突撃した部屋の中
「トマ、イザック。悪いがここの護衛を頼む」
『ガッテン、兄貴!』
「レオナード?」
「戦闘で腕の力が弱まってる。だから弓を引く力が弱くて飛ばねーんだ」
そう言うと、彼は私の弓と矢を持つ手に自身の手を重ねた。そして、矢を弦に掛けて思い切り引っ張る。
「俺が手伝ってやる。だから、ボスは狙いを定めろ」
「あんたは弓の心得があるの?」
「ちょっとはな。ってか、しゃべってないで集中しろ。トマやイザックだって大怪我してんだ。そんなに長くは持たねぇぞ」
「確かに」
私が笑うとレオナードもつられて鼻で笑った。
ジェスとロゼッタは相変わらず動き回っている。下手をしたらロゼッタに当たりかねない。
いや、大丈夫。彼女なら矢が飛んできてもかわせるはず。落ち着け、私。相手に当たらなくてもいい。ただ、気を逸らせればいいんだから。
(大丈夫、あなた様ならできます)
そんなロゼッタの声が聞こえた気がした。
ジェスに狙いを定めて、レオナードと二人矢から手を離す。矢は綺麗な弧を描いて、そしてジェスの左肩を掠めていった。
「できた!」
「よしっ」
あまりに嬉しくて、ガッツポーズの後レオナードと顔を合わせてハイタッチした。ジェスは「いてっ」と左肩を押さえて呻く。その後で弓矢が来た方を睨みつけた。
「またてめぇか、アンジェリーク!」
「そうだけど。あんた、こっちを見てる余裕あるの?」
「あぁ!?」
睨んだ直後、彼の目の前にはもうロゼッタが迫っていた。
「よそ見は大敵ですよ」
ロゼッタは容赦なくジェスの首めがけてナイフを振るう。彼は辛うじて避けたものの、狭い階段の上だったのでバランスを崩した。ロゼッタはそのチャンスを見逃さず、相手の背後に回って蹴りを喰らわせた。
「うぉわっ」
ジェスは完全にバランスを崩して、後ろから階段を登ってきていた連中ごと巻き込んで落ちていく。ふいにロゼッタと目が合ったので親指を立ててみせると、彼女は呆れるでもなく頷いてくれた。よくやったと。
「よし、今がチャンスよ!」
用済みの弓矢を放り投げて、ロゼッタの元へと走っていく。途中、倒れたジェスとすれ違った。
「てめぇ……待ちやがれっ」
「待てと言われて待つバカはいないのよ」
そう口の端を上げた後、彼を無視してロゼッタの元へと駆けつける。そして、背後から襲ってきた盗賊は、ロゼッタがしっかりナイフで蹴散らしてくれた。
「まさか、弓をお使いになられるとは思いませんでした」
「緊急事態だったからね。それに、あなたのために何かしたかったから。成功して良かった」
「……相変わらず、あなた様は人たらしですね」
「そうかもね。あ、でも後でレオナードにはお礼言っとこう」
そこまで言って、一旦ロゼッタと顔を見合わせた。
「行きましょうか」
「ええ」
二人して同時に階段を駆け上がる。目指すは、首領のいる二階の部屋。あいつさえ叩けば、常闇のドラゴンを壊滅できるはず。
「野郎ども、あいつらを止めろ! 首領のとこにはぜってー行かせんなっ」
ジェスの怒号が背後で聞こえる。それでも、こっちの方が早い。
階段を登り切ると、真っ直ぐ先に一つの扉が見えた。その周りには何人かの盗賊がいて、突然現れた私達に驚きつつも身構える。それでも、今の勢いづいた私達の敵ではなく、そいつらはあっという間に二人で蹴散らした。
「ここに首領が……」
「おそらく」
ゆっくりとドアノブに手をかける。そして、一度ロゼッタと目を見合わせた後、その扉を勢いよく開けて中に入った。
今まで散々お父様やカルツィオーネの人達を苦しめてきた常闇のドラゴンの首領を、やっとこの手で倒すことができる。私の負った深い心の傷を癒すことができる。この首領さえ討てば。
「え……」
「これは……」
突撃した部屋の中。しかし、そこに首領の姿はなかった。それどころか、中はもぬけの殻だった。




