表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/430

過疎地、カルツィオーネ

 お茶の時間。


 クレマン様、ミネさん、ヨネさん、ココットさん、ロゼッタ、私の六人は、お庭でお茶とお菓子を楽しんでいた。


「ほう、使用人としてここで働きたいと?」


「はい、そうです。花嫁候補ではなくなった今、ただの令嬢としてここでのうのうと暮らしているわけにはいきません。ですので、ここで住み込みで雇っていただけないかと」


「それはべつに構わんが。しばらく花嫁候補としてここに置いてくれと頼んできたのは君だ。もう少しゆっくりしていても良いのでは?」


「そういうわけにはいきません。ただでさえ人手が足りず、みなさん忙しそうにしているのに。私だけ何もせず過ごしているのは気がひけます」


 日本人は勤勉だとよく言われるけれど。本当にそうだと思う。


 前世の職場は人手不足が常態化していたから、独り身の私は有休なんかめったに取れなかったし、スケジュール通りに仕事を終わらせるために、休む暇なく分単位で必死になって業務をこなしていた。だからだろうか、目の前で人が慌ただしく動いていると、自分も動かねばとソワソワしてしまう。


 その長年の労働癖は、転生しても消えなかったようだ。


「アンジェリーク様は働き者ですから。雇っても問題ないと思いますよ。ねえ、ミネ?」


「ええ、とっても働き者で感心いたしますわ。アンジェリーク様も働いてくださるのなら、私達も助かります。ねぇ、ヨネ」


 そう言って、二人が後押ししてくれる。協力してくれると言ったのは本当だったようだ。


「私も賛成だね」


 そう言って手を挙げてくれたのは、料理人のココットさんだった。少し恰幅の良い中年の女性で、その顔や仕草にはどこか愛嬌がある。


「カルツィオーネには若者が少ない。みーんな都会へ出て行っちゃってますからね。だから、募集しても一向にここに人が集まらない。そんな中、こーんな若い子達がここで働きたいって言ってくれてるんです。こんなチャンス、逃すべきじゃありませんよ」


 マジか。異世界にも過疎化の波がきているなんて。異世界も現実世界も世知辛いな。


「私も賛成です。アンジェリーク様は何もせず放っておくと、部屋に引きこもって怠惰に過ごされますから。ある程度働かせておかないと、人としてダメになってしまいます」


「部屋に引きこもっていると、ロゼッタの小言がうるさくて夜も眠れません。ですからどうか、ここで働かせてください」


 クレマン様に向かって頭を下げる。それを見て、クレマン様は苦笑した。


「前にも言ったが、君の希望は聞くつもりだ。君の好きにしたらいい」


「ありがとうございます、クレマン様!」


 思わずテーブルの下でガッツポーズをする。ミネさんヨネさんは、両手でハイタッチして喜んでくれた。


 よっしゃー! 仕事ゲット。住み込みなら家賃もかからないし、お屋敷なら大きいからそうそう賊に襲われる心配もない。今のところ人間関係は良好だし、休みなんかも融通してくれそうだし、これはかなり良い職場だ。


