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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第四章 植物博士と極悪令嬢

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メイドとしての矜持(ロ)

「すみません。ついあなたとのおしゃべりが楽しくて、本題から逸れてしまいました。ずっと気になってましたよね? 気を揉ませてしまってすみません」


「いえ、べつに。遠慮なくおっしゃってください。私は何を言われても平気ですから」


 そうは言ってみたものの、内心穏やかではなかった。


 アンナさんの言葉の端々から、伯母への愛情を感じる。こういう時、私の暗殺者というマイナス面が悪い方向へ働くことがよくあった。最初の頃、マルセル様がクレマン様に対して、アンジェリーク様と私を追い出した方がいいと説得していた時のような、それに似た感覚。


 もしかしたら、アンナさんからも同じようなことを言われるのではないか。何故か今はそれを怖く感じる。そう思い身構えていると、アンナさんはそれまでの柔和な顔を引き締め、真面目な顔つきになった。


「実はずっと、大奥様に代わってあなたに謝りたかったのです」


「……え?」


 思考が追いつかなかった。今、私に謝りたいと言った? 何故? どうして? そんな思いが顔に出ていたのだろう。アンナさんは苦笑していた。


「突然こんなことを言われたら、戸惑いますよね? 申し訳ありません。ゆっくり説明させていただきますね」


 そう前置きしてから、アンナさんは話し始めた。


「六年前、ロゼッタさんは一度カルツィオーネのアナスタシア様の元へ戻られたことがありますよね?」


「ええ、一度だけ。ですが、すぐに立ち去りました。これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんでしたから」


「あの時のあなたの立場を想像すると、胸が苦しくなります。さぞや辛い目に遭われたことでしょう」


「それは……」


 同情から発せられたものじゃない。アンナさんの表情は辛そうに歪んでいた。


「アナスタシア様は、あなたが戻られたことを大層喜んでおられました。大奥様にお会いになられた時、妹の忘れ形見が戻ってきた、これ以上の幸せはない、と」


「伯母がそんなことを……。確かに、居候している間は大変よくしていただきました。父が事件を起こしてから、誰も私に優しくしてくれませんでしたから。でも、アナスタシア様とクレマン様だけは、ただの姪として接してくれていた。それが私には幸せで、また恐怖でもありました。この優しい方達を、いつか自分の存在が傷付けてしまうのではないかと。ですから、すぐに立ち去ったのです」


「そうでしたか」


 アンナさんの視線が落ちる。どうしてだろう、彼女のそんな顔は見たくない。


「あなたがカルツィオーネに戻ってきたと知って、ダルクール家はにわかにざわつきました。あなたのお父様が起こした事件は重罪。このままでは、恩人であるクレマン様に被害がでるかもしれないと」


「それが普通の反応です。私もそう考えたからこそ立ち去ったのです」


「ですが、我々はあなたを庇うべきだった」


 コーヒーに伸びた手が止まる。見ると、アンナさんの目は、真っ直ぐに私を捉えていた。


「アナスタシア様とクレマン様は、あなたを養子に迎え入れようとなさっていました。妹の忘れ形見を守るのは、姉である自分の責務だからと」


「そんな……っ。無茶です。あの頃の私の立場を考えたら、周りから何を言われるかわからないのに」


「それも覚悟しているとおっしゃっていました。周りから何を言われても構わない。あんなに可愛い姪を再び暗い闇の世界へ堕とす方が間違っている、と」


 すぐには言葉が出てこなかった。一緒に暮らしている時は、そんな素振り見せなかったのに。まさかそこまで愛されていたなんて。


「あなたが言った通り、我々にはそれは無茶な提案に聞こえました。もしそんなことをすれば、ヴィンセント家は破滅してしまうのではないか。そう考えた大奥様とマルセル様は、アナスタシア様にあなたを追い出すよう伝えました。ヴィンセント家のためにも、あなたの養子入りは諦め、二度と関わりを持つべきでないと」


