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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第四章 植物博士と極悪令嬢

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再びのお茶の約束(ロ)

「さすが、ダルクール家のメイド長です。亡くなった主人のために、そこまで忠義を尽くせるなんて。おみそれしました」


「忠義だなんてそんな。ただ、大奥様の憂いが少しでも晴れればと思っただけです。そして、あなたの憂いも」


 目を丸くする私を見て、アンナさんは優しく微笑んだ。


「最初、ドラクロワ家の暗殺者がダルクール家のお屋敷に来ると聞いた時は少し不安でした。家が没落してから色んな場所で暗殺を繰り返してきた人間、しかも極悪令嬢と噂されるご令嬢の護衛だなんて。アナスタシア様には悪いですが、正直恐怖にも似た感情を持っていたのは事実です」


「でしょうね。誰でもそう思います。あなたの反応は間違っていません」


「ですが、実際にお会いしてみると、なんといいましょうか……あなたの纏う雰囲気が穏やかで、どこにでもいる主人に仕える従者の一人に見えてしまって。暗殺者の面影が見えないことに驚かされました」


「そう、でしたか? 私自身はあまりわかりませんでしたが」


「確かに想像と違っていたのですよ。そして、その理由もすぐにわかりました。ああ、この方をこんな風に変えたのはアンジェリーク様なのだと」


 アンナさんは、どこか嬉しそうにコーヒーを口に含む。中身はもう半分以上無くなっていた。


「嬉しかった。アナスタシア様が憂いていた彼女は、今幸せそうに暮らしている。もう心配する必要はないのだと、あの方にご報告できる。なんて勝手な言い分ですが」


「いえ……アンナさんは間違っていません。確かにアンジェリーク様に出会ってから、私の日常は一変しました。今まで嫌われるだけだった私が、こんなにも多くの方に受け入れられるようになって、今だってこうして一緒にコーヒーを飲んでくださる方がいて。幸せすぎて怖いくらいです」


「良いのではありませんか。素直にその幸せに甘えてみても。きっとその方がアナスタシア様もお喜びになられるはずですわ」


「ですが、私だけ幸せでいいのでしょうか。アンジェリーク様は、私がいることで自分も幸せだとおっしゃっていましたが。なかなかその様には見えなくて」


 信じていないわけじゃない。ただ不安なだけ。特に今は、憂鬱な気分がそれを後押しする。


 思わずため息が出た。その後でアンナさんを見ると、彼女は目をパチクリさせて私を見つめていた。


「どうしました?」


「灯台下暗しとはよく言いますが。本当にそうなのですね」


「どういうことでしょう?」


「アンジェリーク様は、間違いなく幸せだと思いますよ。だって、こんなにも自分を慕ってくださる方が常におそばにいるのですから」


「ですが、アンジェリーク様を慕う方は他にも大勢いらっしゃいます。私はその中の一人にしかすぎない。私が隣にいなくても、アンジェリーク様は楽しく暮らせていけるはずです」


「それはないと思います」


 間髪入れずに、アンナさんはきっぱりと否定した。


「昨日、アンジェリーク様は部屋へ移動してから倒れられました。周りに気を遣って我慢していたと。ですが、あなたと二人きりになった瞬間、まるで緊張の糸が切れたかのように倒れられた。つまり、あなたにだけは弱さを見せてもいいと思っている。他の誰でもない、あなたにだけは。それだけ、アンジェリーク様はあなたのことを信頼されていらっしゃるということです」


「それは自覚しています。ですが、それが幸せに繋がるとは思えません」


「そうでしょうか? 私から見て、アンジェリーク様は分け隔てなく誰にでも接しているように見えて、その実どこかで一線を引いているような気がします。ある程度の本音は言えるけれども、心の奥底にある本心は誰にも触れさせない。そんな孤独を感じるのです」


「孤独、ですか」


 唯一思い当たることがあるとすれば、この世界を創造したのが、前世のアンジェリーク様だという事実だろうか。いや、もしかしたら私の知らない本心があるのかもしれない。


「ですが、あなたと一緒にいる時は違います。なんというか、心の底から安心しているような気がするのです。だから他の方といる時よりも笑顔が多い。それはあなたが子どもの姿になった今でも。それは幸せなことではありませんか?」


「それは……」


「少なくとも、私は大好きな方が幸せだと、私も幸せですよ。きっと、アンジェリーク様もそうなのだと思います。だから、自信を持ってください。自分は主人を幸せにしてあげられているのだと。大丈夫、あなたならできます」


 アンナさんのその言葉に、私は咄嗟に返す言葉が見つからなかった。


 自信を持つ、なんて考えたこともなかった。実際に幸せかどうか、それが大事だと思っていたから。でも、そんなの本人にしかわからない。もしかしたら、私はこの後押しが欲しかったのではないか。そう思えるほど、その言葉は自分の中でしっくり当てはまった。


「やはり、アンナさんは最高のメイドですね。いや、人としても素晴らしい人格者です。なんだか、ちょっと気分が晴れた気がします」


「素晴らしくなんかありませんよ。ですが、気分が晴れたのなら良かったです」


 アンナさんが優しく微笑んだので、私も同じように微笑む。やはり、アンナさんとのこの時間は、自分に合っていて好きだ。


 私は一度コーヒーをすする。その後で、そのカップの中に角砂糖を五個ほど入れた。これを見ていたアンナさんが、「あらあら、まあまあ」と目を丸くする。


「アンナさんには隠していてもすぐにバレそうですから。それに、気を遣ってきちんと大人の対応をしてくださいますし。こちらも遠慮しないようにします」


「私もその方が嬉しいですわ。こちらも遠慮しないで過ごせますもの」


「アンナさんがお嫌でなければ、是非またご一緒にお茶でもどうですか? 淹れたコーヒーの感想も聞きたいですし、こういう落ち着いた息抜きをアンナさんと一緒にしたいと思うのですが。いかがでしょう?」


「まあ、なんて素敵なご提案でしょう。ちょうど今私も同じことを言おうと思っていたところです。私で良ければいつでもご一緒させてください。次からは、何か甘いお菓子でもご用意しておきますね」


「ええ。是非お願いします」


 窓から柔らかい日差しが差し込んで、私達のテーブルを優しく照らす。コーヒーを一口すすると、コーヒーの苦味と砂糖の甘味とが相まって、自分好みの味に変化していた。


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