神出鬼没な傭兵
「ご、ごめんね。薬草運んでもらうの手伝ってもらっちゃって」
「いえ。ノア様のためですから。遠慮なさらず、いつでもお申し付けください」
「あ、ありがとう」
横を歩く挙動不審なノアに微笑みかける。その時一人のメイドとすれ違ったけれど、彼女は私を見て首を傾げながらも素通りしていった。それを確認して、ノアの脇腹を肘で小突く。
「ちょっと。いつも通りに振る舞いなさいよ。そんな棒読みだと怪しまれるでしょ?」
「だって、脱走の片棒を担がされてるんだよ? もしロゼッタさんにでもバレたら、僕殺されちゃう」
「大丈夫。ロゼッタはたぶん部屋にこもってるだろうし、この縦ロールを封印した今の私なら誰にもバレやしないって」
そう、今の私はダルクール家のメイドに扮している。もちろん、帽子で縦ロールを隠して。
外に出る手伝いをすること。それがノアと交わした取引だった。彼は散々悩んでいたけれど、私がコドモダケの脱皮した皮を窓から投げ捨てようとしたら、大慌てで首を縦に振ったのだ。
「君が無事抜け出せたら、ほんとにコドモダケの抜け殻くれるんだよね?」
「もちろんよ。私にとってはあんなのただの苦い皮だもの。あんたにあげてもなんの悔いもないわ」
「まあ、それはそうだろうけどさ。はあ、心臓に悪いなぁ」
「これくらいで情けない声出すんじゃないの。ほら、さっさと裏口まで案内する」
「はーい」
普通に歩けるって素晴らしい。一歩踏み出すのにヒーヒー言ってたのがウソみたいだ。みんなまだ私が麻痺してると思ってるだろうから、まさかこんな堂々と屋敷の中を歩いてるなんて思ってないだろうし。それに、なんだかスパイになったような気がして、このスリルがちょっと楽しい。
途中、何人かの使用人に出会ったけれど、誰にも声をかけられなかった。だから、たぶんバレてないと思う。そうこうしているうちに裏口へと着いた。
「ありがとう。もうここで十分よ」
ノアにお礼を言って、持っていた薬草の束と、コドモダケの抜け殻を渡す。受け取ったノアは、喜ぶでもなく、ちょっと戸惑っていた。
「ほんとに一人で大丈夫? 君盗賊に命狙われてるんだよ。ロゼッタさんだけでも呼んでこようか?」
「大丈夫よ。城壁内を散策するだけだから。すぐに戻ってくるわ。それに、ロゼッタは今日休暇中なの。邪魔しちゃ悪いし」
「そうだけど……」
「これも自立の一歩よ。心配してくれてありがとう。じゃあね」
「あのっ、何かあったらすぐ呼んで。駆けつけるから」
「わかった、わかった。ありがとう」
そう微笑んで外へ出る。心配顔のノアは扉の奥に静かに消えていった。
「さて、と」
ノアは心配してたけど。正直コドモダケの抜け殻で左腕の怪我までは治らなかった。だからまだ痛むので無理をするつもりはない。本当に気分転換に散歩するだけ。それくらいなら護衛もいらないでしょ。
使用人専用の裏道を通って、屋敷の敷地外へと出る。すると、左腕の痛みよりワクワクの方が勝ってしまった。
自分のしたいことができる。行きたいところに行ける。自由って素晴らしい!
「さて、どこに行こうかなー」
クフフっとメイド姿のままほくそ笑む。すると、背後から「おーい」という誰かを呼び止めるような声が聞こえた。思わず身体が硬直し、身動きが取れなくなる。ウソ、もしかしてバレた?
そう思い、錆びたロボットのような動きでゆっくり振り向く。そこにいたのは、女傭兵のリザさんだった。
「メイドさん、どこ行くの?」
「へ? あ、えっと……ノア様に頼まれて買い出しに」
「ふーん。大変だね」
ヤバイ、まさかリザさんに出会うなんて。彼女とは面識がある。縦ロールを封印してるからバレないとは思うけど、この人油断ならないから一緒にいたくない。
「それでは急ぎますので」
そう会釈して、そそくさとその場を立ち去ろうとする。すると、リザさんがニヤリと笑った。
「じゃあ、私も一緒に行ってあげる」
「えっ!? い、いいですよっ。傭兵のお仕事大変でしょう? 私一人でも大丈夫ですから、どうぞご心配なく」
「いやー、それがさ、私今日暇なんだよね。だから、暇つぶしにメイドさんに付き合うよ」
えぇー!? せっかく誰にも邪魔されずに自由になったのに一緒についてくるなんて。嫌だよ、動きにくいし、面倒くさいじゃん。そう言いたいけれど、まさか言えるわけがない。
「それとも、私が一緒だとやだ?」
「……いいえ。そこまでおっしゃるのならどうぞ」
「わーい、ありがと」
リザさんは屈託なく笑う。私は彼女に見えないように大きなため息をついた。
ここで執拗に断ったら、逆に怪しまれる。それならもういっそ一緒についてきてもらって、適当なところで早めにお別れしよう。そう方針転換し気持ちを切り替える。メイド服の中で、コドモダケが「キノー?」と不思議そうな声を出していた。
べつに、リザさんのことは嫌いじゃない。一緒に買い物に行った仲だし、話も合うのでおしゃべりしていても楽しい。そんな感じで街の中へと入っていく。
「そんで。メイドちゃんはノア様に何頼まれたの?」
「黒のインクです。書き物をするのにちょうど無くなったからと」
「なるほど」
外出の理由は歩きながら考えられたけれど。さて、これからどうしよう。この前ミレイア様達と一緒に色々見て回ったけれど、インクを売っていた店には立ち寄らなかった。つまり、どこへ行けばいいのかわからない。
リザさんはまだついてきてる。ここで店がわからなかったら、シャルクにいるメイドなのになんでわからないんだと怪しまれるかもしれない。
「お店の場所はわかってるの?」
「それは……」
ほらきた。さて、どう答えたものか。そんな風に私が口籠もっていると、ふいにリザさんが私の左手首を掴んだ。
「じゃあ、私が案内してあげる」
「いいんですか? ありがとうございます」
「お姉さんにまっかせなさーい」
そうニシシっと笑って腕を引く。すると、ズキリと傷口が痛んだ。
「痛っ」
「あ、ごめん。そんなに強く引いた?」
「っ……いえ、今日ちょっと左腕を痛めてしまって」
「そうなの? ごめん、ごめん! そりゃ痛かったよね」
「大丈夫です……早く行きましょう」
もうさっさと買って、リザさんとバイバイしよう。じゃないと落ち着いて散歩もできない。
そう思い、痛む腕を我慢してリザについて行く。そして、一件の雑貨屋さんの中に入った。




