これが私のやり方
「ここにはまだ盗賊もいて、こっちには幼い子もいる。戦闘を続けるのは危険だ。幸い、ダークウルフの奴らは血を流してる盗賊達にご執心らしい。奴らに目がいっているうちに立ち去るぞ」
「はっ! 承知致しました」
殿下の指示に、ギャレット様が敬礼で答える。すると、ジルも即座にマネをした。
「殿下……妹達のために、賢明なご判断ありがとうございます」
「ふん。俺だって、女性が傷付くところは見たくないからな」
ノアのお礼に、殿下は素っ気なく答える。確かに賢明な判断だ。私はわざとらしく拍手してみせる。
「すごーい! 殿下成長したじゃないですか。あのバカみたいにダークウルフの群れに突っ込んで行ってた頃がウソのようです」
「お前なぁ……っ! 俺だって成長するんだよ」
殿下はまだ何か言いたそうだったけど、目の前に盗賊が現れてそれは遮られた。
「やっぱり、ロゼッタに懲らしめられたのが効いたのかな」
「それもあるでしょうが。ここへ来てから、殿下はクレマン様と一緒に魔物討伐なんかにも参加されています。山火事の一件といい、模範となるような指導者が近くにいたのです。その姿を見てきちんと学んでいたのでしょう」
「なるほど。じゃあ、殿下が成長できたのは、お父様のおかげってわけか。さすがだわ」
「本当に、軍の指導者を引退されたのが惜しいです。今の腐敗した軍部には必要な人材なのに」
「それをわかってない国王陛下はどうかしてるわ」
そう悪態をつく。すると、たしなめられるかと思っていたけど、意外にもロゼッタも頷いてくれた。どうやら本気でそう思っているらしい。
「まあ、国王陛下に説教かますにしても、ここから無事逃げられたらの話だけどね」
盗賊達は、突然現れたダークウルフの群れに対応できず混乱している。今なら簡単に逃げられそうだ。
「とりあえず、殿下達と合流しましょう」
私がそう提案すると、みんな頷いてくれた。ただ、ナターシャとコレットは恐怖に震えている。コレットなんか顔が涙でグチョグチョだ。そんな彼女達に私は優しく語りかける。
「怖いよね。盗賊だけじゃなく、魔物まで現れて。私だって怖いもん。恥ずかしがることじゃないわ」
「アンジェリーク様……」
「でも、大丈夫。ここにいるメンバーは、魔物とも対峙した経験があるし、こういう時のために訓練も積んでる。だから、あなた達は私達が必ず守る。信じて」
ゆっくり、かつ力強く。相手に安心を抱かせるよう語りかける。すると、それが伝わったのか、ナターシャもコレットも頷いてくれた。
「信じてくれてありがとう。ほら、コレット、涙拭こうね。大好きなお兄様が心配するわ。なにより、そんな顔じゃ殿方が逃げてしまうわよ?」
そう悪戯っぽく笑ってみる。すると、コレットは大慌てで涙を拭う。そして、殿下にしたみたいに笑ってくれた。
「いい笑顔。合格ね」
そこでロゼッタと目配せする。どうやら大丈夫らしい。
「殿下! 我々はそちらに向かいます」
「わかった。気を付けろよ」
「言われなくてもわかってますよ」
そう呟いて、イネスやナターシャ達を守るよう囲いながら移動を始める。
その時、首筋辺りにゾッと悪寒が走った。反射的に剣を向ける。すると、私の剣はちょうど二本のナイフの侵攻を食い止めていた。
「へえ、今のを防ぐとは。いい勘してんじゃん」
「あんた……っ」
私を攻撃してきたのは、耳にピアスをした男だった。
「アンジェリーク様!」
気付いたルイーズが石槍を飛ばす。しかし、男はすぐさま私から離れたので当たらなかった。
「あんた、まだ死んでなかったのね」
「あぁ? 死ぬわけねーだろ。俺は今まで二十人以上殺してきてんだ。そこら辺の奴らと比べんじゃねーよ」
そう自慢そうに、ケケケッと笑う。こいつ、ほんと最低だ。
そんなピアス男に、他の盗賊が慌てて声をかける。
「ジェスさん、逃げましょう! 早く逃げないとダークウルフに食べられるっ」
「うっせぇんだよ。邪魔すんな」
