ロゼッタの憂鬱(ロ)
ここから少しの間、ロゼッタ視点になります。
「すみませんが、私は辞退させていただきます。今の私はこんな身体ですし、到底役には立たないでしょうから」
出会ってから今日初めて、私はアンジェリーク様のおそばを離れた。
もちろん、嫌いになったわけではない。ただ、どうしてもおそばにいると、わけのわからないモヤモヤした感情が私の心を支配する。それから逃れたくて私は逃げたのだ。
充てがわれた使用人用の部屋へ行き、ベッドへと身体を預ける。そして、天井へと伸ばした小さな手を見て、私は嫌悪感を露わにするように乱暴に目を閉じた。
「私は何をやっているのだろう……」
コドモダケの瘴気に当てられて、五歳児の身体になって。それでも、アンジェリーク様の護衛はできると、どこかでそう過信していた。でも、今回の襲撃事件で思い知った。それは私の驕りだったのだと。
「何もできなかった……何もできなかったんです」
アンジェリーク様が危険に晒されているのに、私は何もできなかった。助けに行くことすらできずに、ただ見守っているだけだった。
子どもの姿でなければ、あんな奴私の敵ではない。アンジェリーク様だって、怪我をすることもなく、ましてや身体を麻痺させることもなく無事帰還できたはずなのに。こんな姿でなければ。
(この役立たずが!)
不意におじい様の声が耳に蘇ってきた。
幼少期、父と一緒に暗殺技術を私に叩き込んでいた祖父が、虫の息の暗殺対象を殺せと私に命じた時、できないと泣く私に放った言葉だ。
「おじい様の言う通りです」
今の私は、あの頃と同じ役立たずだ。護衛としての機能も果たせず、気を失ったアンジェリーク様をベッドまで運ぶことすらできない。こんな屈辱は生まれて初めてだった。
(早く養子を迎えろ。絶対男子だ。あんな軟弱な子、ドラクロワ家に必要ない)
よくおじい様がお父様にそう言っていたことを思い出す。
そう、役立たずの私は必要ない。アンジェリーク様は、私が一生このままの姿でもそばにいていいとおっしゃってくださったけれど。それでは私の気が収まらない。
あの方は、目標達成のためなら自ら危険に飛び込んでいく命知らずな人。ご自身の自由を尊重し、その命ですら容易く利用する危険な人。こう言ってはなんだが、今までの経験上、そんなあの方を守れるのは私しかいないという自負もあった。それが私の自信にもなっていた。そう、子どもの姿になるまでは。
「必要、ないんです。こんな私は」
悔しい。何もできない自分が。今まで当たり前のようにできていた護衛の仕事ができない。ただそれだけのことなのに、こんなにも無力感に苛まれるなんて。
自分の存在意義がわからない。アンジェリーク様の護衛は、いわば私の誇りであり生きる意味だった。それが奪われた今、どう生きていけばいいのかわからない。
自分の居場所が、静かに、ゆっくりと崩れていくような感覚。ゾッと背筋に悪寒が走って、思わず身体をギュッと丸める。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「ルイーズです。入ってもよろしいでしょうか?」
ルイーズがどうして? そう思ったけれど、私は起き上がって「どうぞ」と答えた。部屋に入って来た彼女の表情は硬い。
「どうしたのですか? すみませんが、今日の私は休暇中ですので、魔法の訓練は別の日にしてください」
「いえ、訓練の話ではないんです」
「では、どのようなご用件ですか?」
しかし、ルイーズはすぐには答えない。下を向き、目は泳ぎ、まるで何か悪いことを言おうかどうか悩んでいるかのような顔。
もしかして、師弟関係を解消したいという申し出だろうか。それなら仕方ない。今の私は、彼女の魔力の十分の一もないのだから。師と称するには役不足。彼女がそう考えても不思議ではない。
そう覚悟を決めていたのだけれど。ルイーズの言葉は、私の想像をはるかに超えるものだった。
「私は、弟子をやめませんから」
「は?」
「たとえ師匠がアンジェリーク様の護衛を辞めたとしても、ずっと子どものままの姿だったとしても、私が師事するのは、ロゼッタ・ドラクロワただお一人だけですから」
「ですが私は……」
「だから、突然姿を消したりしないでください。私を置いて行かないでください! 師匠のおかげで、やっと自分の生きている意味が見つかったんです。毎日が楽しいって思えるようになったんです。だから、だからっ……私を、一人にしないでください。大好きな師匠と、離れ離れになるのは、嫌だぁ……っ」
そのまま、ルイーズは泣き出してしまった。突然の出来事に、さすがの私も戸惑う。
突然姿を消すとか、離れ離れになるとか、いったい何を言っているのだろう。私がアンジェリーク様のおそばを離れるなんて。私の居場所はそこにしか無いのに、いったいどこへ行けるというのか。むしろ離れられないからこそ悩んでいるというのに。いくらなんでも考えが浅はかすぎる。そう思ったけれど。
違う。ルイーズには、先ほどの私の態度がそういう風に見えていたのだ。私がこのままアンジェリーク様の元を離れて、自分の前から姿を消してしまうんじゃないかと。それが嫌で、わざわざ私に想いをぶつけて泣き出すなんて。
実に子ども。幼い思考回路。それでも、私の頬は緩んでいた。
今回、初めてロゼッタ視点で書いてみました。(ロ)と書かれてあるものは全部彼女視点です。
ずっとロゼッタ視点で書いてみたいと思っていて、今回初めてチャレンジしてみました。
ちゃんとアンジェリーク視点との差別化ができていたらいいのですが……。