 思わず鼻歌を歌いたくなりそうなのを、必死に堪える。すると、ココットさんが一つ手を叩いた。


「じゃあ、これはアンジェリーク様の就職祝いだよ。たんと食べておくれ」


 出されたのは、アップルパイだった。甘い香りが周囲を漂い、程よくお腹を刺激してくる。


「ありがとうございます。では、いただきます」


 一口頬張る。すると、リンゴの甘い風味が口いっぱいに広がった。パイ生地はサクサクで、中身も甘ったるくなく、スッキリとした甘酸っぱさで後味も良い。


「美味しい! こんな美味しいアップルパイ、初めて食べました」


「そうかい? 久しぶりに作ったから心配だったけど、そう言ってもらえてホッとしたよ」


「どれどれ……うん、美味しい」


「ココットの料理は、いつ食べても美味しいわねぇ、ミネ」


「ええ、とても美味しいわ、ヨネ」


「ありがとね。その言葉が私の生き甲斐だよ」


 そう言って、ココットさんは白い歯を見せて笑った。本当に料理を作るのが好きなんだろう。


 紅茶を一口すする。口当たりはよく、茶葉の香りがスッと鼻を通り抜けていく。思わず、ほうっと息をついた。


「紅茶も美味しい」


「そう言ってもらえて嬉しいですわ。花嫁候補のご令嬢が来られると聞いて、良い茶葉を仕入れておきましたの」


「そうなんですか」


「ええ。気に入っていただけたのなら良かったですわ、ねえヨネ」


「ええ。喜んでいただけてなによりです。ねえミネ」

 

 美味しいお菓子を食べながら、美味しい紅茶を飲んで一息つく。しかも、こんな素敵なお庭で。


「んーっ、幸せ〜」


 それ以外の何ものでもない。こんな贅沢な時間、前世の時はまったく無かった。コンビニで買った弁当を、誰もいないワンルームの部屋で一人寂しく頬張る。それが常だったから。


「大げさですね」


「いいのよ、大げさで。だってほんとのことだもの」


 無意識に鼻歌を歌いながら、アップルパイをまた一口頬張る。紅茶を飲もうとしたら、何か視線を感じた。見ると、ロゼッタ以外の全員がニコニコしながら私を見ている。


「な、なんでしょうか」


「いや、美味しそーに食べるなと思ってさ」


「なんだか、見ているこっちまで幸せな気分になりますねぇ」


「アンジェリーク様が来てから、なんだかこのお屋敷内が明るくなった気がしますわ」


「確かに。見ていて飽きないな」


 なーんて言いながら、微笑ましそうに私を見ている。まるで、自身の子や孫に向ける眼差しのようだ。


「えっと……それは褒められているんでしょうか?」


『もちろんですわ』


 ミネさんヨネさんの声と笑顔がハモる。その後でココットさんが言葉を続けた。


「正直、五人分の料理じゃ作りがいが無いなぁって思ってんのさ。それこそ戦争中は、屋敷の使用人もわんさかといたし、騎士や兵士にも炊き出しみたいな感じで料理を作ってたからね。そりゃあもう、毎日が戦場みたいに慌ただしかったよ。でも、その分作りがいがあって楽しかった」


「そうなんですか」


「そうさ。でも、戦争が終わって他の領地や国への行き来が自由になると、みーんな散り散りになっちまった。寂しいけど、こればっかりはどうしようもないさね。あー、またもう一度大人数分の料理を作ってみたいよ。もうちょっと増えないかねぇ、ここの使用人」


「こればかりはどうしようもないさ」


「若い人が少ないからですか?」


「それもあるが、年々税収も減っている。払える額が少ない所へは集まりにくいのさ」


「そんなにお金ないんですか、ここ」


 思わず聞くと、ロゼッタに肘で小突かれた。そこで自分の失言に気づく。


「ここは一大農場みたいなものだ。種類豊富な農作物がたくさん育つ。だが、それを他の地域に売りに行くとなると、どうしても魔物が頻出するような道を通らねばならない。それに、ここは賊もよく出る。護衛無しでは売りに行きづらい」


「では、護衛を雇えばよろしいのでは?」


「そんな金を払えるのは、ごく一部の人間だけだよ。ここには自警団はいるが、全員普段は農作業や仕事をしている者達ばかり。騎士や兵士といった専門の警備兵は、給料の良い都市部へ流れている。難しい問題だ。私もニールも、どうにかできないものかと頭を悩ませているんだよ。せっかくみんなが育てた美味しい農作物を、もっとたくさんの人に食べてもらいたいからね。それが彼らの動機づけにもなる」


「なるほど。販売ルートの安全さえ確保されれば、カルツィオーネの農作物はきっと売れますもんね。昨日今日と食事に出てきた野菜や果物、どれも本当に美味しかったですから」


