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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

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お屋敷の大掃除

 背中の痛みも引いてきた一週間後。


 ヴィンセント家のお屋敷の前には、大きな人だかりができていた。


「ねえ、ロゼッタ。確か私が大掃除を命じたのは、孤児院の子ども達だけだったわよね?」


「はい、そのように記憶しております」


「じゃあ、なんで孤児院の子ども達だけじゃなく、街の人達まで来てんの!?」


 確かに孤児院にいた子ども達もいる。けれど、その倍以上の街の老若男女が、お屋敷の周りでわいわいおしゃべりをしていた。中には、剪定バサミやデッキブラシ、雑巾の束に大工道具を持った人までいる。一種のお祭り状態だった。


 叫ぶ私の横で、ココットさんとミネヨネさんがふふふっと笑う。


「ごめんねぇ、アンジェリーク様。買い出しに行った時、つい大掃除のことみんなに話しちゃってさ」


「そしたら、みなさん自分も手伝いたいと手を挙げてくださいまして」


「人手は多い方が早く終わりますでしょう? それに楽しいですし」


『だから良いかと思って』


「…………そう、ですか。そうですよね、はははっ」


 なんかものすごい大事になってる!


 そんなつもりなかったのに。これじゃあまるで私が街中の人達に命令したみたいじゃない!


「悪どい女だな。今度来た令嬢は、領民をアゴでこき使う性悪女だという噂が流れそうで実に愉快だ」


 いつの間にか隣に来ていたニール様が、意地の悪い顔でケケケっと笑う。思わずキッと睨んだ。


「どうして止めなかったんですか」


「止めようとしたのを止めたのはお前だろう。クレマン様を利用して俺を黙らせた罰だ。反省しろ」


「利用したんじゃありません。了承を得ようとしただけです。現に、クレマン様も乗り気だったじゃないですか」


「ああ、そうだよ」


 背後から低く優しい声が聞こえて二人とも振り返る。そこにいたのは、汚れてもいいような軽装に着替えたクレマン様だった。


「最初、孤児院の子ども達にこの屋敷の掃除を命じた時は躊躇ったもんだが。その後のご褒美が良かったな」


「ああ、あの、頑張ったらご褒美にココットさんが作るご馳走を食べさせてあげる、ですか」


「そうだ」


「だって、孤児院の子ども達って、満足な食事にありつけてないじゃないですか。だから、お腹いっぱい美味しい物食べさせてあげたかったんです。それに、食材も捨てたくなかったし、お屋敷も掃除したかったし。それぞれの課題を一気に解決する名案だと思ったんです」


 これぞまさに、ウィンウィンウィン。一石二鳥ならぬ、一石三鳥。


「私って天才かも……って思っていらっしゃいますね」


「よくわかったわね、ロゼッタ。褒めてあげる」


「天才ではなく、悪知恵だな」


「腹黒いニール様に言われても、痛くも痒くもありませーん」


 言い終わった後で、お互いぬぬぬっと睨み合う。そんな私達の様子を笑って見ていたクレマン様に、領民達が気付いて声をかける。


「クレマン様! お久しぶりです」


「もうお身体の調子はよろしいのですか」


「ああ、もうこの通り大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 なんの躊躇いもなく、クレマン様は笑顔で領民達の輪の中へと入っていく。その光景を見ながら、私は深く感心していた。


「クレマン様は、領民の方々に親しまれていらっしゃるのですね」


「当たり前だ。クレマン様は平民を蔑むような低俗な貴族達とは違う。あの方は、ご自身が生活できているのは、ここに住む領民達のおかげだということをきちんと理解して感謝している。だからこそ、カルツィオーネの領民を守るために必死に努力してこられたのだ。それをみんなわかっているからこそ、クレマン様のことを慕っているんだ」


