想いは口にしないと誰にも伝わらない
「ん……。ここは?」
「ノア!」
「お父様に、お母様……。ナターシャにコレット……。どうして僕はここに?」
「ラインハルト殿下が、深手を負ったお前を抱えてここまで連れてきてくれたんだ。覚えてるか?」
「ラインハルト殿下が? なんで……。そうだ、確か盗賊と魔物に襲われて……。ナターシャ……ナターシャは無事!?」
勢いよく起き上がると、ノアは「いててっ」と背中を押さえて蹲った。それを見て、慌ててミレイア様が彼の背中をさすり始める。
「私は無事です。お兄様が助けてくださいましたから」
「怪我とかしてない?」
「はい。コレットも無傷です」
「そっか。良かったぁ」
妹の無事に安堵したのか、ノアがいつものようにヘニャリと笑う。それを見て、みんなの肩から一気に力が抜けた。
「そうだ、ラインハルト殿下は?」
「俺も無事だ。今エミリアに魔法で傷を癒してもらっている」
見ると、確かにエミリアが怪我をしたラインハルト殿下の右腕に魔法をかけているところだった。
ラインハルト殿下が治療を受けているのを確認して、マルセル様が険しいような、戸惑っているような顔をノアに向ける。
「ノア、お前殿下を守るために戦ったらしいな。しかも、俺の名誉のために」
「げっ! お父様、何故それを……」
「ラインハルト殿下が教えてくれた」
「殿下が……」
さすがのノアも、殿下が告げ口したとなれば反論できないらしい。気まずそうにマルセル様から視線を逸らす。
「俺はてっきり、お前がダルクールの名を重荷に感じて、植物やコドモダケに逃げているだけなんだと思っていた。だから、国や殿下達への忠誠心も無いのだろうとも」
「それは……」
「それなのに、お前は殿下や妹達を守るために剣を抜いた。そればかりか、自ら殿下のためにその剣を捧げた。何故だ? お前はいったい何を考えている?」
ノアは何も答えない。ただ、服の端をギュッと握りしめる。言おうかどうか心が揺れ動いているのかもしれない。そう感じて、私はついお節介を働いてしまった。
「ノア、想いは口にしないと誰にも伝わらないのよ」
「アンジェリーク……」
「どうしてコドモダケを研究したいのか、自分は今何を考えているのか、大好きな家族には伝えてもいいんじゃない?」
「でも、それで想いが伝わらなかったら?」
「家出を続ければいい。でもまあ、私だったらお父様に理解してもらうまで、何度も何度も説得するけどね。だって、大好きな人にはわかってほしいもん。自分の気持ち」
「自分の気持ち……」
「今のままのあんたじゃ、死んだアンさんに顔向けできないわよ? きっと、この弱虫が、ってビンタされるんじゃない?」
アンさんには実際に会ったことはないから、想像で言ってみる。すると、ノアは「ぷっ」と吹き出した。
「確かに、アンならそれくらいやるかもね」
アンという名前が出てきて、ダルクール夫妻やアンナさんの顔に困惑が広がる。それを知ってか知らずか、ノアは一度深呼吸をした。
「僕がコドモダケを追いかけ始めたのは、アンの一件があったからです」
「アンの……。やっぱり気にしてたのか」
ミレイア様の言葉に、ノアはゆっくり頷く。
「アンは、小さい頃迷子になった僕を命懸けで助けてくれた。それなのに、僕は病気で苦しんでるアンに何もしてあげられなかった。それがずっと心のどこかで引っかかってたんです。僕は一度捕まえたコドモダケを逃している。もしそいつを逃がさず研究していたら、アンの病気も治せたんじゃないかって。ずっと後悔してて」
「お前、そんなことを……」
「だから決めたんです。亡くなったアンの代わりに、病気で苦しんでる人達を僕が助けようって。それがアンへの罪滅ぼし……ううん、それが彼女の願いだと思うから。その願いを代わりに叶えてあげたいんです」
罪滅ぼしではなく、願い。それだけで、ノアの中で何かが変わった気がした。
ノアは、痛む背中もそのままに、姿勢を正して両親に真っ直ぐ向き直る。
「だからお願いです。このままコドモダケや薬草の研究を続けさせてください。武術は続けます。ギャレット様と剣を交えて、改めて自分は剣が好きなんだと自覚しましたし、誰かを守るために武術は必要なんだと今日の一件で知りました。だからもう逃げません」
「ノア……」
「確かにダルクールの名前を重荷に感じたこともあったし、武人らしくないこの顔も嫌で嫌で仕方なかったけど。アンジェリークがお父様とお母様に似たこの顔が好きだって言ってくれて、今では誇りに思っています。次期当主として、けっしてダルクールの名を汚すような行いはしないと誓います。だからお願いです、コドモダケと薬草の研究を続けさせてください!」
土下座のように頭を下げる。見ているこっちにまで必死さは伝わってきたけれど、果たしてご両親はどう答えを出すのだろうか。
しばらく無言が続く。それに耐えきれなくなったのは、ノアではなくナターシャとコレットだった。
「お父様、お母様! どうぞお兄様にこのまま研究を続けさせてあげてください」
「ナターシャ……なんで? 僕を嫌ってたはずじゃ」
「ええ、嫌いでしたよ。本当は剣が好きで誰よりもお強いのに、それを辞めて植物に走ったお兄様の真意がわからなくて」
「それは……ごめん」
「お兄様はずっと私の憧れでした。私もあんな風に強くなりたいと思った。そんな相手が急に剣を置いたんです。訳がわからなくて、悔しくて。自分でもどう接していいのかわからなかった……っ」
ナターシャの声にだんだんと熱が込もっていく。
「でもやっと、お兄様の真意がわかってはっきりしました。私は、お兄様の剣の強さだけに憧れていたのではなく、剣がお強く、なおかつ誰に対してもお優しいお兄様に憧れていたんだって。私の大好きなお兄様は、昔の頃と一ミリも変わっていなかった。だからお願いです、お兄様の願いを叶えてあげてください」
「ナターシャ……」
「コレットも、お優しいお兄様のことが大好きです。だから、お兄様に研究を続けさせてあげてください。じゃないと、お父様のこと嫌いになっちゃうからねっ」
「コレット……君まで」
ノアの目頭が熱くなっているのがわかる。それでも、武人の次期当主として涙は見せまいと必死に堪えていた。
「どうする? マルセル」
ミレイア様が、マルセル様にお伺いをたてる。その顔つきをみるに、ミレイア様の中で答えは決まっているらしい。あとは現当主であるマルセル様の判断のみ。
しかし、マルセル様の顔つきは依然厳しいものだった。




