ミレイア様の激しい怒り
「領主としてプライドと責任感の強い男だ。次期当主であるノアが襲われて、このまま黙っているとは思えない。たぶん、いや必ず自分達も盗賊の討伐に参加すると言うだろう」
「しかし、常闇のドラゴンはあのロイヤー子爵と繋がっています。もし参加すれば、下手をすれば子爵と事を構えることになる。そうなればお姉様は……」
「それも覚悟の上だろう。子爵はクレマン様にもちょっかいをかけていたんだろ? あの方はマルセルの恩人だ。ノアに、クレマン様。マルセルにとって大切な人達が傷付けられたんだ。黙って傍観しているあいつじゃないさ」
「ですが、ミレイア様はそれでよろしいのですか?」
すると、ミレイア様は再びマルセル様に視線を移した。
「個人的にはよろしくない。もし子爵と事を構えた場合、こちらの兵力はせいぜい五百。対して子爵は約二千。明らかにこちらの方が分が悪い」
「約四倍、か。カルツィオーネには兵力がありませんから、自警団の人達を入れても大した加勢にはなりませんし……」
「それでも、マルセルは戦うことを選ぶだろう。たとえ自軍が圧倒的に不利でも、自身の誇りをかけて戦う。騎士とはそういうものだ。お前だって白旗を振る気はないんだろ?」
「もちろんです。たとえ圧倒的に不利でも、負けたわけじゃない。その中で勝てる方法を模索するだけです」
「そうか。さすが軍神の娘。お前も立派な騎士だな」
「お褒めに預かり光栄です」
そう私が頭を下げると、ミレイア様は苦笑した。
「ノアは争い事は嫌いだが、大切なものを守りたいという信念がある。だから、自分のためではなく、大切な誰かのために剣を取るだろう。ああ見えて頑固だから、きっとマルセルが止めても戦いに参加するはずだ」
「それは否定しません。今回保護したエマ姉妹に対して子爵が行ったことに、ノアは憤慨していましたから。きっと自分もと手を挙げることでしょう」
「まったく、姉だけでなくマルセルやノアまで……。子爵はどれだけ私から大切なものを奪えば気が済むんだろうな。あいつだけは、この手で殺してやりたい」
ミレイア様が手にしたネックレスを強く握る。まるで粉々に砕いてしまうんじゃないかと思うほどの激しい怒り。その顔には憎しみが張り付いていてゾッとした。この人ならやりかねない。
「早まってはいけません、ミレイア様。まだマルセル様やノアは生きています。それに、たとえ子爵と事を構えても、死ぬと決まったわけじゃない。必ず勝つ方法はあるはずです」
「アンジェリーク……」
「信じてください、我々を。マルセル様やノアは、必ずこの私とお父様がお守りいたしますから」
思わず必死になってしまったのは、ミレイア様の目に危うさを感じてしまったから。この人なら、本気でロイヤー子爵を殺しにいきかねない。
そんな私の表情に何かを感じ取ったのだろう。ミレイア様は安心させるようにフッと笑った。
「安心しろ。私に武術の心得はない。殺したくても、私一人では何もできんよ。私にできることと言ったら、二人の無事を祈ることくらいだ」
「そう、ですよね。その通りだと思います。ですが、時にその祈りが力になることもございます。侮るべきではありません」
「上手いことを言う。さすが人を誑かす悪女だな」
そう言った後、ミレイア様は店の中にいたマルセル様に声をかけた。
「マルセル、すまない。急用を思い出した。先に屋敷に戻っても構わないか?」
「ああ、大丈夫だ。一人で帰れるか?」
「子どもじゃないんだ。気遣いは無用だよ」
「それもそうだな」
すると、お互い見つめ合った後、二人は人目も憚らず店先で堂々とキスをした。あまりにも自然な流れに、一瞬何が起きたのかわからなかったほどだ。
「また屋敷で会おう」
「ああ、待ってる」
お互い微笑み合った後で、ミレイア様は一人お屋敷に向かって歩き出す。カルツィオーネ組の面々は、ロゼッタを除いてみな一様に顔を真っ赤にしていた。
「どうした、アンジェリーク」
「い、いや、今さらりとすごい光景を目の当たりにしたような……」
そんな固まる私の横から、道を歩く人達がマルセル様に声をかける。
「いつもラブラブですね、マルセル様」
「羨ましい限りっすわ」
「ミレイア様は幸せ者ですね」
そう笑いかけてくる民衆に片手を挙げて応えつつ、マルセル様は何事もなかったかのように再び店の中に入る。すると、ちょうど近くにノアが現れたので、思わずその腕を掴んだ。
「ねえ、ノア。マルセル様とミレイア様って、あんな人前でキスしちゃうような人達なの?」
「え? いつもそうだよ。僕達家族の前でも平気でしてるし。愛情表現の一種だし、何か変だった?」
「変だったって……」
思わずナターシャを見てみたけれど、彼女もやはり何がおかしいのかと首を傾げていた。それだけ今の出来事は日常茶飯事らしい。
「ノアも好きな人と結婚したら、ああなるのかな……」
「ん? 何か言った?」
それ以上は何となく聞くのが怖くて、私は「なんでもない」と答えて店の中に入った。




