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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

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ありがとう

 なんだか、身体がゆらゆら揺れている気がする。


 車だろうか。いや、それよりは揺れている気がする。


 では、電車かな。うん、この揺れは電車だ。温かいし、なんだか気持ち良い。


 そんなことを考えながら、ゆっくり目を開ける。当然、私は電車に乗っていなかった。車でもなかった。


 私が乗っていたのは、ニール様だった。正確には、私はニール様に背負われていた。


「ニール様……」


「やっと起きたか」


「あの、私……」


「ルイーズとかいう少女を庇って石が背中にぶつかり、そのまま気絶したんだ」


「あ、そっか……」


 思い出した。ルイーズの魔法が暴走して、彼女めがけて飛んできた石から私が庇ったんだ。


「とても心配しました。気を失ったまま、まったく動かれませんでしたので」


「ごめんね、ロゼッタ。心配させて。そういえば、ルイーズは? 彼女は無事……痛っ」


 動くと背中に激痛が走った。苦痛に歪む私の顔を見て、珍しくロゼッタが心配そうに背中をさすってくれる。


「お前が庇ったおかげでルイーズは無傷だ。魔力を消費して今頃はまだ眠っているだろう」


「そうですか。無事なら良かった」


 ホッと安堵の息をつく。ニール様が横目で見てきた気がした。


「エミリアが、回復魔法でお前の負傷した箇所を治癒しようとしたんだが、何故か魔法が弾かれた。どうしてだ?」


「それは……たぶん、魔法無効化が働いたんだと思います」


「魔法無効化だと? そんなの初めて聞いたぞ」


「でしょうね」


 だってこれ、作者特権だから。他にいたら逆に困る。


「でも、そうですか。回復魔法を弾いてしまいましたか。まあ、しょうがありませんね」


 魔法が効かないなんてラッキーと思ってたけど、自分に有利な魔法まで効かなくなってしまうのは痛い。今後は大きな怪我をなるべくしないようにしなければ。


「それより。どうしてニール様が私を背負われていらっしゃるのですか?」


「こんな重たいもの、女性に背負わせるわけにはいかないだろう」


「重たいものって……」


「私がしようと思っていたのですが、ニール様が自分がやるとおっしゃったものですから。申し訳ございません」


「謝る必要はない。元はと言えば、俺がエミリアに無礼を働いたことが原因なんだ。これくらいはしないとな」


「気にしていらっしゃったのですか」


「べつに。ただ、何もしないのは後味が悪いと思っただけだ。お前のためじゃない」


「ロゼッタといい、ニール様といい、素直じゃありませんね」


 ニール様が、ふん、と鼻を鳴らす。そんな様子に思わず苦笑した。


 こんな風におんぶされたのはいつ以来だろう。もちろん、恥ずかしさはあるんだけれど。それよりも、ここから伝わってくる温もりが心地よくて降りたくない。


 相手はニール様なのに。まるで家族に背負われているような安心感。


 キュッと両腕に力を込める。すると、ニール様が「なんだ」と優しく聞いてきた。


「いや、安心するなぁと思って。相手はニール様なのに、しばらくこのままでいたいんですよね」


「しばらくもなにも、背中が痛くて動けないんだろう。気持ち悪いこと言ってないで、黙って背負われてろ」


「はーい」


 ニール様の嫌味も、今だけは笑って聞き流せる。いつも通りで安心する。


 ふと風が吹いて、私達や周りの草花がゆらりと揺れる。幸いなことに、周囲には誰もいなかった。


「ありがとう」


 なんの前触れもなく突然言われたものだから、思わずニール様の後頭部を凝視してしまった。その後で、背後から彼の額に手を当てる。


「何の真似だ?」


「いや、ニール様が私にお礼を言うなんて。絶対身体の調子が悪いに違いないと思って」


「失礼な奴だな。降ろすぞ」


「わー、ごめんなさいっ。冗談です」


「アンジェリーク様が失礼なのは、いつものことですから」


「ロゼッタも、いちいち言わなくていいの」


 ロゼッタは相変わらずしれっとしている。ニール様がため息をついた。


「正直、回復魔法を見た時、俺の気は動転していた。冷静な判断ができる状態じゃなかった。あのままエミリアを連れ出していたら、マティアスだけでなく、孤児院の連中やここの領民達にすら反感を買っていただろう。それはそのままクレマン様に向けられる。それは俺の本意じゃない」


「あの時のニール様は、少し怖かったですからね。マティアスのように、目の色が変わった、と言われても仕方ないでしょう」


「ああ。でも、そんな俺をお前が止めてくれた。冷静さを取り戻す時間をくれた。そのおかげで、大きな問題にならずに済んだと思う。だから礼を言う。今回ばかりはお前がいて助かった」


 何故、ニール様に背負われて安心したのか、その理由が少しだけわかった気がする。


 この人は、基本ひねくれているけれど、本当は優しい人。誠実で真面目だけど、それがいきすぎて周囲と上手く馴染めない。そんな不器用な人なんだ。


 思わず笑みがこぼれる。すると、ニール様の声がムッとした。


「今のは笑うところではないと思うが」


「違います。嬉しかったんですよ。ニール様にそう言われて。こんな私でもニール様のお役に立てて良かったです」


 そう言うと、ニール様はまた、ふん、と鼻を鳴らした。


 どうして私の周りには、ひねくれ者が多いのだろう。思わずロゼッタを見ると、何か、と首を傾げられた。そんな様子も可笑しい。


「そういえば、何故お前は俺を信じた?」


「なんのことです?」


「エミリアの腕を掴んだ時だ。マティアスは、俺が彼女を利用するんじゃないかと疑っていた。あの状況だとそう思って当然だ。でも、お前は否定した。何故だ?」


「何故って……。あの時言った通りです。それに、ニール様がどんな人物なのか、クレマン様とこの領地の様子を見ていればわかります」


「ほう」


「クレマン様は、ニール様に仕事を任せるほど全幅の信頼を寄せているようですし、使用人達も笑顔が多い。領地は豊かで落ち着いている。それは、クレマン様と一緒にニール様がこの土地と領民の生活を守ってきてくださったからだと思うんです。そんな方が、私利私欲のためにエミリアを利用するとは考えられない。そう思ったんです」


「お前……」


「それに、利用するにしても、ニール様ならきっとカルツィオーネのためになる使い方をされるでしょう。もっと言えば、本人や周りに利用されていると気付かせずに利用する、そんな狡賢い利用のされ方をなさるかと」


「貴様……っ」


「先ほどの良い話が台無しですね」


「だって、まだ完全に信じてないもん。特に私に対しては」


「そうだな。俺もお前をまだ信用していない。なんせ世界征服を企むような奴だからな。せいぜい俺の前でボロを出さないように気をつけろ」


「はーい。頭の隅っこに置いておきまーす」


 なんだか可笑しくなってクスクス笑う。でも、ニール様は怒ることはしなかった。


 顔は見えなかったけど、なんとなく笑ってくれているような気がした。


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