暴走する魔法
「マティアス、手を離せ。私は彼女に用がある。大事な話だ」
「嫌です。あんな恐ろしい顔で迫ってくる相手に、エミリアは渡せませんね」
「なにっ?」
ニール様とマティアスが睨み合う。エミリアがマティアスにやめるよう説得するが、彼は無視したままニール様の手を離そうとしない。
マティアス、カッコイイな。相手は一応貴族なのに、好きな子のために身体張るなんて。そんな男前の君を、私は、私はぁ……っ。
「アンジェリーク様? 大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないかも。自責の念に駆られて、今泣きそう」
「は?」
ロゼッタが怪訝そうな声を出す。しかし、ジゼルさんの慌てた声でハッと我に返った。
「マティアス! やめなさい。ニール様に失礼ですよ」
「そうよ、マティアス。ニール様は何も悪くないわ。ただ、私に話があるだけなのよ」
「そんなわけないだろ。今のエミリアの治療が回復魔法だと言って目の色を変えた。何かするに決まってる!」
「心外だな。私はただ確認したいだけだ。お前は、回復魔法のことをどれだけ知っている? その希少さも、その価値もだ」
「知ってますよ。でも、エミリアのあれは回復魔法じゃない。変な言いがかりはよしてください」
「お前は何を言っている。あれはどう見ても回復魔法だ! 誰かに利用される前に何とかしなければ手遅れになるぞ」
「だから! エミリアのあれは魔法じゃないって言ってるだろ!」
「いいえ、あれは回復魔法です」
怒鳴り合う二人に水を被せるように、私は静かに割って入った。
「なんだ、お前」
「アンジェリーク、邪魔をするな」
睨んでくるニール様の頭に、とりあえず手刀を食らわす。
「いたっ! 貴様、何をするっ」
「何をする、はこっちのセリフですよ。ニール様のあまりの剣幕に、子ども達が怯えています。それに、いきなり女性の手を掴んで言い寄るのは紳士的ではありません。ただの痴漢です」
「なっ」
「あと、マティアスも。エミリアを守りたい気持ちは理解できるけど、相手は一応貴族。あまり派手に動かない方がいい。エミリアが心配してるわ」
「エミリアが?」
そう言われ、マティアスがエミリアを見る。彼女はうんうんと頷いていた。
「エミリアに聞くわ。今の子みたいに傷を癒やす力はいつから使えたの?」
「それは……幼い頃から。しかし、私はこれが魔法だなんて知りませんでした。ただちょっと不思議な力が使えるだけだと……」
「ウソをつくな」
「いいえ、ニール様。エミリアはウソをついていません。目を見ればわかります。彼女は本当にそれが魔法だと知らなかったんです」
だって、私がそういう風に設定したからね。なんて言えないけれど。
さて、と今度はエミリアへと視線を向けて語りかける。
「でも、それは回復魔法というれっきとした魔法なの。しかも、とても希少な魔法。今のところ、世界でも使える者はたった二人しかいない」
「たった二人?」
「そう。で、どんな傷もあっという間に治してしまうその力。貴族じゃなくても、誰でも欲しがると思わない? 特に戦争中なんかは、その奪い合いはひどかったはずよ。なんせ、回復魔法の使い手さえいれば、いくらでも兵士を回復させて使うことができたのだから」
「確かに、そうですね」
「今は戦争は終わってるけど、魔物の討伐や領地同士の小競り合いなんかはある。悪い奴はあなたを利用して金儲けを企むかもしれない。あなたの意思を無視してね」
「そんな……っ」
「マティアスはそれがわかってたから、回復魔法ではないと言い張った。そうでしょう?」
「ああ、そうだ。エミリアは金儲けの道具じゃない。貴族なんかに渡してたまるか」
「たぶん、ニール様も同じ考えだと思う。エミリアを利用したいだけなら、"誰かに利用される前になんとかしなければ"なんて言葉出てこないと思うし」
「当たり前だ。今はまだいいかも知れないが、いずれ噂は広まり大多数の人々に知れ渡るだろう。その時に動き出したのでは遅い。今のうちに手を打っておかないと、彼女を守りきれなくなるぞ」
「ニール様……」
「うわ、なんだかニール様がいつもよりカッコよく見える」
「お前なぁ……っ。いや、今はやめておこう。エミリア、とりあえず一度屋敷へ来てくれ。クレマン様にもお話しなければ」
そう言って、ニール様が今度は優しくエミリアの手を握る。
その時だった。
「ダメ……」
か細い声が聞こえて振り返る。そこには、たった今エミリアに怪我を治してもらった女の子が、泣くのを我慢しながら服の端を握りしめて立っていた。
それを見ていたジルが叫ぶ。
「ダメだ、ルイーズ!」
「エミリアお姉ちゃん、連れてっちゃダメぇー!」
そう彼女が叫んだ直後、地面が大きく揺れた。かと思ったら、そこら辺に転がっている大小様々な石が、宙に浮いて意思を持っているかのように縦横無尽に暴れ出す。
「なんだこれは!」
「ルイーズの魔法が暴走しているんです」
「なにっ?」
ニール様の問いにエミリアが答える。しかし、あまりに石が飛んでくるものだから、中々彼女に近付けない。
「ウソでしょ? こんな設定知らないんだけど!」
「アンジェリーク様、大丈夫ですか?」
叫ぶ私の前にロゼッタが来て、迫ってくる石の攻撃をことごとく防いでいく。ルイーズとジル以外の子ども達は、ジゼルさんが孤児院の中へ避難させてくれていた。
ジルが再びルイーズに声をかける。
「ルイーズ、落ち着くんだ! エミリア姉ちゃんはどこにも行かない!」
「嫌、ダメ、ダメなのーっ」
ジルの言葉はルイーズに届かず、彼女は頭を抱えてうずくまる。すると、人の頭ほどの石が彼女めがけて飛んできていた。
瞬間、前世の交差点に飛び出した男の子の残像が、私の横をすり抜けていく。
「ダメ! 危ない!」
気付けば、私はロゼッタの制止を振り切り、ルイーズを庇うように前へ出ていた。その直後、石が勢いよく私の背中に直撃する。
「がっ」
それ以上言葉が出てこず、私は力なくルイーズに覆い被さるようにして倒れた。
あまりの衝撃に、脳がブレる。呼吸ができない。痛いのかさえわからない。
「ごめ……な……」
ルイーズが小さく呟いて気を失う。それにならうように、私も静かに目を閉じた。




