山火事の真相2
「……ました」
「え?」
「知っていました、殿下達がカルツィオーネのクレマン様のお屋敷にいることは」
「お姉ちゃんっ」
「最初に山火事を起こした理由は、魔物をカルツィオーネに集中させて、その魔物達にアンジェリーク様やクレマン様を襲わせるというものでした。ですが、殿下達が襲われたことで計画を変更した」
「変更?」
「今回の山火事のすべてを、アンジェリーク様とドラクロワ家の暗殺者のせいにして、殿下達を襲撃したという重罪で断罪しようとしたのです」
「それで、俺達が襲われた翌日にも山に火をつけたんだな?」
ラインハルト殿下が確認するようにそう聞くと、エマはゆっくりと頷いた。
「三回目の山火事を指示された時、私は拒否しました。もう誰かが傷付くところは見たくなかったですし、今回のは殿下達がカルツィオーネにいると知ってて行うのですから、バレれば国の王子の命を狙った重罪者として処刑されることになります。イネスもいますし、それだけは絶対避けたかった」
「でも、あなたは放火した」
「はい。今回の任務を行えば、病によく効く薬をやるからと。断れば除隊させるか、放火犯として牢にぶち込むと。どちらか選べと言われて……」
「ほんと最っ低ね、ロイヤー子爵って奴は」
「自分の手を汚さず、配下の者を使って殿下達まで危険に巻き込むとは。いくら殺しても殺し足りないな、そいつは」
ギャレット様の声に殺意が宿る。話が進めば進むほどどんどん空気がピリついていくのがわかる。そんな中、レインハルト殿下が言葉を続けた。
「それで君は、やむなく放火を選んだ」
「はい。きっとこの任務を行えば、私はいつか捕まり断罪されるでしょう。でも、薬があればイネスだけは助かるかもしれない。そう思い、私は罪のない人達の命より、妹のイネスの命を優先しました。ですが、その薬が偽物だったなんて……っ」
エマが悔しそうに歯を食いしばる。騙され利用されて、相当悔しかったのだろう。ただ、彼女以上に憤慨していたのは、それまで黙って話を聞いていたノアだった。突然テーブルを叩いて立ち上がる。
「許せないよ! 彼女達の弱味につけ込んで、殿下達まで危険に晒して。そんで役目が終わったら彼女達の命を狙って、その挙げ句の果てには薬が偽物だったなんて。どんだけ酷いことをしたら気が済むのさ、そのロイヤー子爵って奴は!」
「ノア! 落ち着きなさい。誰が聞いているかもわからないんだぞ」
「お父様は悔しくないの!? アンジェリークばかりか、お父様が尊敬するクレマン様まで貶めようとしてたんだよ、子爵は。許せないでしょっ」
「ああ、許せない。だからこそ今冷静さを保つ必要があるんだ。でなければ、俺は今すぐにでも子爵の首を取りに行きかねない」
その目が怪しく光る。その狩りをする猛獣のようなマルセル様の雰囲気に、ノアも気圧されてスルスルと椅子に座った。
このままじゃマズイかもしれない。ちょっと話を逸らして、この場をクールダウンさせないと。でなければ、このままマルセル様は兵を引き連れヘルツィーオへ乗り込んで行きかねない。
「でも、よくあなた達今日まで生き延びられたわね。最後の放火が終わった後すぐ逃げたの? 証拠隠滅として殺されると思って」
「それは……逃走を手助けしてくださった方がいたので」
「手助け?」
「最後の放火の任務を終えて薬を手に入れた後、軍の上官が今すぐ逃げろと教えてくれたんです。子爵様は、自分の足がつく証拠は残さない。実際に兵士達にお前を捕らえろという命令が密かに出回っている。消される前に妹と二人で逃げろと。最初は半信半疑でしたが、その後で本当に盗賊達に命を狙われるようになって」
「その上官の話が本当だったんだと気付いた」
「はい」
「なるほどね。ヘルツィーオの軍の中にも良心はあるのか。エマがさっき言ってた、軍内部で不満が溜まってるって話、ちょっと信じられるかも」
「は?」
えへへっと笑うと、エマはキョトンとした顔をした。それを見て、ロゼッタがため息をつく。
「ヘルツィーオ軍の内部事情はどうか知りませんが。いくら捕まる前に逃げられたとはいえ、その後ずっと盗賊に命を狙われていたのです。それでも、彼女達はその追撃をかわして生き延びている。しかも、片方は戦闘経験のない持病持ち。そんな妹を庇いながら今日まで逃げ延びているエマの戦闘能力の高さに私は興味があります」
「! そ、そんなことを言われたのは初めてです。私なんてまだまだ下っ端で、階級も一番下ですし。直属の上官にもよく怒られてます」
「では、その上官の彼女の活かし方に問題があるのでしょう。一度実力を試してみたいものです」
「じゃあ、彼女私兵として雇っちゃう?」
『はあ?』
名案だと思ったんだけど。エマとロゼッタは、何を言っているんだ、と言いたげに眉間にシワを寄せた。
「だって、あのロゼッタが興味あるって言ってるんだもん。かなり見込みがあるってことでしょ?」
「べつにそうは言っていません。先の魔物と盗賊達との戦闘時も、あわや山火事に発展しそうなほどの炎を放つなど、思慮の浅さも露呈しています。もしや、シャルク近辺での火事騒ぎもあなたの仕業ではありませんか?」
「確かに、シャルクにいる途中、追っ手から逃れるために魔法を乱発させましたから、たぶんそうかもしれませんが……」
「そうか、あれはお前達の仕業だったのか」
マルセル様にそう言われ、エマが肩をビクつかせる。それでも、今の彼は狩人の目をしていなかった。
「まだまだ戦闘経験の浅さが見てとれます。それなのに、私が興味を示しただけで私兵云々の話に繋げないでください」
「エミリア、やっぱりあなたの主人はバカなんじゃないの? 今この話を聞いた後で私を雇おうなんて。気が狂ってるとしか思えない」
「いや、それは……」
「お姉ちゃん、さすがに言い過ぎだよ」
「いや、エマの言うことは合ってるよ。アンジェリークって普通の人の感覚持ち合わせてないから」
「ノアまで……みんな好き放題言ってくれちゃって。私が傷付かない人間だとでも思ってんかしら」
「おそらく」
「ロゼッタうるさいっ」
いつものやりとりに持っていって、なんとか場を和ませる。ホッと息をついたのも束の間、再びこの空気をピリつかせたのは、ラインハルト殿下だった。




