自慢の息子
「殿下、今の話は本当ですか!?」
「ああ、本当だ。ノアの秘密基地から出て、妹達と合流した後で盗賊に襲われた。そしたら、血の匂いに誘われて、今度はダークウルフの群れに捕まったというわけだ」
「そんな……っ。もしや、盗賊達は殿下を狙って?」
「いや、俺じゃない。あの女二人だ」
「女?」
マルセル様が、殿下が指さした方へ視線を動かす。その先にいたのは、どこか居心地悪そうにしているエマとイネスの二人だった。
「どうして盗賊が彼女達を?」
「わからない。ただ、首を取れば誰かから賞金がもらえると言っていた」
「賞金が? 聞き捨てならない話ですね。それで殿下がお怪我を負われたのならなおさら」
「これは、アンジェリークに固執している盗賊からこいつを守ろうとして失敗したんだ。俺の力不足だ」
「アンジェリークを? なるほど、やはり彼女も狙われていましたか」
「意図的に仲間を減らされていることにも気付いていた。それに、アンジェリークがその盗賊に致命傷を食らわせたせいでさらに殺気だってたな。次会う時はぶち殺すって」
「え?」
全員の視線が私に注がれる。なので、私は緊張を解すために、えへへっと笑ってみせた。
「殿下やギャレット様の手を煩わせないために、ちょっと一人で頑張ってみました。でもそれは、ジルやルイーズがナターシャとコレットをきちんと守ってくれてたからできた無茶です。二人とも怖かっただろうに、私の命令を聞いて、盗賊やダークウルフからお二人を守っていました。どうぞ、この二人を褒めてあげてください」
「君達が……」
マルセル様の注目が私からジルとルイーズに移動する。すると、ナターシャが言葉を付け足した。
「お父様、アンジェリーク様が言ったことは本当です。ジルとルイーズの二人は、命懸けで私とコレットを守ってくれました。ですからどうぞ、二人に褒美をあげてください」
「ほ、褒美だなんてっ」
「そんなのいりません! 俺達はアンジェリーク様の言われた通りに動いただけですから」
「そうです。ですから、ご褒美はアンジェリーク様にお与えください」
「えー? 私がもらったら、子どもから褒美を搾取する悪女、って言われそうじゃん。だから二人がもらいなさい」
「でも……」
「バカね、助けてもらった私が受け取れって言ってるんだから、素直に受け取りなさい。拒否する方が失礼だってわからないの?」
ナターシャがそう言って二人を説得する。すると、ジルとルイーズは顔を見合わせた。そんな二人に、マルセル様が視線を合わすようにしゃがみ込む。
「二人とも、娘達を守ってくれてありがとう。是非お礼をさせてほしい。欲しい物があったら何でも言ってくれ」
『は、はい! ありがとうございますっ』
頬を紅潮させ緊張している二人を見て、マルセル様がフッと微笑む。そういう顔は父親のそれだ。
「みんな、それぞれ何かを守るために必死で戦っていたのですね。それなのに、ノアは……。殿下に怪我を負わせ、自身も深手を負うとは。武人の息子として情けない限りです」
「お父様、それは違います!」
「ナターシャは黙っていなさい」
ギロリと睨まれ、ナターシャは悔しそうに口をつぐむ。それを見て、殿下がマルセル様に向かって首を横に振った。
「それは違うぞ、マルセル。ノアは、俺のために戦ってくれたんだ。勇猛な騎士とまで言われているお前の顔に泥は塗れないと言ってな」
「まさか……。ノアは私を嫌っています。そんなことを言うはずがありません」
「ノアは誰も嫌っていませんよ。盗賊達にマルセル様とミレイア様のことをバカにされた時、父と母の名誉を守るのは次期当主としての自分の責務だ、って言って激昂してましたから」
「ノアが? それは本当か、アンジェリーク」
「ええ、ミレイア様。本当です。この大怪我も、盗賊の人質となったナターシャを守るために身を挺して庇った結果です。つまり、彼は誰も嫌ってはいない。むしろ、今も昔もご家族のことが大好きなんですよ」
マルセル様とミレイア様が、揃ってノアへと視線を向ける。彼の背中の傷は、もう九割方塞がっていた。
「あの盗賊とダークウルフが入り混じる混沌とした中、ノアは自らの意思で俺のために戦ってくれた。同年代の子息の中で、こんなにも勇敢な奴に俺は出会ったことがない。だからマルセル、胸を張れ。こんな立派な息子はそう持てない」
「殿下……」
「でも、それなら何故武術をやめて植物やコドモダケに熱中していたんだ?」
「それは、ご本人の口から確認してみてください」
ミレイア様に微笑みながらそう答える。そのタイミングで、エミリアがふうっと息を一つ吐いた。
「終わりました。確認をお願いします」
ノアの家族がベッドを取り囲む。そんな中、ロゼッタがノアの背中を触ったりして、慎重に回復度を確認していく。少しして、彼女は小さく頷いた。
「完璧です。少し痛みは残るかもしれませんが、動作には支障がないでしょう」
「本当か!?」
「ええ。そのうちお目覚めになられるかと」
そう淡々と説明した後、ロゼッタはベッドから降りる。そして、みんなが見守る中、ノアの目がゆっくり開かれた。




