだ、お前っ」
殿下は辛うじて防ぐが、すぐさま次の剣撃が彼を襲う。動きが速くて無駄がない。これはまさか、ヘルツィーオの軍人か。
「ラインハルト殿下!」
ギャレット様が向かおうとするが、その途中で盗賊達に囲まれて行く手を阻まれる。
「邪魔だ、どけ!」
ギャレット様が目の前の相手を蹴散らしている間も、不意を突かれた殿下はどんどん押されていく。そして、ついに彼の剣が上に弾かれた。殿下の胴がガラ空きになる。
「しまった……っ」
「殿下ぁ!」
フード男の剣が殿下の脇腹に触れる、その直前。一人のフードを纏った人物が間に素早く入り込み、クロスさせた二本のナイフで相手の剣撃を防いだ。これには相手の方が驚いている。
「そんなバカなっ」
「遅いです」
それは、ロゼッタだった。彼女はナイフを滑らせ剣をなぞっていく。そしてナイフを相手の首めがけて振るうが、それは間一髪でかわされた。それを見て、リザさんが他の相手の喉を槍で突いた後でからかうように笑う。
「だっせ、外してやんの」
「今のは殿下と相手を引き離すのが目的でしたから、わざと外しました。ですが、次は外しません」
ロゼッタの目が鋭くなる。すると、フード男の警戒の色が強くなった。
「あなた、最初のアジトの時私を襲った相手ですよね? 剣の軌道が似ています。あの時はどうも」
「……ふん、同じ目に遭わせてやる」
「やれるものならどうぞ。ただ、子どもでなくなった今の私では、あなたはずいぶんと役不足です。急いでいますので、秒で終わらせますね」
「言ってろ!」
男がロゼッタに向かって剣を振るう。しかし、ロゼッタはそのことごとくを余裕でヒラリ、ヒラリとかわしていく。何がすごいかって、相手は軍人なのに、まるではたから見たら遊んでいるように見えることだ。
「こいつ……っ」
「遅すぎます」
その言葉通り、避ける瞬間、ロゼッタは相手の腕や肩を切り裂いていく。ついに、彼は剣を落としてしまった。そのチャンスを彼女は見逃さない。
「ジェス、あなたは二十人以上殺したと自慢していたようですが……」
ロゼッタのナイフが男の頸動脈を切り裂く。男の呻き声と派手な血飛沫がその場に上がった。
「私は百を超えた辺りから、数えるのが億劫になってやめました」
「ひゃ、百……っ」
ジェスの呟きが血の雨と一緒に落ちる。そして男は膝から崩れ落ちて絶命した。




