お姉さん強いの?
お昼前、私は孤児院の子ども達と一緒に、燃えた森へ向けて歩いていた。その子ども達はというと、長距離を歩ける子は歩いて、そうでない子は自警団の人達が引いているリヤカーのような荷車に乗っている。その他にも、大きな寸胴や大小様々な鍋、野菜や果物など、食べ物や食器なんかが載っている荷車も一緒に引かれていた。
私は左右それぞれ子ども達と手を繋いで歩いている。みんな私と手を繋いで歩きたいとケンカになりそうだったので、順番でこうして歩くことになった。
「ねえ、アンジェリーク様。ほんとにピクニックするの?」
「ほんとだよー。こんなに天気が良いし、みんなと久しぶりに過ごすんだもん。せっかくなら楽しい方がいいでしょ?」
「僕、そっちの方がいい!」
男の子に呼応して、他の子達も「僕も!」「私も!」と元気よく手を挙げる。そんな小鳥のような様子が可愛らしい。
「ありがとうございます、こんな機会をいだたいて。山火事が起きてから、なかなか子ども達を連れて城門の外に行きづらかったので」
「いいのよ、エミリア。これは私のわがままなんだから。むしろこっちが付き合ってくれてありがとうと言いたいくらいよ」
私の反対側をエミリアが歩く。彼女の両手も子ども達の手で塞がれていた。彼女と手を繋ぐのも順番っこだ。
この他にも、いつも孤児達の面倒を見てくれている女性達も参加してくれている。私達で良ければ子ども達が喜ぶお手伝いがしたいと。本当にありがたい申し出だ。
「ココットさんもすみません。急にピクニックだなんて提案してしまって。昼食の準備大変でしたよね」
「全っ然。外で食べるなんていつ以来かわかんないからね。ついワクワクしちゃったよ。ある程度の下ごしらえは、ここにいるメンバーにも手伝ってもらってお屋敷で済ませてきちゃったから、向こうでは仕上げをやるだけ。全然苦じゃないよ」
ココットさんが女性陣に目配せをする。彼女達は笑顔で頷いてくれた。
「でも、お肉は現地調達なんですよね?」
「そう。クレマン様やマルセル様が、鳥や野生の動物を狩ってくれるって言ってたからね。今から楽しみだよ」
「やっぱ捌けるんですか」
「ヴィンセント家の料理人だよ? それくらいできなきゃ、ヴィンセント家の名が廃るってもんだ。まあ、任せときな」
ココットさんが左腕で力こぶを作る仕草をして白い歯を見せる。なんとも頼もしい料理人だ。そんな私達のやりとりを後ろで見ていたリザさんが声をかける。
「でも姫、ほんとにあの燃えた森まで行く気? あそこは盗賊の屍がまだ残ってるから、魔物が現れる危険性大だよ。そこに子ども達連れてってほんとに大丈夫?」
「大丈夫ですよ。魔物が出現する可能性は折込済みです。だから、お父様率いる討伐隊に先に行ってもらって、魔物のお掃除をお願いしたんですから」
「国王軍や自警団員や傭兵達の連携の訓練に、ということですよね。よくもまあ、そんなことを考えついたものです」
「やった、ロゼッタに褒められた」
「呆れているのです。両殿下や国王軍だけでなく、カルツィオーネやシャルクの領主まで顎でこき使うなんて、と」
「顎でこき使ってなんかないじゃない。実戦で連携の訓練がしたいって言ってたから提案しただけよ。お父様達だって乗り気だったし」
「ですが、べつにピクニックにする必要はなかったのでは?」
「こういうのはお互いの親睦も深めないと。それには同じ釜の飯を食べるのが一番。悪くない作戦だと思うけど?」
「姫の考えも一理あるとは思うけどさぁ。子ども達も連れてって平気なのかってとこよ、私が聞きたいのは。いくら魔物討伐してくれるっつっても、逃げてきたヤツらがこっちに流れてくるかもしんないじゃん」
「その可能性も考えて、こっちにもちょっとだけ兵力を残してもらっています。リザさんもその一人ですから。子ども達の命はリザさんの両肩にかかってます。期待してますからね、よろしくお願いします」
そう言って、ふふふっ、と笑う。すると、子ども達まで一緒に『お願いします!』と頭を下げた。さすがのリザさんも、子ども達にここまで言われたら何も言い返せないらしい。リザさんは反論する代わりに深いため息をついた。
「どうなっても知らないからね」
「ありがとうございます。ただ、山火事が起きてから、彼ら一度も孤児院に行けてませんでしたから。焼け落ちたとはいえ、自分達が住んでた家をもう一度見せてあげたかったんです。だから、私のわがまま聞いてくれてありがとうございます」
私が素直にお礼を言うと、リザさんは頬を薄く染めてポリポリ掻いた。どうやら照れているらしい。
「……あんた達は怖くないの? 魔物がいるかもしれないんだよ」
「全然! だって、アンジェリーク様が守ってくれるもん」
「ロゼッタさん、めちゃくちゃ強いんだよ。山火事の時も、あっという間にダークウルフやっつけちゃったんだから。だから今日も絶対大丈夫」
「ジルもルイーズも、こう見えて強いんだから。みんな守ってくれるって。ね、ジル、ルイーズ」
「お、おう」
「う、うん」
ジルとルイーズが歯切れ悪く答える。二人は気まずそうに少し距離を空けて歩いていた。
「へえ、子ども達の姫と暗殺……ロゼッタへの信頼は厚いんだね」
「山火事の中、危険を顧みず救出に向かってくれましたから。子ども達も幼いながらに感謝しているんですよ」
ココットさんがそう説明してくれて、他の女性達も頷く。そこでやっとリザさんも吹っ切れたらしい。
「よーし。こうなったら、このリザ様が全員丸っと守ってやるからね。大船に乗った気でいな」
「お姉さん強いの?」
「あったり前だろ。無敵の女傭兵リザとは私のことよ。そこの陰険ロゼッタよりも強いから安心しな」
「私より弱いくせに、口だけは達者なんですから。みなさんも騙されてはいけませんよ」
「なんだよ、やるかぁ?」
「返り討ちにあわせてやりますよ」
「はいはい、二人とも置いていくわよー」
わざわざ立ち止まって睨み合う二人を置いて、集団は目的地に向かって進んでいく。二人はしばらく睨んでいたけれど、あまり距離が離れるのは得策ではないと考えたのか、二人して私の元まで戻ってきた。




