庭作業
「あんなに怒らなくてもよくない? ちょっとクレマン様と話してただけじゃない」
そう文句を言いながら、私は目の前の雑草を力任せに引っこ抜いた。
「よく言いますね。あれはちょっとではなく、完璧にアンジェリーク様がクレマン様を巻き込んでましたよ。それなのに、私まで怒られたのは解せません。私は咳き込むクレマン様を気遣っていたのに」
ロゼッタは、不服そうに伸び放題の植木の枝を剪定バサミで切り取っていく。心なしか力が入っている気がした。
「それこそよく言うわよ。クレマン様襲ってたくせに。相手はご高齢なのよ。大人げない」
「もちろん、手加減する予定でしたが。さすが軍神クレマン様です。ことごとく防がれるので、少し本気になってしまいました」
「あなたがそう言うんなら、やっぱりすごい人なんだ」
「当たり前です。全盛期は、それこそ一騎で千騎を相手にするくらいだったそうですよ。本当に暗殺依頼が無くて良かったです」
「へえ、そっか」
あの後、ニール様から部屋を追い出され、クレマン様には会っていない。隙をついて扉の前で耳を澄ませてみたけれど、咳き込むような音は聞こえなかった。たぶん大丈夫だとは思うけど。
「それはそうと。私達が庭の手入れをする必要があるのですか?」
「いいじゃない。人がいないんだから私達がやっても。現に、ミネさんもヨネさんも快く任せてくれたんだし」
「人手が足りませんからね。あの二人にここまで任せてしまうのは酷でしょう。喜んで任せてしまう気持ちはわかります。だからと言って、あなた様がやる必要はないのでは?」
「みんな忙しそうなのに、私だけ何もしないのは気が引けたの。言ったでしょう? 手伝えることは何でもするって。そんなに嫌なら、ロゼッタは部屋で休んでなさいよ」
「ご冗談を。主人が働いているのに、従者の私が休めるわけがないでしょう。嫌味ですか?」
「なんでそんなケンカごしなのよ。あ、まだ朝のこと根に持ってんだ。器小っさ」
「私ははじめから怒ってなどおりませんが?」
「ウソつけ! あの時めっちゃ暗殺者の顔してたでしょうがっ」
「人のプライバシーを話してしまう主人の無礼さに愕然としただけです」
「あー、はいはい。わかりましたよ。私が悪ぅございました!」
ぶーっと唇を尖らせつつ、周りに生えている雑草を「うりゃあっ」とまとめて引っこ抜いていく。草を入れたカゴはもういっぱいだった。
今日のお茶会の場となる庭は、いつから手入れされていないのか荒れ放題だった。
自分で言った手前、さすがに別の場所でとも言えないし。正直、庭でお茶を飲むなんて、そんな映画みたいなことやってみたかったし。
なので、ロゼッタは植木の剪定を、私は周りに生えている雑草を取っているわけだけど。
「ロゼッタ、植木の剪定もできるのね」
「当然です。前にも申し上げましたが、私にできないことは何もないくらいにお考えください。とはいっても、熟練の庭師には負けますが」
「まあ、それはね」
そうは言っても、当初は自然発生したのかと思うほど植木が荒れ放題だった。枝は伸び放題で通路を塞ぎ、元の形は見る影もない。
それを、ロゼッタはまるでハサミを使って紙を工作するかのように、さくさくさくさく切っていく。
時に丸く、時に四角く。冗談で猫の形をリクエストしたら、本当にその通りに切ってくれた。そこら辺の中堅庭師よりは上手い気がする。
「アンジェリーク様、ロゼッタさん、お疲れ様です」
「少し休憩なさいませんか?」
庭作業に勤しむ私達にそう声をかけてくれたのは、ミネさんとヨネさんだった。
「ありがとうございます、ミネさん」
差し出してくれたタオルを受け取る。その後で、ヨネさんが水の入ったコップを差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、ヨネさん」
遠慮なく水を飲む。渇いた喉にグッときた。
実は、ミネさんとヨネさんは双子らしい。どうりで顔がそっくりなわけだ。では、どうやって見分けるのか。それは本人達が教えてくれた。
「右目の下に涙ホクロがあるのが、ミネです」
「左目の下に涙ホクロがあるのが、ヨネです」
ということらしい。そのおかげで大きく間違えることはなくなった。
「綺麗になりましたねぇ。まさかあの荒れ放題だった庭がこんなになるなんて」
「ええ、本当に。見違えました。ロゼッタさんは庭師のご経験がおありなのですか?」
「まあ、少々。ですが、まだ東屋の周りだけです」
「これだけでも十分ですよ。ねえ、ミネ」
「ええ。旦那様もきっとお喜びになりますわ。ねえ、ヨネ」
うふふっ、と二人は朗らかに笑う。
なんでだろう。朝一でニール様に怒られたからか、この二人を見ていると癒される。
「それにしても、ロゼッタさんは何を着ても似合いますねぇ」
「まさに、男装の麗人。美人は何を着ても絵になりますわ」
「そんなことはありませんよ」
「いや、私もそう思います。ロゼッタって絶世の美女ですよね。背も高いし、スタイルもいいし。性格さえ歪んでなければ、めっちゃモテると思んですよ」
「主人の性格が悪いので、それが移ったのかもしれませんね」
「あらやだ、お二人とも」
「もう、仲良しなんですから」
二人はそう言って、ホホホっと笑う。私とロゼッタは、思わず顔を見合わせた。
服が汚れてはいけないからと、ミネさんヨネさんが、昔辞めていった庭師の作業着を貸してくれた。もちろん、紳士モノ。
着てみたら私はダボついてしまったけれど、ロゼッタにはピッタリだった。しかも、作業の邪魔になるからと長い髪を一つにまとめていて、ヨネさんの言う通り、今の彼女は誰がどう見ても男装の麗人だった。
「ロゼッタが本気で着飾ったら、世界中の男を虜にできるかもね。それこそ国王陛下すらも。そしたら、世界征服も夢じゃないわ」
「そんな邪な考えをお持ちの主人がいるので、必要が無い限り自分からは絶対にしませんが。というか、それがあなた様の夢なのですか?」
「んー、近からず遠からず、って感じかしらね。まあでも、世界征服なんてしないけどね。なんで私が世界中の面倒みないといけないのよ。そんな面倒くさいことなんてしなーい」
「そうですね、平気で二週間以上部屋に引きこもっていられるくらい怠惰なあなた様ですから。政治などそんな複雑で難解なこと、できるわけありませんものね」
「そんなの、やってみないとわかんないわよ? 私が世界征服したら、貴族制度なんて廃止にしてやるわ。人の税金で楽して暮らしてんじゃないわよ。働け、貴族共」
「あなた様もそのお貴族様ですが?」
「私はこうして働いてるからいーの」
『ふふふっ』
二つのハモった声が聞こえて、思わず振り返る。すると、ミネさんとヨネさんが楽しそうに笑っていた。
「本当にお二人は仲がよろしいのですねぇ」
「楽しそうで羨ましいですわ」
「これ、仲良く見えます?」
『はい』
「………………」
再びロゼッタと顔を見合わせる。あまりにも二人が笑うものだから、私達も思わず苦笑してしまった。




