縦ロールの伯爵令嬢
父親に見捨てられた日から一週間。その間、私はずっと部屋に引きこもっていた。
縁談話が破談になったショックから、ではない。
確かにその日は一日中悲しくて涙に明け暮れたけれど。次の日にはもう昭乃としてすっきりしていた。破談してしまったものはしょうがないと。
それでも、家族と顔を合わすのが嫌だったから、部屋から出ないだけだ。
幸いなことに、使用人達は、私が破談になったショックで塞ぎ込んでいると勘違いしてくれている。この部屋に入ってくるのも侍女のロゼッタくらいなので、一人で今後をじっくり考えたかった私としては好都合だった。
それよりも。衝撃の大きさでいったら、鏡で自分の姿を見た時が一番だったかもしれない。
「ねえ、ロゼッタ。鏡を持ってきてくれる?」
医者が傷口に貼ってあるガーゼを交換しに来た時のこと。どのくらいの傷なのか確かめたくて、ロゼッタにそう頼んだ。
「鏡、ですか」
「そう。だって、自分の目からじゃ傷口があまり詳しく見えないんだもの」
「それを見てどうするのですか?」
「べつに。確認するだけ」
あっけらかんとそう言うと、ロゼッタの片眉がピクリと動いた。医者が慌てて止めに入る。
「失礼ですが、傷口はあまり見ない方がよろしいかと」
「どうして? そんなに悪いの?」
「そういうことではなく。見慣れていない方が見ると、その……」
「大丈夫よ、心配しないで。そのくらいで気分が悪くなるほど弱くはないわ」
上と下に男兄弟がいたからか、多少の傷なら嫌というほど見てきている。それくらいで貧血起こすほどか弱くはない。
「しかし……」
渋る医者。ロゼッタも反対するのかと思っていたけれど。
「かしこまりました」
そう言って、ロゼッタは鏡を持ってきてくれた。
「ありがとう」
受け取った鏡を使って、自分の身体を映し出す。そして映し出されたその姿を見て、私は驚きについ言葉を失ってしまった。
「そんな……っ」
「ああ、だからお止めしたのに」
「……なに、この縦ロール」
「は?」
私の言葉に医者はポカンとしている。それでも、私の目は鏡に映る自分の姿に釘付けだった。
なんだ、この縦ロールの髪の毛は!
こんな髪型、漫画かアニメでしか見たことないぞ。しかも、バネように均一じゃなく、ドリルのように下にいくほど細くなっている。目は吊り目で、顔つきはどこか勝気。
これじゃあまるで、庶民をイジメて高笑いする悪役令嬢みたいじゃないか。
「ねえ、ロゼッタ。事故に遭ってから記憶が曖昧なんだけれど。私はいつもこんな髪型だったかしら」
「はい。子どもの頃から母親と同じこの縦ロールの髪型だと、あなた様は私に教えてくださいました」
マジか! ずいぶん年季入ってんな。
試しに、櫛を使ってといてみる。しかし、髪はほんとのバネのようにまた元に戻ってしまった。
元々天然パーマなのか、はたまた長年の積み重ねの結果なのか、この髪型はそう簡単には崩せそうにない。
「マジかぁ……っ」
小中高とずっとショートカットで、伸ばしたとしてもせいぜいポニーテールが限界だった私が、ザ・お嬢様な縦ロールだなんて。やばっ、気色悪くて鳥肌立ってきた。
ぐったりとうな垂れてみる。すると、医者が困惑した声で話しかけてきた。
「あのぉ、それで傷口の方はもうよろしいでしょうか」
「あ、はい。結構です。思っていたより深くなさそうで安心しました」
「そうですね。これくらいなら、傷口が塞がればまたいつもみたいに動かせると思いますよ。ただ……」
「跡が残る、でしょう? それはもう気にしてませんから、安心してください。それよりも、この程度で済んだのは、お医者様の治療のおかげです。いつもありがとうございます」
感謝の気持ちを込めて頭を下げる。その後顔を上げてみると、医者が目をぱちくりさせて固まっていた。
「どうかなさいました?」
「い、いえっ。なんでもありません」
そう言って手早く包帯を巻くと、痛み止めの薬なんかを置いて、そそくさと出ていってしまった。
「ロゼッタ、私何かしたかしら?」
「さあ。もしかしたら、素直にお礼を言われて戸惑ったのではないでしょうか」
「はあ? なんで」
「先日のアンジェリーク様の落ち込み様から、お医者様はきっと、傷跡が残ることを責められるとお考えだったのではないでしょうか。それなのに、逆にお礼を言われてしまったから、戸惑ってしまわれたのでしょう」
「えー、なにそれ。私そんな器の小さい人間じゃないんだけど」
「正直、私も驚いています。縁談が破談になり、あんなに落ち込んでおられたのに。今はもうどこか吹っ切れたかのようにお元気になられて。まるで別人のようです」
別人、と言われてドキっとした。
確かに見た目はアンジェリークだけれど、前世の記憶を取り戻した今の中身は、鈴木昭乃だ。
でも、それがバレたからと言って、信じる人は誰もいないだろう。ならいっそのこと、全部事故のせいにしてしまえばいい。
「私自身では、その変化がよくわからないわ。もし別人みたいだというのなら、それはきっと事故のせいでしょう」
「左様でございますか」
それ以上ロゼッタは深く突っ込んでこなかった。