「正しい判断です。ヴィンセント家のことを考えれば、私と関わるべきではありません。それが普通の反応でしょう」


 私が頷くと、アンナさんはちょっと驚いたような素振りをしてみせた。


「どうしました?」


「い、いえ。てっきり大奥様と旦那様に反感を持たれるのではないかと思っていたものですから。あまりにすんなり受け入れられたので、正直驚いています」


「自分の立場は理解しているつもりですから。それで怒っていては独りよがりになってしまいます」


「やはり、あなたはお優しい方なのですね。それに気付いていたからこそ、アナスタシア様とクレマン様はあなたを養子に迎え入れようとした」


「どうでしょう。それよりも、責任感で動いたのではないでしょうか。姉の責務だと」


「両方だと思いますよ。責任感だけであなたを養子に迎え入れる覚悟は持たれないでしょう。あなたが確かにお二人に愛されていたからこそだと、私は信じています」


 こういう時、どういう反応をしていいのかわからない。照れ、羞恥心、喜び。色んな感情が入り混じる。それを隠すように私は慌てて苦いコーヒーをすすった。


「アナスタシア様は、大奥様と旦那様の忠告を笑って一蹴しました。私達は大丈夫、何を言われても平気だと。ですが、養子入りの話が進む前にあなたは姿を消してしまった」


「そのようですね」


「その後のアナスタシア様のことはご存知ですか?」


「いいえ、知りません。私が姿を消した一年後に亡くなったことしか」


「そうですか……」


 ニール様とは仕事の斡旋などでたまに手紙のやりとりはしていたけれど、お二人の様子はあえて聞かないようにしていた。気になってはいたものの、正直聞くのが怖かったというのもある。


 アンナさんの表情は冴えない。目の前に置かれているカップに注がれたコーヒーは、白い湯気がずいぶんと細くなっていた。


「あなたが姿を消した後、アナスタシア様は大層落ち込んでおられました。妹の忘れ形見を手放してしまった、私が彼女を不幸にしたんだと、大奥様の前で嘆いておられて。いつも気丈に振る舞うアナスタシア様が、あんなにも号泣されるお姿を見たのは初めてだと、大奥様も戸惑っておられました」


「そんな……アナスタシア様のせいではないのに」


 今まで、暗殺業を行うことで誰かを不幸にし続けてきた。でも、こんなにも胸が苦しくなる後悔は初めてかもしれない。胸が、心が、跡形もなく押し潰されそうになる。耐えられなくて、私はテーブルの下で拳を強く握りしめた。


「その後アナスタシア様はご病気にかかり、すっかり寝つくようになって。あの頃のはつらつとした姿からは想像もできないほどやつれていきました。それでも、死ぬ間際まであなたのことを心配して。もしまた姪が来たら今度は優しく迎え入れてほしいと、大奥様にそう残して深い眠りにつかれました」


「……きっと、アナスタシア様が亡くなられたのは私のせいですね。何も言わずに勝手に出て行ったせいで、いらぬ心労をかけてしまった。もっとやりようはあったはずなのに、怖がってそれを考えることをやめて早く楽になる方を選んでしまった。浅はかという他にありません」


 子どもだった。いや、たとえ今と同じ歳でも、私は同じ過ちを犯したのではないか。本当は、相手がというより、自分が傷付くのが怖くて手を伸ばせなかっただけ。いつか裏切られるかもしれないという恐怖に負けて、ただ自分は大切なものから逃げていただけなのだ。その結果がこんな最悪な形で現れるなんて。


 自業自得。いや、きっとこれは私が犯してきた罪の報いだ。


「私はべつにあなたを責めているわけではありません。ただ、大奥様はアナスタシア様の涙を見て、初めて自分の過ちに気付いたそうです。養子入りの話が出てきた時、私達は反対するべきではなかった、むしろアナスタシア様の気持ちを考えて応援してあげるべきだったと。ずっと後悔されていらっしゃいました」


「大奥様が気に病むことではないのに。まさか、大奥様に代わって謝りたいというのは……」


「ええ。アナスタシア様からあなたの養子入りの話を聞いた時、反対してしまって申し訳ありませんでした。大奥様に代わって、私が謝罪させていただきます」


 そういうと、アンナさんは私に深々と頭を下げた。


 べつにアンナさんが悪いわけではないのに。大奥様だって、その時の最善のことをしただけ。後悔するほどのことはしていない。それなのに、こんな私のために苦悩して謝るなんて。きっと、これが彼女のメイドとしての矜持なんだろう。


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