エミリア見つけた!
「あらあら、ごめんなさいね」
そう言いつつ、ジゼルさんは外へと向かう。私達もなんとなく後に続いた。
「ジル! あなたまた勝手に食糧庫入って何か食べてたでしょ」
「食べてないもんねーだ」
「ウソつきなさい。あんまり在庫ないんだから、他のみんなの分が無くなっちゃうでしょ」
「そんなん知らねーよ。いーだっ」
「なっ」
私と同年代くらいの女性が、ジルと呼ばれた少年を追いかけ回している。それを見て、ジゼルさんがその女性に声をかけた。
「エミリア! お客様が来ていますから、少しお静かに」
「へえ、彼女エミリアって言うんだ……って、エミリア!?」
「あ、院長先生! すみません」
エミリアと呼ばれた女性は、ジルを捕まえつつジゼルさんに謝る。私はそれをワナワナと身体を震わせて見ていた。
今、エミリアって言った? エミリアって、あの私の探してるエミリア!?
気が動転して頭が真っ白になる。そんな私を構わず無視して、エミリアはこちらに駆けて来た。
「ニール様! お久しぶりです。クレマン様はお元気ですか?」
「ああ、お薬も飲まれて回復している」
「それなら良かったです。それで、あの、こちらの方々は?」
「ああ、この二人は……」
自己紹介を促されたけれど、頭が真っ白な私はただ固まってエミリアをガン見していた。そんな様子を見て、ニール様が肘で小突く。
「おい、自己紹介くらいしろ」
「え……あ、はいっ。ごめんなさい。わ、私はアンジェリーク・ローレンスと言います。こちらは侍女のロゼッタ」
「侍女のロゼッタです。以後お見知りおきを」
「私はエミリアと申します。ご貴族様がここへどのようなご用件でしょうか?」
一見嫌味に聞こえそうな質問も、純朴そうなエミリアの笑顔で表裏のない素直なものに変わる。わかる、これは無意識に人に好かれる人のオーラだ。
何も言わない私の代わりに、ロゼッタがジゼルさんにしたものと同じ説明をする。すると、エミリアはぱあっと顔を明るくした。
「わあ、素敵なお話ですね! 私も是非そのお方にお会いしたいです」
その後で、向こうの方から別の子がエミリアを呼んだので、彼女は「失礼します」と言ってその子の元へ走っていってしまった。
「すみませんねぇ、騒がしくて」
「いや、べつに問題ない。しかし、食料がもう少ないのか」
ニール様とジゼルさんが何やら深刻な話を始める。私は混乱した頭を整理するために、一旦その場から離れた。
「なんで……なんでエミリアがここにいるの? だって、彼女はクルムの孤児院にいる設定のはずよね? もしかして、同姓同名の別人?」
うんうん悩んでいる私の隣で、ロゼッタが冷静に声をかける。
「あのエミリアさんは、アンジェリーク様が探しておられるエミリアさんなのですか?」
「わからない……。今頃気付いたけど、私、エミリアの顔知らないのよね」
「は?」
「名前と、とある魔法が使えるってことくらいしか知らない」
そう、この人探しの最大の欠点は、顔がわからないということ。
だって、私が書いてたの、漫画じゃなくて小説だから。
ただの素人だから、イラストレーターさんに頼んだりなんかしないし、絵心はないから自分で描いたこともないし。頭の中のぼんやりとしたイメージでいつも書いていた。
だから、今目の前にいるエミリアが、私が探してる主人公のエミリアかどうか、ぱっと見ただけでは判断がつかないのだ。
「やっぱり同姓同名かな。エミリアなんてありふれた名前だし。設定通りなら、彼女は今頃クルムの孤児院にいるはずだもの。ないない、彼女がエミリアなわけない」
はははっ、と独り言を言って心を落ち着かせる。
しかし、決定的瞬間はすぐに訪れた。
一人の女の子が転んで膝を擦りむく。そして、泣いているその子にエミリアが駆けつけた。
「あー、ここ擦りむいちゃったね」
「痛いよぉ。ねえ、エミリアお姉ちゃん、あれやって」
「え、あれを?」
「うん」
「でも……」
そう言って、周囲の様子を伺う。それでも、「痛ーい」と泣く女の子の涙に彼女は負けてしまった。
「しょうがないなぁ」
そうこぼすと、右手を擦りむいた膝の前にもっていく。すると、突然淡い青色の光が出現。かと思うと、女の子の擦り傷は見る影もなく消えていた。
「ほら、もう大丈夫」
「うん! ありがとうっ」
女の子は笑顔で再び走り出す。その様子を見て思わず叫んだのは、私ではなくニール様だった。
「今のは回復魔法か!」
「えっ?」
と驚くエミリアをよそに、ものすごい剣幕でニール様は彼女に近付いていく。そして、興奮したまま彼女の右手首を掴んだ。
「今のは回復魔法かと聞いている!」
「いや、あの、魔法かどうか私にはよくわからないのですが……」
「わからないとはなんだ!」
あまりにも怒鳴るような大きな声に、エミリアだけでなく、子ども達まで怯え始める。
「あの人何やってんの……っ」
ため息をつきつつ、ニール様を止めようと二人に駆け寄る。しかし、私が到着する前に、一人の男性が間に入ってきて、ニール様の手を掴んで彼女から引き剥がした。
「ニール様ともあろうお方が、いきなり女性の腕を掴むとは。失礼じゃないんですか」
「マティアス!」
「マティアスですって!?」
そう叫んだのは私だった。驚愕の名前に口があわあわと痙攣を起こして、それ以上何も言えなくなる。
彼は、マティアスは、エミリアの同い年の幼なじみ設定だ。確か、クルムではそれなりに名の知れた大工の家系で、幼い頃からエミリアに恋心を抱いている。レインハルトとは恋敵だが、彼はいわゆる当て馬。よくある報われない幼なじみ。
うわ、なんか顔見ただけで泣けてくる。
「アンジェリーク様、あの方もお知り合いですか?」
「……うん、まあね。エミリアと同じ感じ。でも、これではっきりしたわ」
エミリアに、回復魔法に、幼なじみのマティアス。
やはり、今私の目の前にいるのは、正真正銘私の小説の中の主人公、エミリアなんだ。
エミリア、見つけたー!