「良い関係ですね。私のお父様とは大違いです。本当、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい」


「そうだな、十杯でも二十杯でも飲ませてやれ」


 珍しく意見が合ったので、思わず苦笑してしまった。ニール様も領民に負けず劣らず、クレマン様のことが大好きらしい。


「アンジェリーク様、そろそろ始めませんと昼食が夕食になってしまいます」


「そうね、じゃあクレマン様呼んでくる」


 そう言って、領民達の輪の中にいるクレマン様に声をかける。すると、クレマン様はこちらへ来た後、私の両肩にトンと手を置いた。


「今日の大掃除を企画したのは君だ。だから、挨拶は君に任せる」


「えぇ!? しかし私はっ……」


 なんだか熱い視線を感じて振り返る。すると、領民の人達が私の言葉を今か今かと待っていた。


 マジか……。私大勢の人の前に出るの苦手なんだけど。


 クレマン様はニコニコと微笑むばかりで、私に拒否する隙を与えない。私は観念して、深呼吸をした後一歩前へ出た。


「みなさま、初めまして。クレマン様の新しい花嫁候補、アンジェリーク・ローレンスと申します」


 礼儀正しく挨拶すると、「知ってるよ」「頑張れー」と声がかかった。うぅ、恥ずかしい。


「みなさまご存知の通り、ヴィンセント家のお屋敷は、人手不足により大変汚れております。ですが、我々だけの力では綺麗にすることができません。ですから、是非ともみなさまのお力をお借りしたい。もちろん、タダでとは申しません」


 私は、端っこにいたココットさんを手で差した。


「掃除が終わった後には、我がヴィンセント家が誇る国一の料理人、ココットさんが腕によりをかけて作ったご馳走を用意しております。そうですよね、ココットさん?」


「おうよ! みんな、美味しいモン食わせてあげるから一生懸命働きな!」


 ココットさんが左胸をドンと叩く。すると、大きな歓声が上がった。それを見て、私とココットさんは親指を立てる。


 その後で、私は人差し指を高々と掲げた。


「みなさんの力で、このお屋敷をルクセンハルト一の、いいえ、世界一の綺麗なお屋敷にしましょう! エイ、エイ、オー!」


『オー!』


 全員の声が波となって押し寄せる。そのあまりの勢いに、思わず溺れるところだった。


「では、詳しい説明はニール様からお願いします」


 そうバトンを受け渡すと、ニール様はすれ違いざまに肩をポンと叩いてくれた。悔しいけれど、お疲れ、と言われたみたいでちょっと嬉しかった。


 とりあえず、私の任務完了。どっと疲れがきて大きく息を吐く。すると、すかさずロゼッタが近くに来てくれた。


「お疲れ様でした」


「変じゃなかった? 私、人前出るの苦手なのよ」


「変ではありませんでしたよ。いつものアンジェリーク様らしかったです」


「……それ、褒めてるのよね?」


「はい」


 いつもの無表情で頷く。ならまあいいか、という気になって、私は両頬を叩いて「よしっ」と気合いを入れた。


 今回の大掃除は、大雑把にまとめると、調理班、屋内班、屋外班、修理班の四班に分かれている。ちなみに、子ども達は好きな班へ好きな時に移動可能とし、掃除ができないような小さな子どもは、ジゼルさんが掃除の間面倒をみてくれることになった。


「アンジェリーク様!」


 そう声をかけられて振り向くと、エミリアとルイーズが駆け寄って来ていた。


「エミリアとルイーズ、おはよう。二人はどの班にしたの?」


「私は屋内班で、ルイーズは調理班です」


「へえ、ルイーズはお料理好きなんだ」


「はい!」


「ルイーズは、院長と一緒によく料理を作っているんです。たぶん、私よりも上手ですよ」


「おぉ、それはすごい!」


「アンジェリーク様に、美味しいお料理作りますね」


「うん、楽しみにしてる」


 弾けるような笑顔で応えると、ルイーズは跳ねるようにしてココットさんの元へ走っていった。


 ああ、素直で可愛いなぁ。周りにひねくれ者しかいないから癒される。


「アンジェリーク様。今回のこと、本当にありがとうございました」


「何が?」


「ルイーズの件、お咎めなしなばかりか、孤児院の子ども達のためにご馳走まで用意してくださって。感謝してもしきれません」


「いいのよ、お礼なんて。こっちだってお屋敷の掃除してもらうんだから、お互い様でしょ。気にしない、気にしない」


「そうです。今回の件はアンジェリーク様の思いつきですから。あなた達は振り回されているだけです。お礼なんて必要ありません」


「ロゼッタにそう言われるとなんか腹立つわね」


「受け取る側の人間の問題では?」


「真似すんなっ」


 私達のやりとりを見て、エミリアがクスっと笑う。その後で慌てて謝ってきた。


「あの、すみません! 思わず、つい」


「いいのよ、べつに。もう笑われ慣れてるから」


 そう言って苦笑する。ロゼッタも特段怒ってないようだ。


「さあ、お掃除始めますか!」


 エミリアとロゼッタが、私の後で「はい」と続く。

 今日は長い一日になりそうだ。


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