文句言うくらいなら自分でしろ(ロ)
「おい、お前っ」
「殿下! お待ちください」
「あぁ?」
今にも駆け寄りそうなラインハルト殿下を、エミリアが慌てて制す。
「リザ……何をっ」
「あんたさ、私に色々文句言ってっけど。所詮私は傭兵なの。従者じゃない。だから、報酬以上の仕事はしないんだよ。あんただってそのことわかってんだろ? それなのに、何故護衛を辞めただの、ふざけんなだの、色々言ってくれちゃってさぁ。こっちの方がふざけんなだよ」
「それは……っ」
「自分の命よりも大切な存在を、赤の他人に任せんな。それであれこれ文句言うくらいなら自分でしろ」
「…………っ」
「もうわかっただろ? 他人は自分ほど相手を大切に想っていないって。大切に想ってるレベルが違うって。だったら、五歳児だからとか魔力が無いからだとかつべこべ言わずに、どんな姿になってもあんたが死ぬ気でアンジェリーク様守りな。それが従者ってもんだろ」
リザの言う通りだった。今の私に文句を言う資格はない。文句を言うくらいなら自分で守れという彼女の主張は最もだ。ここにいる誰もがアンジェリーク様のことを心配しているけれど、あの方がこの世からいなくなる恐怖を一番感じているのは、他の誰でもないこの私だ。
リザが私の胸倉から手を離す。そして、悪戯っぽく笑った。
「あんたに悩んでる暇なんてないと思うけど? アンジェリーク様は、あんたが悩んでる間も関係なく自由奔放に無茶してる。そして勝手にどんどん危険に晒されていく。従者としてそれ放置してていいわけ?」
「……いいわけないでしょう」
ムカついたので、リザの左脛を蹴る。すると彼女は「いったぁ!」と叫んで慌てて脛を押さえた。
「今のは胸倉を掴んだお返しです。お礼はいりません」
「てめぇっ……シバく!」
今にも襲いかかりそうなリザを、エミリアが必死に食い止める。その間に、私はアンジェリーク様の居場所を特定するために指輪に魔力を注いだ。今は闇雲に探すより居場所の特定が先決だ。殿下達も何事かと集まってくる。
「アンジェリーク様、聞こえますか? アンジェリーク様」
「これは何だ?」
「魔法具です。魔力を注げば、どれだけ離れていてももう片方の指輪を持つ相手と会話ができます」
「へえ、便利な道具だね」
レインハルト殿下が感心したような声を出す。私は構わずアンジェリーク様を呼び続けた。すると、五回目の呼びかけでやっと反応があった。ただし、アンジェリーク様以外の声で。
『メイドさん、指輪が何かお話ししてるよ?』
それは少女の声だった。その後で『指輪?』という女性の声が続く。間違いない、それはアンジェリーク様の声だ。
「アンジェリーク様、聞こえますか?」
『げっ、ロゼッタ』
思わず片眉がピクリと反応する。第一声が「げっ」ということは、何かやましいことをしている最中に違いない。
「アンジェリーク様、今どこにいらっしゃいますか?」
『教えない』
即答だった。今度は眉間にシワが寄る。
「どうして教えてくださらないのですか?」
『だって、ロゼッタは今日お休みでしょう? 休みの日くらいゆっくり身体を休めないと』
「お気遣いは無用です。いいから居場所を教えてください」
すると、今度は少年少女の声が割って入ってくる。
『俺達今から秘密基地に行くんだ』
「秘密基地?」
『そう、城壁の外にあってね。もう少しで着くよ』
『ほら、あの森の中に……』
『わー! もうそれ以上は言っちゃダメっ』
声の後に、ガサガサという耳障りな音が発せられる。たぶん、少年の口を封じたな。
「城壁の外は危険です。そこで待っていてください」
『やだ。秘密基地にいるこの子達の仲間にパン届けなきゃいけないから無理』
「はあ?」
私は今どんな顔をしているのだろう。ノア様が「ひっ」と肩をビクつかせた。
「ワガママもいい加減にしてください。あなた様も、ご自身が今どれだけ危険な状態に晒されているか理解されているのでしょう?」
『わかってるよ。だからって、この子達見捨てるなんて私にはできない。だから誰に何を言われてもやめないから』
「ですがっ……」
『あなたまで私の自由を侵害しないで』
最後の言葉は、少し怒っているような強い口調だった。その言葉の重みに、咄嗟には何も言い返せない。
すると、少女の『あっ』という声が先に発せられた。
『あれ何?』
『あれ?』
『ほんとだ。何かいる』
少年の声の後、少ししてアンジェリーク様の緊迫した声が続く。
『二人とも静かに! こっち来て。隠れるよ』
「アンジェリーク様、何があったのですか? アンジェリーク様!」
返答はなく、ガサガサという耳障りな音だけが響く。そのまま、誰の声も聞こえなくなった。
「アンジェリーク様、アンジェリーク様!」
「ダメだ、返答がない」
「たぶん、あの音からしてポケットか何かに指輪を隠したんだろう」
レインハルト殿下の推察にラインハルト殿下が頷く。
「アンジェリーク達は何を見つけたんだろうね」
「隠れるってことは、もしかして魔物か、盗賊……?」
エミリアの呟きに、ここにいる全員の顔に緊張が走った。それでも、一番血の気が引いていたのは私だ。
居ても立ってもいられず、身体が勝手に走り出す。そんな私にリザが声をかけてきた。
「そうそう、あんたに言うの忘れてたわ」
「なんですか?」
心底不機嫌な声と顔で反応する。目が合うと、彼女はニヤリと笑った。
「アンジェリーク様の大金を狙ってた悪い奴らは、このリザ様が退治しといたから。報酬分はちゃーんと仕事したからね。そのこと忘れんなよ」
「……ふん。腐っても傭兵というわけですか。礼は言いませんよ。あなたは報酬分の仕事をしたまでですから。ご苦労様。もう二度と頼むことはないでしょう」
「そうかい。そりゃあ良かった。あんたの顔見なくてすむよ」
「それはこちらのセリフです」
ふん、と悪態をついて再び走り出す。もう呼び止められることはなかった。
「まったく。恩着せがましい人です」
心底腹が立つ。それでも、心はどこか晴れやかだった。




