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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第四章 植物博士と極悪令嬢

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麻痺と気合いと不甲斐なさ

場が和んだ。ノアも助かった。そろそろもういいだろう。


「すみません、マルセル様。怪我の治療をしたいので、どこか部屋を貸していただけませんか?」


「それなら客人用の部屋を使うといい。アンナ、案内してやってくれ。あと、治療道具の準備も」


「わかりました」


「あとで医者も呼ぶ。こういうのは念には念を押した方がいい」


「ありがとうございます、マルセル様」


「気にするな。君に何かあったらクレマン様に顔向けできない」


マルセル様が優しく微笑む。普段勇ましい人がふとした瞬間にこんな柔らかく微笑むと、そのギャップにドキっとする。ミレイア様もこうやって恋に落ちたのだろうか。


ロゼッタと二人で部屋を出て行こうとする私に、慌ててエミリアが声をかける。


「あのっ、治療なら私がやります」


「ダメよ。あなたはここに残って、ギャレット様やジル達の手当てをお願い。これはあなたにしかできないことだわ」


「しかしっ」


「お願い」


目だけで強く牽制する。すると、レインハルト殿下が間に入ってエミリアをたしなめてくれた。


「エミリア、アンジェリークの言葉に従おう。彼女の言っていることは一理ある」


「殿下まで……わかりました」


エミリアが渋々引き下がる。そんな彼女に、私は心配いらないと笑いかけた。


「心配してくれてありがとう、エミリア。それだけで十分だから」


「ですが、何かあったら必ず教えてください。アンジェリーク様のためならすぐに駆けつけますから」


「大げさね、あなたは。でも、ありがとう」


そう言い残し、アンナさんを先頭にロゼッタと二人部屋を出る。そして客人用の部屋へ通された後、私はベッドへ届く寸前で力尽きて左腕を押さえつつしゃがみ込んだ。それを見て、ロゼッタとアンナさんが慌てて駆けつける。


「大丈夫ですか?」


「っつー……なんで弓矢が刺さっただけなのに、こんなに痛いのよ」


「たぶん、かなり深く刺さったのでしょう。それに加えて、乱暴に引き抜いたため、周りの組織まで傷付けて傷を広げてしまった」


「つまり、自業自得、ってわけね。ダッサ……」


「すみません、アンナさん。至急治療道具をお願いします」


「わかりました」


「アンジェリーク様、ベッドまで動けますか?」


「無理……。なんか、お屋敷に着いてからずっと手足の感覚が無い。身体が上手く動かせないの」


すると、ロゼッタとアンナさんが息を呑んだのがわかった。


「まさか、毒ですかっ?」


「いえ、毒であればもう死んでいるでしょう。たぶん、痺れ薬か麻痺系の何かを盛られていたのかもしれません」


「最悪……トイレ行く時どうすんのよ」


「心配するところはそこじゃないと思いますが」


「あのっ、今すぐ旦那様にお伝えしてお医者様を呼んできてもらいます」


「ダメです!」


しゃがみ込んだまま拒否すると、アンナさんの顔に困惑が広がった。


「みんなには、言わないでください。せっかくノアが無事助かってみんな落ち着いたのに、私のことでまた心配かけさせたくないんです」


「アンジェリーク様……」


「だから、お願いします。みんなには言わないで……っ」


必死な声でアンナさんに懇願する。すると、それが伝わったのか、アンナさんは渋々頷いてくれた。


「わかりました。このことはお医者様だけにお伝えします。きっと、良いお薬を処方してくださるでしょう」


「ありがとうございます、アンナさん」


アンナさんは、一度お辞儀をした後治療道具を取りに部屋を出て行く。それを確認して、ロゼッタがベッドにもたげている私の頭を優しく撫でてくれた。


「こんな状態で、よくここまで我慢できましたね」


「気合と、根性よ。これさえあれば、何でもできる。それに、ラインハルト殿下が痛いの我慢してるのに、私だけ痛がるのは負けた気がして嫌だったの」


「負けず嫌いも大概にしておいた方がいいですよ」


「……うっさい」


「でもまあ、精神論はあまり好きではありませんが、今回だけは信じてもいいかもしれません。なにせ、矢が刺さった後でもあれだけ激しく動けていたのですから」


「最初は、ちょっとした違和感程度だったの。戦ったダメージが身体にきたのかなって。でも、お屋敷に着いてから一気に手足の感覚が無くなって、身体が思うように動かなくなって。そこからこれはおかしいって気付いた」


「薬の量が少量だったのか、遅効性の薬だったのか。それだけで判断はできませんが。それでもかなり辛かったはずです」


「まあね。みんなの前ではなんとか我慢できたけど、ロゼッタと二人きりになった瞬間、緊張の糸が切れちゃった。それでこのザマよ。情けないわね」


「無茶しすぎです。これが毒だったら、今はもう死んでますよ」


「はい、ごめんなさい……」


「ですが、無事で良かったです」


もっと怒られるかと思っていたけれど。ロゼッタの手は、未だに優しく私の頭を撫でている。しかし、その手が急に止まった。


「どうしたの?」


「いえ……今回の私は何もできませんでしたから。これほどまでに無力感を感じたことはありません。不甲斐なさすぎて悔しいです」


「そんなことないよ。ロゼッタがいなかったらきっと乗り越えられなかった」


「そんな慰めはいりません。ただ惨めになるだけですからやめてください」


ロゼッタの声が尖っている。どうやら、本気で自分が許せないようだ。


そんなことないのに。ロゼッタがいたから、ジルもルイーズも大怪我することなく無事ナターシャとコレットを守り抜けた。あなたが爆発を起こしてジェスの気を逸らしてくれなければ、私は今頃奴の毒の餌食になっていた。私達がこうして無事帰ってこられたのは、ロゼッタのおかげでもあるんだよ。全然何もできてないことなんてないのに。


そう言ってあげたいのに、どうしてだろう、口が、瞼が、開かなくなるくらい重い。よく頑張ったねって頭を撫でてあげたいのに、手が、身体が、まったく動かない。


「アンジェリーク様?」


ロゼッタの声が遠く歪んで聞こえる。閉じる景色の中、最後に聞こえたのは、アンナさんの慌てた声だった。


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