逆効果
エマ達が通された部屋には、もう全員が揃って二人を待っていた。
マルセル様に、殿下達二人、ギャレット様、それに、エミリア、ルイーズ、ジルまでもが緊張した面持ちで立っている。私達も中に入ると、アンナさんは「失礼します」と言って部屋には入らず静かにドアを閉めた。自分は立ち入るべきではないと冷静に判断したのだろう。そういうところはさすがメイド長だ。
アンナさんがいなくなったのを確認して、マルセル様がエマ達二人に向かって口を開く。
「わざわざ来てもらってすまない。イネスの容態が快方に向かっていると息子から聞いたものでな。身体の調子はどうだ?」
「はい、ノア様のお薬のおかげでとても良くなりました。本当に感謝しています。ありがとうございました」
イネスが頭を下げる。気のせいかその声は震えていた。それもそうだろう、この部屋には針で刺されているような緊張感が漂っている。それを精製している主な原因は、マルセル様と、ギャレット様、そしてラインハルト殿下の三人だった。
マルセル様の視線がエマへと移動する。
「妹の体調も良くなった。お前の言い訳はもう通用しない。この意味がわかるな?」
「はい。ですが、言い訳ではありません。妹の体調が悪い中、さらに精神的負担をかければ彼女に悪影響が及びます。姉としてそれだけは避けたかったのです」
「ふん、それが言い訳だと言ってるんだ」
そう悪態をついたのは、マルセル様ではなくラインハルト殿下だった。彼は腕組みをしたまま、鋭い眼差しでエマを睨んでいる。それでも、エマは毅然とした態度でそれを受け止めていた。
「まどろっこしい話は無しだ。単刀直入に聞く。お前達はいったい何者だ?」
「私は、元ヘルツィーオ軍第三魔法師団所属の魔法師です」
一拍置いた後、エマは淀みなくそう答える。ただ、我々の反応が薄いことに驚いた様子はなかった。
「やはり、もうご存知だったのですね。急に呼び出しを受けた時点で、その可能性には気付いていましたが」
「俺達を甘くみるな」
よく言ったものだ。本当は盗賊のグエンとメイド達の世間話から情報を得ただけのくせに。なにを偉そうに。という顔をラインハルト殿下へと向ける。しかし、彼は気付いていなかった。マルセル様が話を進める。
「お前達は二人とも軍人なのか?」
「いいえ。妹は魔力のないただの平民であり、ヘルツィーオ軍とは関係ありません」
「どうだかな。お前の話を信じろと?」
「彼女に魔力が無いのは、昨年の魔力検査で実証済みです。なんなら、管理者である国に直接問い合わせてみてください」
「ほう」
「それに、ヘルツィーオで女性でありながら軍に入隊できるのは、魔法を使える者だけです。そこら辺の事情は男爵様もよくご存知のはずですが」
「まあ、そうだな。ヘルツィーオで軍に入隊している女性剣士の話は聞いたことがない」
「つまり、妹は軍人ではなくただの平民ということになります。まあ、あそこまでひどい持病持ちの彼女が、軍に入隊できると考える方がどうかしていると思いますが。これでご理解いただけましたか?」
そこまで論破されて、その場が一時しんと静まり返った。
こりゃエマの方が上手だな。ほら、ラインハルト殿下も何も言い返せなくて舌打ちしかできてない。これはなかなか崩すのが大変そうだ。
「わかった、イネスが軍人でないということは認めよう」
「ありがとうございます」
「では、ここからが本題だ。何故元ヘルツィーオの軍人である君が、盗賊達から命を狙われている?」
「その質問にはお答えしかねます」
「なに!?」
思わず飛び出しかけたラインハルト殿下を、しかしレインハルト殿下が静かに制した。
「正確には、妹の身の安全を保証してくださるのなら、私は喜んでその質問にお答えいたします」
「つまり、取引をしないか、ということか」
「そういうことです」
「ふざけるな!」
そう苛立ちを爆発させたのは、ギャレット様だった。彼はみるみるうちにエマへと詰め寄ってその胸倉を掴む。
「お前、自分の立場をわかっているのか? このまま二人とも国に連行して牢にぶち込んでもいいんだぞ」
「ということは、ある程度私が何をしたのか、推察できているということですよね? それなのに私の口を割らせたいということは、私がやったという証拠が無いということ。そんな状態で私達を投獄するなんて、国王陛下はなさらないと思いますが?」
「貴様ぁっ!」
ギャレット様がさらにキツく胸倉を掴む。エマは苦しそうにするも、強気の顔を崩していなかった。
……いや、違う。よく見たらエマの身体は小刻みに震えていた。そうか、彼女にとってこれは一世一代の大博打なんだ。ここまで殿下達を挑発しといて無事で済むはずはない。それでも、妹のイネスのために命を張って戦っている。だから陥落させるのが難しいんだ。
ロゼッタを一瞥する。すると目が合った。そのまま彼女は小さく頷く。どうやら彼女も同じ答えにたどり着いたらしい。
ジルもルイーズも、この場の雰囲気に呑まれて動けないでいる。そんな中、エマへと駆けつけたのはノアだった。
「ちょっとギャレット様! 乱暴はよくありません。女性に手を挙げるなんて紳士のすることじゃないよ」
「邪魔するな、お花畑。こいつはレインハルト殿下に瀕死の重傷を負わせた放火犯だぞ。罪人に男も女もない」
「その証拠もないくせに、平民は無実でも罪に問われるんですね」
「なにをっ……!」
「だからやめなって!」
「お姉ちゃん! もういいよ。私も一緒に行くから」
「イネスは黙ってなさい。あなたは関係ないんだから」
「お姉ちゃん……っ」
もうカオスだ。これ、どうやって収拾つけんだろ。そう思い、隣にいたロゼッタにこそっと耳打ちする。
「これさ、ギャレット様のやり方逆効果じゃない?」
「おっしゃる通りです。彼女の言っていることは一理ありますし、向こうは妹のためという使命にも似た強固な動機がある。たとえ拷問したとしても、きっと彼女は吐かないでしょう」
「むしろ、もっと頑なになって口を閉ざしかねない、か。そうよね、今の時点で、無実の罪を主張し始めちゃってるもんね。なんでそのことにギャレット様もラインハルト殿下も気付かないかなぁ?」
「彼らには無理でしょう。レインハルト殿下という彼らにとって大切な人を傷付けられたのです。冷静でいろと言う方が難しいかと」
「なるほど。じゃあもう、ここは私が出て行くしかないかな」
「は?」
眉間にシワを寄せるロゼッタを無視して口を開きかけたまさにその時。私より先に言葉を発したのは、それまで静観していたレインハルト殿下だった。




