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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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軍神を骨抜きにする悪女

ロゼッタと一緒に席に戻る。そのまま、私は彼女をキッと睨んだ。


「なんで助けてくれなかったのよ」


「自業自得ですから」


「やっぱりそう思ってたか。これなら、護衛をリザさんに頼めば良かった」


「彼女も助けなかったと思いますよ。ほら」


そう言われ、指差された方へ視線を動かす。すると、リザさんは顔を逸らしてお腹を押さえつつ笑うのを必死に堪えていた。それでも、震える肩の大きさでバレバレだ。


今回、ジルとルイーズは参加していない。ルイーズはまだ目を覚さないので、空いている使用人部屋で寝ている。ジルはというと、帰ってきて早々剣の練習を始めていた。なので、リザさんや姉妹を含めると、ちょうどテーブルを挟んで向かい合えば、人数はピッタリだった。


私達の向かい側に座っていたエマが、ロゼッタの隣に座るエミリアに向かって遠慮なく問いかける。


「エミリア、あなたの主人は本当にその人でいいの? 私は替えた方があなたの為だと思うけど」


「いや、アンジェリーク様にはもっと素敵なところがいっぱいあって……」


「そうは見えないけど」


バッサリ切られる。慌ててイネスがフォローに入った。


「お姉ちゃん、いくらなんでも言い過ぎだよ。お姉ちゃんの罪が軽くなる方法を提案してくれたのは、アンジェリーク様なんだから」


「だからと言って、本当に罪が軽くなるわけじゃないわ。こういうのは期待しない方が賢明なのよ」


「お姉ちゃん……」


エマの表情が険しくなる。確かに、エマの言う通り期待しない方がいい。どんな手を使って心証を良くしても、最後に決断を下すのは陛下なのだ。こればっかりはわからない。


姉の雰囲気に、イネスの表情まで暗くなっていく。それを見て、お父様が優しい眼差しを向けた。


「昼食の時に君達の話は聞いたよ。ロイヤー子爵に騙されて、例のカルツィオーネの山火事を起こしたんだろう? しかも、断ろうとしたら病気の妹を引き合いに出されて、断れないように仕向けられた。それなのに、渡された薬は偽物だったなんて。話を聞いただけで心が痛んだよ」


「私は、同情されたいのではありません」


「わかっている。騙されたとはいえ、君の行為のおかげでカルツィオーネの領民達は苦しめられた。それなりの罰を受けてもらわなければ、彼らに示しがつかない」


「そうでしょうね。それは覚悟しています」


「だがら、私はアンジェリークの提案に乗ろうと思う」


「……は?」


「私の方からも、君はロイヤー子爵の罪を告発しに来た告発者だとして陛下に伝えておこう。そうすれば、ぞんざいな扱いは受けないはずだ」


「ちょっと待ってください! 私はあの山火事を引き起こした放火犯です。利用されていたとはいえ、領民や殿下達ですら危険に晒した、いわば重罪人。それなのに、今日会ったばかりの私達にそんな寛大な処置をしてくださるのは何故ですか? 何か裏があるとしか思えません」


「おい! クレマン様に対してその口の聞き方はなんだ」


「いいんだよ、ニール。彼女の疑問はもっともだ。何故だか知りたいか?」


「はい」


すると、お父様は私を一瞥した。


「私は、娘を信頼しているんだ。彼女は、己の中で善悪の基準をしっかりと持っている。先ほどの孤児達へのパンの話もそうだ。魔物が彷徨く中、子ども達だけで城壁の外へ出るなど危険すぎる。だからこそ、彼女は放っておけなくて、自らの危険を顧みず、自分の正義に従ってついて行くことにしたんだと思う。この子達を助けなければ、とね」


「武器も持っていないのに?」


「そうだよ。きっと、彼女にとってそんなことは瑣末なことなんだ。助けたいか、助けたくないか。守りたいか、守りたくないか。それだけでいい。その彼女の判断で救われた人を、私は間近で見てきた。だから、娘が君達を守りたいと判断したのなら、私はそれを信じようと思う。きっと君達は、重罪人として裁かれるべき人間ではないとね」


言い終えて、場がシンと静まり返る。まさかそんな風に褒められるとは思ってもみなくて、私は恥ずかしくて思わず下を向いてしまった。きっと顔赤い。そんな私をロゼッタが目ざとく見つける。


「照れてますね」


「うっさい、ロゼッタ」


「あんな風にクレマン様から信頼されるなんて、羨ましい限りです」


「それ以上言ったらマジでシバく」


「やれるものならどうぞ」


私達が端の方でいつもの感じでそう言い合う。すると、それまで攻撃的だったエマが警戒を解いて、ほうけたような顔をして呟いた。


「……あの噂は本当だったんですね」


「噂?」


「軍神は、養子に迎えた娘を溺愛してるって。そして、そうなるように娘が誑かしたって」


「なっ!」


「さすが巷で噂の極悪令嬢。あの軍神を骨抜きにするなんて。いったいどんな手を使ったのか……」


エマは真剣に悩んでいる。そんな彼女を尻目に、この場にどっと笑いが起こった。


「た、誑かしたって……っ」


「軍神を骨抜きか……ははっ」


「とんだ悪女だな……ぷはっ」


みんな好き放題呟いては大爆笑している。リザさんやお父様なんか、もう遠慮なく大口を開けて笑っていた。ロゼッタですら、我慢できずにクククっと笑っている。エマとイネスはというと、何事かとオロオロしていた。


「何? いったいなんなの?」


「これはいったい……」


「その噂流した奴、馬で引きずり回して、ダークウルフの餌にしてやる」


殺意を込めてそう呟く。すると、ロゼッタが肩を震わせながら私を嗜めた。


「そんなことを言っては、いけません……ふっ。事実は、ありのままに受け入れないと」


「笑いながら言われても納得できないし、逆に殺意しか芽生えないから」


なんというひどい言われ方だろう。私はべつに意図してお父様を誑かしてなどいない。溺愛されている自覚はあるけれど、それだってお父様の自由意思で、私がコントロールしたわけでもないし、そんな器用ではないからそんなことできるはずもない。それなのに、極悪令嬢という名前が先行して、悪い噂に変化していってるなんて。ひどすぎる。


ひとしきり笑い終わり、場がやっと落ち着く。そこでやっとお父様が戸惑うエマ達のために笑った理由を説明してくれた。


「はあ、困惑させてすまない。娘はよく誤解されることが多くてね。事実と違うものだから、思わず笑ってしまったよ」


「違うのですか?」


「んー、溺愛しているということに関しては間違いないが、べつに誑かされたわけではないよ。私の女性の好みは少々変わっているからね、もしそれを知った上でわざと振る舞っているのなら、彼女は相当な策士か命知らずな賭博師だ」


「相当な策士か……」


「命知らずな賭博師……」


「君達も実際にその目で見てきたはずだよ? 彼女の行動の数々を」


『…………』


きっと、今彼女達の頭に浮かんでいるのは、盗賊や魔物に襲撃された時の私の行動だろう。


「確かに、クレマン様に気に入られるためだけの行動にしては、アンジェリーク様は命知らずな無茶ばかりしていますね。少なくとも策士ではないと理解しました」


「そうかい? それは良かった」


いや、良くないでしょう。それってつまり、バカって思ってるってことでしょ? 自分のことを策士と思うほど賢いとは思ってないけど、他人からはっきりそう言われると腹が立つわけで。


ウーッと威嚇する猫のようにエマを睨んでみる。しかし、彼女は気付かないフリをして無視していた。


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