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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

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軍神、クレマン・ヴィンセント

「クレマン様。アンジェリーク・ローレンス嬢がご到着されました」


「ああ、通してくれ」


 低く、それでいてどこか柔らかい男性の声が中から聞こえてきた。ニール様が扉を開け、三人一緒に中へ入る。


 そこには、ベッドに上半身だけ起こした状態のクレマン様がいた。


 形が崩れた白髪に、目尻や口元に刻まれた深いシワ。ご高齢なのは見て確かだが、その精悍な顔立ちは見る者を圧倒する。


 これが、軍神。クレマン・ヴィンセント。ダメだ、目が合っただけで身体が動かない。


 そんな私の様子に気が付いたのだろう。その精悍な顔立ちがふっと和らいだ。


「怯えさせてすまない。そんなつもりはないのだが、特にあなたのような若い女性にはこの顔が怖く映るようだ」


「いえ、そんなっ、あの、私っ」


 慌てて両手を振って否定する。その後で、ほんのり頬が熱くなるのがわかった。


「その……どちらかというと、カッコイイと思って見惚れていました」


 私の好みは、年下よりも年上。付き合う云々は抜きにして、好きな俳優なんかはダンディなおじさまがタイプ。クレマン様はどストライクだった。


 私の答えに、クレマン様の目が丸くなる。その後で声をあげて笑い始めた。


「あっはっは! この歳になって女性からそのような褒め言葉をいただいたのは初めてだ」


「え? えっ?」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」


「いえ、こちらこそなんかすみませんでした」


 なんで褒めた側が謝ってんだ。というか、なんか恥ずかしい。そして、ニール様とロゼッタの視線が痛い気がする。


 今ので少し場の空気が和んだので、もう少しクレマン様に近付く。そして、やっと私は自己紹介をしていないことに気が付いた。


「すみません、辺境伯様。自己紹介が遅れました。はじめまして、レンス伯モルガン・ローレンスの長女、アンジェリーク・ローレンスと申します。この度はお招きいただきまして、ありがとうございます」


「クレマンでいいよ。みんなにはそう呼ばせている」


「わかりました、クレマン様」


「遠いところわざわざすまなかったね。大変だったろう?」


「そうですね、夜が明ける前に起こされたので眠たかったのが辛かったです。ですが、カルツィオーネの景色を見てその眠気も吹き飛びました。自然豊かで、都会みたいに人も多くなくて、時間がゆったり流れていて。一目でここが気に入りました」


「そうか。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 そうにこやかに微笑んだ後、クレマン様の顔がわずかに暗くなった。


「気に入ってもらえたのは嬉しいが、私は妻を取るつもりはない。せっかくここまで来てもらって申し訳ないが、花嫁候補の件は諦めてくれ」


「え?」


 どういうこと? 花嫁候補として来いと言ってきたのはそっちよね?


 そんな私の心の声を無視するかのように、ニール様が割って入ってきた。


「お言葉ですが、クレマン様! このままお世継ぎが生まれませんと、あなた様が愛したこの土地は、いずれ国に返還されてしまいます。そうなれば、どこの馬の骨とも知らない低俗貴族が領主になってしまう可能性だってある。ここの領民の生活だってどうなるかわかりません」


「ニール、お前の気持ちもわかる。だが、その為だけに妻を迎えるというのは相手に失礼だ。しかも、孫ほども歳の離れた女性など、こんないつ死ぬともわからない老ぼれが、彼女の未来を摘み取るわけにはいかないだろう」


「この娘にははなから未来などありません。傷物になり、婚約も破棄され、家族にも見放された憐れな女です。ここ以外帰る場所すらない。それなら、あなた様が拾って差し上げても何も問題はありません。むしろ、候補者として選んでもらえただけ感謝すべきだ」


「なっ!」


 なんて言い草だ。確かにその通りだし、そこまではっきり言われるといっそ清々しいくらいだけれど。上から目線で言われると、さすがの私もムカっとくる。



 言い返してやろうと口を開く。しかし、言葉を発したのは、クレマン様が先だった。


「いい加減にしないか、ニール!」


 窓を揺らすほどの怒声が部屋中に響き渡った。あまりの迫力に、全員の動きが止まる。


「彼女に謝りなさい。言って良いことと悪いことがある」


「しかしっ」


「その分別をわきまえられないのなら、ここから出て行け」


 静かに、しかし激しい怒りを込めた瞳がニール様を射抜く。まるで、剣を首元に突きつけられているみたいだ。一瞬で空気が張り詰めて息ができなくなる。


 たぶん、ニール様もそう思ったのだろう。悔しそうに私に向き直ると、小さく頭を下げた。


「……さっきは言い過ぎた。すまなかった」


「本当に、うちの者が無礼をはたらいた。気分を害したのなら謝る」


「いえ、べつに。その必要はありません。ニール様が言ったことはすべて事実ですし。ただ、私にも十五年生きてきたプライドがありますから。私は自分に未来がないなんて思っていませんし、諦めてもいません。この傷のおかげで失ったものは多いですけど、その分私は自由を手に入れた。とても素晴らしいことです」


「自由、か」


「はい、そうです。このままクレマン様の元で妻として暮らす未来。花嫁候補を降り、この地でロゼッタと二人で暮らしていく未来。可能性は無限大にあります」


「それまで何不自由なく生きてきた貴族の令嬢が、働いて暮らしていけるわけがないだろう」


「そんなものは、やってみないとわかりません。ですが、私にはどうしても叶えたい夢がある。それを叶えるためならば、なんでもやるつもりです」


 真っ直ぐにクレマン様をこの瞳に捉える。まるで、揺るがない決意を見せつけるかのように。


 しばらく見つめ合いが続く。その後で、クレマン様がフッと微笑んだ。


「いい目をしている」


「え?」


「希望を聞こう。君はこれからどうしたい?」


 そう言われ、私は一度ロゼッタを振り返った。彼女は何も言わず、ただ静かに頷いただけだった。あなた様のお好きにどうぞ、と。


「できましたら、このまま花嫁候補としてしばらくこのお屋敷にいさせてください。家や仕事を探すにも拠点は必要ですし。それに、もしかしたら私がクレマン様を好きになって、本当に妻になりたくなるかもしれませんから。正直、あなた様になら抱かれてもかまいません」


 真顔で言ってみる。私のその言葉に顔を真っ赤に染めたのは、クレマン様ではなく、ニール様だった。


「な! な、ななな、なにを……っ」


「あっはっは! アンジェリーク嬢は冗談も上手らしい」


「いや、べつに冗談ではないんですけど……」


「わかった。君の希望に添うようにしよう。好きなだけここに居なさい」


「ありがとうございます、クレマン様!」


 やった! 住む場所確保。あのまま放り出されたらどうしようかと思った。


 親指を立ててロゼッタに見せる。彼女はまた一つ頷いてくれた。


 軍神とまで言われている人だから、どんな方なのかと思っていたけれど。とても誠実でお優しい方で本当に良かった。


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