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犬猿の仲

「お言葉ですが、クレマン様。私は忙しくてアンジェリークの暇潰しに付き合っている暇はありません。地図でも書いて渡しますので、一人で行かせてください。歩いて行けない距離でもありませんし」


「そうですよ。ただでさえ子どもが苦手そうなロゼッタが一緒なのに、いつも険しい顔をしているニール様までいると、子どもが寄りつかなくなってしまいます」


「貴様……っ」


 むむむっ、とお互い睨み合う。犬猿の仲とはこういうことをいうのかもしれない。


「アンジェリーク様が失礼なのはいつものことですので、どうかお許しください」


「ふんっ。お前をクレマン様の花嫁候補にしたのは間違いだったようだな」


「残念でしたー。今頃気付いても遅いでーす」


「さっさと出て行け」


「嫌でーす。今ちょうど、ロゼッタと私がここで働いて良いとクレマン様からお許しをいただいたところですから」


「なっ、ほんとですか、クレマン様!」


「ああ、本当だよ。人手不足を心配して、ここで使用人として働きたいと申し出てくれた。こちらとしては、願ってもない申し出だ。断る理由がないだろう?」


「しかしっ」


「アンジェリーク様は、今までここに来たご令嬢とは違ってとても働き者です。それは保証しますわ。ねぇヨネ」


「ええ。それに、アンジェリーク様がいらっしゃると、このお屋敷が明るくなりますの。楽しい環境でお仕事をすれば、いつもの倍働けますわ。そうよねぇ、ミネ」


「こーんな若い子達、この先そうそう入ってこないよ。ここで取り逃がすのは、賢い人間のすることじゃあないね」


 クレマン様と女性三人の賛成意見が、ニール様を挟み撃ちにする。すると、もう逃げられないと観念したのか、彼は「くそっ」と悪態をつきつつ頭をかいた。


「ああ、わかったよ! 好きにしろっ。だが、少しでもヴィンセント家の名に傷を付けるようなことをしたら、躊躇いなく追い出すからな」


「承知致しました、ニール様」


 そう恭しく頭を下げた後、小さくアッカンベーをする。ニール様のこめかみがさらにピクピク動いた。それを見て、クレマン様がクククっと笑う。もしかして、ニール様はクレマン様にからかわれているんだろうか。


「それはそうと。お茶会を断った君がここへ来たということは、私に何か用かね?」


「クレマン様までそんな嫌味を……」


 そう力なく呟いた後、ニール様は気合いを入れ直して姿勢を正した。


「クレマン様、国王陛下からお手紙が届いております」


「おお、もう返事が返ってきたのか。相変わらずマメな人だ」


 そう微笑みながら、クレマン様はニール様から一通の手紙を受け取る。そして、それをその場で読み始めた。


「国王陛下と親交が深いというお噂は、本当だったのですね」


「ん? ああ、昔私が陛下に剣を教えていたんだ。陛下は筋が良くてね、飲み込みも早いものだから、教えていて楽しかったよ」


「へえー。ちなみに、手紙には何と書かれているのですか」


「こら! 興味本位で聞くんじゃない」


「いいよ、ニール。なに、他愛もない話だよ。私が風邪をこじらせたことを心配していたり、陛下の子ども達の話だったり。そうそう、今度の花嫁候補の令嬢はどうかと気にかけているようだよ。もうそんな情報まで入っているとは、噂が広まるのは早いな」


「げっ、国王陛下にまで知られてるんですか?」


「これは、下手なことができませんね」


「まったくだ」


 ロゼッタとニール様が、そろって私に鋭い視線を向ける。まるで私が何か失礼なことをしそうだと、そう言いたげな顔。わかってます、そんなことは致しません……たぶん。


 クレマン様はそんな私達の様子に気付かず、次のページを読んでいく。


「ほう、レインハルト殿下とラインハルト殿下が、明日あたり領地視察に出かけるらしいぞ」


「あの領地視察という名の旅行ですか」


 ポロっと言葉をこぼすと、ロゼッタとニール様からきつく睨まれた。


 いいでしょ、これくらい。ほんとのことなんだから。


「まさか、ここへ来られるのでしょうか?」


「んー、そこまでは書かれてないな。ただ、もし行くようなことがあれば、その時はよろしく頼むと」


「そう、ですか」


 まだエミリアに会えてないのに、もう領地視察が始まってしまうとは。


 どうする。今すぐクルムへ行ってエミリアを探したいところだけど。職に就いてすぐ旅行なんて、これだから貴族の令嬢はと思われてしまうかもしれない。せっかく良好な人間関係を築けそうなのに、スタートでつまづくのはなぁ。でも、今この物語が不安定な状態でエミリアがちゃんとレインハルトと出会えるかどうか……。心配だ、心配すぎるっ。


「どうした、急に黙り込んで」


「何か企んでますね」


「まぁね。レインハルト殿下をどうやって誘拐して、国王陛下を脅して国を乗っ取ろうかなって……いたぁいっ!」


 ニール様に片方の縦ロール髪を掴まれる。その顔は鬼のそれだった。


「貴様、たった今ヴィンセント家の名に傷をつけるなと言ったばかりだぞ。お前は、軍神とまで呼ばれたクレマン様を罪人として葬り去るつもりか? それなら、この俺が今この場でお前を処刑してやる」


「ウソです! 冗談ですよっ。そんななんの得にもならないことするわけないじゃないですか!」


「いーや。お前ならやりかねん。クレマン様をたらし込むだけでは飽きたらず、国王陛下にまで手を出そうとは。いくら冗談とはいえ、謀反と捉えられればクレマン様どころか、ここの領民にすら危険が及びかねんのだぞ。そんなこと、軽々しく口にするなっ」


 そう言って、もう片方の縦ロールを掴まれた。痛い、これはかなり痛い!


「この堅物、石頭! そんなだから、他のご令嬢が逃げ出すんですよっ」


「それは俺のせいじゃない。あいつらの教養と根性が足りなかったせいだ」


「うわ、ひどっ。つーか、痛い、痛い! ロゼッタ助けてっ」


「ニール様のお怒りはごもっともですが、そろそろ離して差し上げていただけないでしょうか? 私、アンジェリーク様の縦ロール髪、唯一無二な感じがして結構好きなんです」


「あんたの好みなんかどうでもいいわ!」


 やいのやいのと三人が騒ぎたてる。すると、それを傍観していた四人が、声を上げて笑い出した。突然のことに、ニール様の両手が私の縦ロール髪から離れる。


「やはり、アンジェリーク様がいらっしゃると場が和みますねぇ、ミネ」


「ええ、ほんとに楽しいわぁ、ヨネ」


「ニール様の、そんな感情丸出しの大声聞いたの久しぶりだよ。案外、良いコンビなんじゃないかい」


『どこがっ』


 私とニール様が同時に叫ぶ。そしてお互い睨み合った。そんな様子を、クレマン様がお腹を抱えて笑って見ている。


「こんなに笑ったのは久しぶりだよ。やはり、君は一緒にいると面白いな」


「……ご期待に添えてなによりです」


「国王陛下にも教えて差し上げなくては。今回来たご令嬢は、今までで一番愉快な人物だと」


 それは、はたして褒め言葉なのだろうか。


 そう疑いながら、私は冷めた紅茶を一口すすった。


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