意外な護衛
「ここは結構品物の種類が豊富で人気なんだよ」
「へえ、そうなんですね」
確かに、ランプから食器からペンまで何でも揃っている。なんだか眺めているだけでも楽しくなって、インクを探しつつ色々じっくり物色してみる。すると、お店にいた二人の男女の客の話し声が聞こえてきた。
「聞いた? ダルクール男爵様の隠れ家がある森に盗賊が現れたんだって」
「聞いたよ。それをノア様とラインハルト殿下が撃退したんだろ。しかも、妹を庇って大怪我をしたノア様を、たまたまお屋敷に来ていたカルツィオーネの回復魔法の使い手が助けたんだって。俺それ聞いてすっげー感動したよ。ノア様は、マルセル様と同じで勇敢にこの領地を守ってくれるんだって」
「私も、ノア様見直した。ほら、あの方優しいけどどこか頼りなさそうに見えたから。でも、あっという間に盗賊やっつけちゃったんでしょ? しかも、殿下のために戦ったんだって。ほんと素敵ーっ」
「おいおい、浮気すんなよ。お前にゃノア様は無理だ。俺にしとけ」
「そんなのわかってるわよ。仕方ないからあんたにしといてあげる」
なんて言って微笑み合っている。どうやらカップルらしい。
なるほど、昨日の出来事はもう噂になっているのか。まあ、なかなか衝撃的な内容だったから、そうなるのも不思議じゃないけど。
今の話し声はリザさんにも聞こえてたらしい。
「みんな知らないんだよねー。ノア様がどれだけ剣術に優れてるか。私も手合わせしたことあるけど、結構強かったよ。私が女性だって手加減しなけりゃもっと楽しかったのに」
「へえ、リザさんでもそう思ってたんですね」
「もちろん。相手の実力を見定めるのは大事だからね。まあ、私の場合は自分より強くても戦いを挑むけど」
そう言って、リザさんは私にウインクしてみせる。確かに、あのロゼッタに対して好戦的なリザさんなら納得だ。
再びカップルの話し声が聞こえてくる。
「そうそう、兵士友達が言ってたけど。その盗賊の死肉を狙って、今城壁の外で魔物が彷徨いてるんだって。そんで今、マルセル様が兵士達や傭兵達に声かけて討伐に向かわせてるらしい。だから、落ち着くまでは外に出ない方がいいぞ」
「うわ、怖ーい。私が魔物に襲われたら助けてね」
「どうしよっかなー」
「もーうっ」
頬を膨らませた彼女が彼氏の身体をポカポカと殴る。なんだこれ、イタすぎてもう聞いてられないんですけど。
早くこの場を立ち去りたくて、インクを見つけて手に取る。そこでふと疑問が湧いた。
あれ? 今の話って……。
「インクあった?」
「え、ええ。ありました。ありがとうございます」
リザさんにそうお礼を言って、さっさとインクを買って店を出る。
「さあ、インクも買いましたし、あとは戻るだけですから。ここでもう十分ですよ。ありがとうございます」
早く離れたくて、強制的に別れようとする。しかし、リザさんはそんな私の気持ちに気付かずマイペースだった。
「この辺に美味しいパン屋さんがあるんだよ。行こ、行こっ」
「え、いやちょっと……っ」
今度は右手首を掴まれて引っ張られる。人の返事も聞かないで強引すぎでしょ。
文句を言う余裕もなく、引きずられるようにして人通りの多い道を抜けていく。さすがだなと思うのは、こんなに人が多いのに、リザさんは誰一人としてぶつかることなく歩いていた。そういえば、ロゼッタもここを歩いていた時誰にもぶつかっていなかった気がする。
逆らう気力も無くなって、しばらくリザさんについて歩く。すると、やっとその歩みは止まった。
「あそこだよ。あそこのパンめっちゃ美味しいんだー」
「へえ、そうなんですか」
確かに、通りいっぱいにパンを焼いた時の美味しそうな匂いが広がっている。
どうせなら、一個買って帰ろうかな。そう思っていたその時。店の前で大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「このクソガキどもが! うちのパン盗んでんじゃねぇっ」
「離せ、離せよ!」
一人は子どもの声だ。気になって現場近くまで駆け寄る。すると、お店の店主らしき男性が、一人の少年の腕を掴んで怒鳴っていた。その隣には小さな女の子もいる。子ども二人の身なりは汚れていて、出会った頃のジルとルイーズが連想された。
女の子が、捕まっている少年を助けようと店主にしがみつく。
「お兄ちゃんをはなして!」
「うるさい!」
店主の腕力に勝てず、女の子は「きゃっ」と短く叫んで地面に飛ばされた。反射的に私は彼女の元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
女の子を立たせて、服についた土を払う。店主は未だに少年に怒鳴り散らしていた。
「今日という今日は許さねぇ。警備兵に突き出してやるから覚悟しろ」
「離せよ! みんながお腹空かせて待ってんだ。一つぐらいいいだろ、このハゲ!」
「なっ!」
思わず吹き出しそうになった。いや、それは今どうでもいい。
店主は顔を真っ赤にしてこめかみをピクピクさせる。そして拳を振り上げた。ヤバイ、本気で殴る気だ。少年もそれを感じ取って防御姿勢をとる。
今まさに拳を振り下ろそうとした、その時。たまらず私は待ったをかけてしまった。
「待ってください!」
自分でもビックリするほどの大声だった。店主の拳は見事止まり、周りの人達も何事かとチラチラ見始める。
「なんだ、お前。お屋敷メイドは黙ってろ」
「そうしたかったんですけど。あなたは大人で、ケンカする相手は少年少女。どう見ても弱い者いじめにしか見えなかったものですから」
「あのなぁ。こいつらは俺の店のパンを盗もうとしたんだ。子どもだろうがなんだろうが、盗みは立派な犯罪だ。それを咎めて何が悪い」
「じゃあ、ちゃんと買えば文句は無いんですね?」
「そりゃそうさ。ちゃんと金を払えば客扱いしてやるよ。金を払えれればな」
へっ、と店主は笑う。どうせ無理だと思っているのだろう。もちろん、盗みを働くくらいだからこの子達に支払い能力は無いだろう。そう、この子達には。
「じゃあ、今お店に残ってるパン全部ください」
私がそう言うと、店主の動きが止まった。子ども達も口を開けてぽかんとしている。
「は、ははっ! 嬢ちゃん、冗談はよしな。あんたなんかに払えるわけないだろ」
「これでもですか?」
シャルクの街を散策する予定で持ってきたお小遣い。それが入った小袋から、いくつか硬貨を掴んで見せる。すると、それを見た店主の目が飛び出した。
「な、なななっ……!」
「あ、ボッタくろうなんてしないでくださいね。この街の相場はある程度理解してるつもりですから。それこそ警備兵呼びますよ」
店主から返事はない。驚きすぎて動くのを忘れたみたいだ。
「ほら、さっさとパン持ってきて!」
「は、はい、ただいまっ!」
パチン、と手を叩くと、店主は跳ねるようにして店の中へと戻っていった。そして、中にいた店員に、店のパンを集めて紙袋へ入れるよう指示を出す。
そんな様子を見てふぅっと息をつく私の所へ、リザさんがスッと近寄ってきた。
「メイドさん、今のはあんまり良くないなぁ。お金持ってるって思われたら、悪い奴らから狙われちゃうよ?」
「大丈夫です。私には護衛がついてますから」
「護衛?」
「そうですよね、リザさん」
悪戯っぽく笑いながらそう尋ねると、リザさんは目をぱちくりさせた。




