アナスタシアとアンジェリーク
話を進めるために、ニール様がこの話を締める。
「エマ、イネス、お前達二人に対しての処遇は、今クレマン様が言った通りだ。私もクレマン様が決めたことなら異論はない。それでいいな?」
「ここまでの恩情を受けて、私達に異論はありません」
「姉のこと、よろしくお願いします」
イネスがそう言って頭を下げる。どうやら、姉妹の処遇については全員一致したようだ。別々に意見が別れるよりはその方がいいと思う。
「あとは、どうやって二人を安全に王宮へ連れて行くかだな。あのロイヤー子爵がこのまま黙っているとは思えん。今日みたいに道中で襲撃する可能性は多分にあるだろう」
「それは、殿下達が国王軍と一緒に連れて帰ればいいのではありませんか? さすがにカルツィオーネの自警団員をそんな危険な任務に動員するわけにはいきませんし」
「だが、今日の襲撃は殿下達が同乗していると理解しつつ行っている。もう手段を選んでいる場合ではないくらい焦っているのだろう。このままでは、姉妹だけでなく、殿下達まで危険に晒されかねない。下手をすれば、その責任をアンジェリークやクレマン様になすりつけてくるだろう。それでは向こうの思うツボだ」
「じゃあ、どうしろって言うんですか?」
半ば投げやりにニール様に聞いてみる。しかし、答えは返ってこなかった。ニール様が黙るということは、それだけこの姉妹の移送は難しい案件なのだろう。また一つ問題が増えてしまった。
マルセル様が申し訳なさそうな顔をする。
「本当は、我々のところで匿おうかと思っていたのですが」
「アンジェリークが、まだ幼い子ども達もいるのにそんな危険なこと任せられない、それならうちで匿うって聞かなくて」
「当たり前じゃない。一番下はまだ三歳なんでしょう? そんな幼い子ども達を危険に晒すなんて絶対ダメよ。ただでさえ、ロイヤー子爵は手段を選ばないんだから。今日の襲撃事件みたいに」
「だそうです」
ノアが肩を竦ませる。すると、お父様はその頬を緩ませた。
「アンジェリークの言っていることは間違いではないよ。彼女達を我々の元へ連れてきて正解だ。マルセルは子ども達の身の安全を第一に考えてくれ」
「申し訳ありません。お気遣いありがとうございます」
そうお父様にお礼を言った後で、マルセル様はふいにフッと笑った。
「クレマン様が、アンジェリークを養子に迎え入れた理由が少しだけわかった気がします。彼女はどこかアナスタシア様に似ている」
「アナスタシアって……お母様のことですか?」
お父様の亡き妻であり、養子となった私の顔も見たこともない母親。
マルセル様は頷いた。お父様も笑っている。
「彼女が生きていたら、絶対気に入るだろうと思ってね。私に似て無鉄砲なところがいい、と」
「ちょっと待ってください。お母様はそんな無鉄砲な方だったのですか?」
五年前といえば、私はまだ十歳。社交界デビューもまだまだで、せいぜいレンス伯の知り合いのパーティーに出席する程度。その頃レンス伯とお父様に繋がりはなく、どこかで顔は見たことがあるかもしれないが、記憶にないし、話したことすらない。私からしてみたら未知の存在。今は自分の母親ということで純粋に興味はある。
私の質問に、しかし誰も答えない。お父様は微笑んでるだけだし、マルセル様なんか苦笑している。ニール様は目も合わせようともしない。なので、もう一人母のことを知っているであろうロゼッタに聞いてみた。
「ねえ、お母様ってどんな人?」
「私も詳しくは知りません。ここに出入りしていたのは、幼い頃のことでしたから」
「そっか」
「ただ、この度アンナさんとお茶をする機会に恵まれた際、彼女からアナスタシア様のことを色々聞きました。主に戦時中の話を。それを聞いていて、真っ先に頭に思い浮かんだのはアンジェリーク様だったので、お二人の意見に私も賛成します」
「なに、やっぱり私に似てるって思ったの?」
「はい。アンジェリーク様と同等か、それ以上に無茶をなさる素晴らしい方です」
「え、それ嫌味?」
「いいえ、事実です」
「あっそ。でも、私以上に無茶する人いたんだ。会ってみたかったなぁ」
言った後でしまったと思った。今一番会いたいと思っているのはお父様なのに。不謹慎にものを言ってしまった。最悪だ。
そんな私の気まずい気持ちにお父様は気付いたのだろう。
「死んだ人間にはもう会えない。だからこそ、今は生きている大切な者との時間を慈しむ。それも悪くないと私は思っているよ」
「お父様……」
「話が逸れてしまったね。ニール、話を元に戻してくれ」
「かしこまりました」
ニール様が眼鏡をくいっと持ち上げる。もしかしたら、ニール様も少し感傷に浸っていたのかもしれない。そう思った。




