国王陛下に謁見するチャンス
「そういえば、エミリアはマルセル様達に何をお願いするか決めた?」
エミリアは、ノアの命の恩人だから褒美を与えたい。マルセル様もミレイア様もそう言っていらっしゃったけど。私のその質問に、彼女は首を横に振った。
「いいえ、まだ。褒美と言われても、特に欲しいものが無くて」
「そうなの? 私はてっきり昨日の買い物で何か買ってもらったのかと思ってたわ」
「マルセル様達もそのつもりだったらしいのですが。私が選んだモノは安すぎるとことごとく断られてしまって」
「あー、なるほどね。なんとなく想像できるわ」
「もっと高価なモノ……例えば、仕立ての良いドレスだったり、宝石の付いた装飾品だったり、あと家なんかでも全然いいぞ、とは言われたのですが。どれも欲しいとは思えなくて」
「無欲すぎるんだよ、エミリアは。もっと欲を言えばいい。俺が命を助けてくれたお礼に何か買わせてほしいと言っても、本三冊しか選ばないし」
「本が街に出回っていたのですか? それは珍しい」
一般的に多くの平民は読み書きができないから、本の需要は極端に低い。だから、貴族社会と違って街に出回ることは少ない。それでも、読み書きができる一部の人間からは人気が高いため、希少な分値は張る。まあ、街に出回る本など、貴族のお下がりか盗品の可能性が高いんだけど。
「本しかだなんてそんなっ。あんな高価なモノを三冊も買っていただいて、本当にありがとうございます」
「どんな本を買ったの?」
「子ども達用に絵本二冊と、自分用の本を一冊。アンジェリーク様が読み書きを教えてくださっているおかげで、子ども達に絵本を読み聞かせてあげることができます。私自身も読み書きをする楽しさを教えていただいて、本当に感謝しています」
「大げさね。でも、そう言ってもらえると教えた甲斐があるわ」
すると、それまで黙って話を聞いていたリザさんが反応を示した。
「ちょっと待って。姫は平民に読み書きを教えてんの?」
「ええ、まあ。最初は将来養成学校に入りたいジルのために教えてたんですけど。その噂が広まって、今は剣士希望の方に広く教えてます」
「そのジルが、覚えた文字を孤児院にいる子ども達や私達に教えてくれて。今では子ども達もある程度の読み書きができるようになりました」
「そうそう。この前ニーナが自分の名前を書いた時は感動したわ。やっぱり学校を作るべきよね。私兵集めも必要だけど、当面はそれが目標かな」
「学校って……姫は平民向けの学校作ろうとしてんの!?」
「あくまで目標ですけどね」
「手紙で国王陛下にその話をしたら興味を示していたよ。もっと詳しく話を聞きたいとね」
「えー、国王陛下と話をするのはちょっと……って、ちょっと待ってください。本当に陛下が話を聞きたいとおっしゃっていたのですか!?」
「ああ、そうだけど。なんだ、どうした?」
レインハルト殿下に答える前に、私はロゼッタへと視線を向けた。
「ロゼッタ、これは陛下に謁見するチャンスよ。学校計画を軌道に乗せて、陛下の興味をひいて話し合いの場を作りましょう。そしたら、ロゼッタのお父さんの死の真相を聞き出すことができるかも」
「何をバカなことを。そんな簡単に事が運ぶとは思えません。まずはご自身の心配をしてください」
「なんでよ。こんなチャンスないじゃない」
「それよりもまずやることがあるだろうと、そう言いたいだけです。常闇のドラゴンがあなた様の命を狙っていて、ロイヤー子爵も動き出している今、他のことにかまけている余裕などないと思うのですが」
「そりゃそうだけどさ。ロゼッタのお父さんの死の真相を陛下から聞き出す。これも私の大きな夢の一つだから。今までチャンスすら無かったものが、小さな糸口が見えた気がして嬉しかったの。ちょっとくらい浮かれさせてよ」
正直、陛下への謁見程度なら何かしらのチャンスで叶うと思う。でも、私の望みはそこじゃない。陛下に会って、ロゼッタの父親の死の真相を聞き出すまでが目標なのだ。だからこそ、今回の話を聞きたいという陛下のお言葉は大きなチャンスだ。
「……本気でその夢叶えるおつもりだったのですね」
「当たり前じゃない。ロゼッタを苦しめてきたこと話さないと、私の気が収まらないわ」
「大げさな」
「私は本気よ」
真顔で答えると、ロゼッタは黙り込んでしまった。もしかしたら、ちょっと照れているのかもしれない。
「なになに? 暗殺者の父親の死の真相って」
「なぜロゼッタが迫害を受けて生きていかなければならなくなったのか、その原因のことです。ドラクロワ家が何故陛下の暗殺を引き受けたのか、どうして陛下は暗殺を逃れて生きているのか、その真相を陛下自身の口から直接聞くんです」
「おいおいマジかよ……。姫頭ぶっ飛びすぎ。そりゃ無茶だよ」
「でも、今チャンスが見えました。まったく可能性がないなんて言わせません」
「おーい、暗殺者。姫が暴走してるけど、止めなくていいの?」
「止められると思いますか?」
「うんにゃ。無理」
即答だった。もうツッコむ気にもなれない。よし、無視しよう。




