ナターシャとジルとルイーズ
「うわぁ、すごーい!」
「これがシャルクか!」
シャルクの中心街に降り立ったルイーズとジルが、賑やかなその景色を見て歓声を上げる。街は相変わらず人でごった返していた。
「カルツィオーネより人が多いっ」
「お店の数も多いし、こんなに栄えてるなんて。すげーっ」
二人の目はキラキラ輝いている。知らない他の領地へ初めて来て、ワクワクが止まらないのだろう。そんな今にも駆け出しそうな二人を、隣にいたナターシャが冷静に嗜める。
「二人とも落ち着きなさい。はしたない。これくらい普通でしょ。ここより栄えてる領地なんていっぱいあるんだから」
「そうなんですか?」
「レンスとか王都に比べたら田舎な方よ。べつに驚くことじゃないわ」
「これで田舎?」
「じゃあ、王都ってどんくらいすげーんだろ……」
そんな驚く二人の顔を見ながら、つい笑みが溢れた。
エマ達姉妹の話が終わった後。ジルとルイーズがシャルクでの買い物を楽しみにしていると知ったミレイア様が、私達を買い物に誘ってくれた。その際、助けてもらった二人にお礼がしたいというナターシャも一緒についてきたんだけれど。彼女はどうやら二人が気になるらしい。
「はしゃぎすぎて迷子にならないでよ。この前コレットがはぐれて、探すの大変だったんだから」
「はーい」
「俺達そこまで子どもじゃねーし」
「はあ?」
「ジル、今の言葉遣いダメだよ。ナターシャ様はご貴族様なんだから。敬語使わないと」
「いけね、そうだった」
「べつにいいわよ。そんなこと気にするほど器小さくないし」
「だってさ。ラッキー。最初はおっかない令嬢だなーって思ってたけど、案外優しいじゃん」
「……ジル、やっぱりあんたは敬語使いなさい」
「なんで!? 器ちっさ」
「なんですって!」
怒ったナターシャが、ジルの頬っぺたを摘む。ジルは「いたたたっ」と痛そうに呻いていた。
「もう! なんでジルはいつもそうなのっ」
「ふあっ」
「ごめんなさい、ナターシャ様。ジルは元々敬語使うのが苦手なんです。だから許してあげてください」
ルイーズが必死に頭を下げる。すると、ナターシャはため息をついた後で、ジルの頬から手を離した。
「そんなに必死に謝らないでよ。なんかこっちが悪いことしてるみたいじゃない」
「ですが……」
「いいったらいいの。ほら、買い物行くわよ」
「ありがとうございます……きゃっ」
ナターシャについて行こうと歩いていると、ルイーズが反対から来ている人にぶつかった。彼女はそのまま尻もちをつく。
「いたたたっ……」
「大丈夫? ここは人でごった返してるから、ちゃんと前見て歩かないと、ほんとにはぐれちゃうわよ」
「はい……すみません」
シュンと落ち込むルイーズ。そんな彼女の前にジルの手が差し伸べられた。
「ほら、ここ人多いし。ほんとにはぐれたらシャレになんないから……手、繋いでてやるよ」
頬を薄く染め、視線を逸らしながらジルは手を伸ばしている。ルイーズは最初キョトンとしていたけれど、すぐに満面の笑みで彼の手を掴んだ。
「ありがとう、ジル」
「べ、べつにルイーズのためじゃねーから。迷子になったら探すのが大変だから、仕方なくだぞ」
「わかってるよ」
そっぽを向くジルに対して、ルイーズはクスクス笑いながら立ち上がる。そんな二人を見て、ナターシャがポソリと呟いた。
「あなた達、付き合ってるの?」
「なっ!」
ジルの顔がわかりやすく真っ赤に染まる。
「ち、違うよ! 俺達は付き合ってなんかないっ」
「そうですよ。ジルはただの幼なじみです。付き合ってなんかないですよ」
「……ただの……幼なじみ……」
何故そんなことを言われたのかと不思議がるルイーズとは対照的に、ジルは真っ赤な顔から一転、肩を落として俯く。そんな二人の対照的な反応に、どうやらナターシャもピンときたらしい。
「なによ、ジルの方が器小さいじゃない」
「! うっせ、バーカ、バーカ!」
「はあ!?」
お互いカチンときたのか、胸倉を掴む勢いで睨み合う。しかし、それをマルセル様が止めた。
「二人ともいい加減にしろ! 街のど真ん中でケンカなど、迷惑にもほどがあるぞ」
「……すみません、でした」
「ごめんなさい、お父様」
叱られた二人はシュンとうな垂れる。すると、突然ミレイア様とノアがぷっと吹き出した。
「いいじゃないか、マルセル。ナターシャがこんなにはしゃいでいるのを見るのは初めてなんだ。それに、ジルもルイーズも、シャルクから見ればいわば大事なお客様。思う存分買い物を楽しんでもらおうじゃないか」
「そうだよ。せっかくシャルクでの買い物を楽しみにしてもらってたんだから。楽しい買い物にして次に繋げないと」
「ノアまで……。しかし、両殿下もいるんだ。娘のこんなはしたない姿を見られるのは少し……」
「気にしないでくれ、マルセル。それに、ナターシャは全然はしたなくなんかないよ。むしろ、平民であるジルやルイーズを対等に扱っている姿が好ましい。きっと、マルセルや夫人の躾と意思がきちんと行き届いているからなんだろう。素晴らしいことだ」
「そうそう。それに、俺達はもっとはしたない令嬢を知ってる。手のつけられないじゃじゃ馬のような女だ。そいつに比べたらナターシャの振る舞いなんて可愛いもんだよ」
「レインハルト殿下、ラインハルト殿下……そう言っていただけると助かります」
ホッと安堵するマルセル様を横目に見ながら、私は不服とばかりに頬を膨らませた。
長らくお待たせしてしまってすみませんでした。今日から再開します。
1ヶ月強お待ちいただきまして、本当にありがとうございました。
ブクマが減ることは覚悟していたのですが、外さずに待っていてくださった皆様の優しさと懐の深さに感謝しています。
正直、思っていたほど筆は進まなかったので不安ではあるのですが、また頑張って書いていきたいと思います。
なにより、楽しんでいただけたら幸いです。よろしくお願いします。