ジェスと呼ばれたピアス男は、超不機嫌な声で相手を睨む。その後で男の頸動脈をナイフで切り裂いた。「ぎゃあっ」という耳障りな悲鳴と共に、鮮やかな鮮血が雨のように植物達に降り注ぐ。その光景を見てしまったナターシャ達は、甲高い悲鳴をあげてしまった。
「なにをっ……あいつあんたの仲間なんでしょ! それなのにっ」
「ああ、そうだよ。だぁいじな仲間だ。だから、ダークウルフに食われちまう前に俺が殺してやったんだよ」
「なっ……」
「あいつも本望だろうぜ。俺のナイフの餌食になってなぁ!」
ジェスが再び私を襲い始める。戦闘開始だ。ロゼッタが慌ててルイーズに指示を出す。
「ルイーズ、アンジェリーク様の援護を……」
「必要ないわ! ジルにルイーズ、あなた達はナターシャ達を守って」
「しかしっ」
「アンジェリーク様が……っ」
「これは命令よ! 拒否することは許さない」
ジェスのナイフを弾きながら、そう冷たく命令する。すると、男が愉快そうに笑った。
「おいおい、命令だってよ。ほんとにあんなガキ子分にしてんだな。さっすが極悪令嬢だぜ」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておく」
「やっぱあの噂ほんとだったんだな。お前の護衛、コドモダケの瘴気に当たって死んだんだろ?」
「……違うわ」
「あーっはっはっはっ! お前わかりやすすぎ。そうかそうか、死んだか。そいつぁ焦るよなぁ。孤児を護衛にしちゃうくらいだもんなぁ!」
ヒャーハハハ、とジェスは耳障りな声で笑いながら、私への攻撃を強める。どうやら、本気でロゼッタは死んだと勘違いしてくれたらしい。
足を止めた分、ナターシャ達にダークウルフが襲いかかっていく。
「くそっ」
ジルが飛びかかってきたダークウルフに剣を振るう。しかし、それは寸でのところでかわされた。直後、向きを変え間髪入れずにダークウルフはジルを襲う。反応が間に合わない。
「ジル!」
ルイーズが叫ぶ。すると、そのダークウルフに彼女が投げた石槍が着弾。態勢を崩したのを見計らって、ジルはそいつの喉元に剣を突き出した。
「くらえぇぇ!」
それは見事突き刺さり、ダークウルフは少しもがいた後で絶命した。
「ジル、やった!」
「ああ、ありがとう、ルイーズ……って、危ない!」
「え?」
見ると、ルイーズの背後からダークウルフが飛びかかっているところだった。普通だったら反応が間に合わず襲われているだろう。しかし。
突然ルイーズの背後の地面から氷柱のようなとんがった土がいくつも現れ、その魔物を一瞬で串刺しにしてしまった。
「背後の警戒を怠らない。指摘された部分はすぐさま修正する。師匠の教えの一つです」
「上出来です。前衛の補助も、背後の警戒も、よくできました」
「ありがとうございます」
その後で、ジルとルイーズが笑顔でハイタッチする。どうやら、向こうは心配なさそうだ。
「なんだ、あのガキ達……」
「私が護衛に選ぶくらいよ? ただの子どもなわけないでしょ」
そう不敵に笑いつつ、ジェスの首めがけて剣を振る。しかし、それは簡単に避けられてしまった。ただ、おかげで少し距離ができる。
「二人ともすごいじゃない。その調子でみんなをよろしくね」
『はい!』
「あと、ジジは二人について行って、殿下に早く私を守りに来いって文句言ってきて」
「ジジ? しかし、それでは……っ」
「お願い。これが私のやり方よ」
反論を阻止するように、チビロゼッタに目だけで訴える。
いくらダークウルフを一匹倒したからといって、周りにはまだウヨウヨいる。そんな中、戦闘経験の乏しい二人だけでは、いつか護衛に限界がくるだろう。それを補うためには、どうしても戦闘経験豊富なロゼッタの的確な指示が必要だ。それはきっと、戦う二人の命を救うことにも繋がるはず。
ロゼッタなら、きっとこの私の意図に気付いてくれるはず。そして理解してくれるはずだ。私が、殿下が来るまで持ち堪えられると、あなたにだけは信じて欲しいって思ってるってことも。
二人の目は揺るがない。諦めずに目を逸らさないでいると、ついにロゼッタが大きな大きなため息をついた。