 魔物や賊からの護衛か。ロゼッタだったら簡単なんだろうけど、彼女は一人しかいないから効率が悪い。それに、あまり私のそばを離れられても困る。またいつ継母からの刺客や魔物に襲われるかわかっもんじゃないし。


「変な話をしてしまったね。安心してほしい、君のお給料はきちんと払うから」


「いえ、その心配はしていませんから大丈夫です」


「我々は、衣食住が確保されているだけで十分ですから」


「ちょっと、ロゼッタと一緒にしないでよ。私は少しでもいいからお金欲しいわよ」


「お金にがめついとは知りませんでした。強欲は身を滅ぼしますよ」


「金で雇われて仕事してたあんたが言うな」


「あら、ロゼッタさんは何か別のお仕事をされていたのですか?」


「へっ? いや、あの、その……」


「アンジェリーク様の侍女に落ち着くまでは、色々と職を転々としていたのです。そういう意味ではないかと」


「ああ、だから植木の剪定もお上手だったのですね」


「そういうことです」


 言い終わった後、ロゼッタが私を一瞥した。気を付けろ、と脅しているらしい。今のは私が悪かったと、テーブルの下で片手でごめんのポーズをしてみせた。


「それで。アンジェリーク様はどうしてお金が必要なのですか?」


「んっとね、旅行というか、世界を色々見て回りたいのよ。とりあえず、今は国内」


「ほう、それはまたどうして?」


「自分の見聞を広げたいのです。見たことないこと、知らないことを、実際に行って自分の目で見て確認したい。そこで色んなことを感じてみたいのです。実際に、カルツィオーネは話で聞いていたよりずっと素敵な場所でしたから」


 それも間違いではない。作者として、自分の書いた小説の世界が、どのようになっているのか自分の目で見て確認してみたい。そういう思いもある。


 けれど、一番の目的は人探し。


 その探している人物というのは、もちろんこの物語の主人公、エミリアだ。


 カルツィオーネへ来るまでの一週間、ただ傷が癒えるのを待っていたわけではない。あれから一生懸命記憶を呼び起こして、なんとかエミリアの基本情報を思い出すことができたのだ。


 エミリアは、幼い頃両親を亡くしていて、王都カストレナの隣にあるクルムという領地の孤児院で育っている。


 そして、エミリアとレインハルトの一番最初の出会いは、クルム近辺で領地視察という名の旅行をしていたレインハルト一行が魔物に襲われ、負傷したレインハルトをエミリアが希少魔法である"回復魔法"で癒してあげることから始まる。


 そこでレインハルトはエミリアのことが気になりだし、話が進んでいくのだ。


 もし、話が大きく変わっていなければ、エミリアは未だクルムの孤児院にいるはず。


「それはいいことだ。旅行に行きたくなったら、いつでも私に言いなさい。そこの領主へ手紙を書いてあげよう。大体の領主は私の知り合いだ」


「ありがとうございます」


 さすがクレマン様。お父様が顔が広いと言っていたのは本当だったらしい。


「お仕事の方は気にしないでくださいね」


「我々に任せて心置きなくご旅行を楽しんでください」


「ミネさんヨネさん、ありがとうございます」


「その代わり、お土産よろしくね。楽しみに待ってるよ」


「わかりました」


 チャーミングにウインクするココットさんに、笑顔で頷く。冗談なんだろうけど、それはもちろん買うつもりだ。


「そうだ、カルツィオーネに孤児院はありますか?」


「孤児院かい? ああ、あるよ。ここから北の森の中に一つ。でも、どうして?」


「私の怪我を治療してくださったお医者様が、ここの孤児院出身だとおっしゃっていたのです。ですから、一度見に行ってみたいと思いまして」


「なるほど。では、ニールに道案内させよう」


『えっ!?』


 嫌だという私の声と、もう一つの声が被る。思わず振り向くと、すごく嫌そうな顔をしたニール様が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