秘密の日記
「どうして俺がこんなことを……」
目の前の花の鉢植えに水をやりながら、ラインハルト殿下は不満を口にした。
「ごめんなさい、殿下。でも、ここにある植物達は数が多くって。一人でやってたらきっと何時間もかかっちゃって、帰りが遅くなると思うんですよ。だから、みんなでちゃちゃっと終わらせましょう」
ノアの声は弾んでいる。きっと、植物達に再会してテンションが上がっているのだろう。彼の言い分はもっともなんだけれど、そんな浮かれた状態でこんな肉体労働を押し付けられるとイラっとくるのもわかる。
「あぁ、そこ! その子には水あげすぎないで」
「は、はい」
「わー! その子はデリケートなんだから、もっと優しく扱ってよ」
「ご、ごめんなさいっ」
ノアは、容赦なく水やりをしている全員に口を挟んでいく。
「そんなに注文つけるなら、お前一人でやれ」
ギャレット様の言うことも一理あると思った。
「ノアー、こっちの部屋もやるの?」
「うん、お願いー」
二階にあるうちの一つの部屋の前で止まる。ノアの許可も取れたので中に入ると、そこはまるで理科の実験室のようだった。
机の上に置いてあるのは、フラスコやビーカーやすり鉢など、おおよそ実験で使いそうな道具があちらこちらに散りばめられている。
「うわー、本がびっしり」
周囲の壁に沿うように並んだ本棚には、大小様々な本が隙間なくびっしり置かれていた。机の上に無造作に置かれているページの開けた分厚い本は、どうやら植物関連のもののようだ。
「まあ、ここまで植物育てといて、文学系の本だらけだったら笑うけどね」
「キノー」
なんて呟きながら、置いてある鉢植えに水を与えていく。そして、ひとしきり与え終わったところで、ちょうど水が無くなった。
「水貰いに行くか」
そう思い、部屋を出かけたところでふと立ち止まる。そして部屋を振り返った。
部屋の奥の角っこ。ちょっと背丈の高い観葉植物の後ろに、小さな扉を見つけた。まるで隠してあるみたいだ。
「なんだろう」
気になって、つい見に行ってしまう。なんとかその観葉植物の鉢を横にズラすと、私はドアノブに手をかけた。
「ここにも植物が置いてあるかどうか確認しないと」
そう言い訳がましく呟いてドアノブを回す。そして、手にしていたランプを掲げて中の様子を伺うと、そこはおよそ三畳くらいの小ぢんまりとした部屋だった。中に植物の姿はなく、机と筆記用具が置いてあるだけ。言い方は悪いけれど、まるで独房みたいだった。
「まさか、植物の置いてない部屋があるなんて」
窓もなく、本棚もない。唯一置いてある机に近付くと、そこには一冊の本が置いてあった。
「なんだろう、これ」
タイトルが見当たらない。いったい何の本だろうと訝しんでいると、突然コドモダケが服の中から飛び出してきた。そして、本の上に着地すると、興味津々と言わんばかりに開けようとする。
「コラ、勝手に開けちゃダメ」
捕まえようと手を伸ばすが、コドモダケは軽やかに避けていく。まるで私をからかっているみたいだ。
「こいつ……人間なめんなっ」
うりゃっと飛びつく。すると、勢いがつきすぎて机に思いっきりダイブしてしまった。その拍子に本が床に落ちる。
「いたたっ……最悪だわ」
落ちた拍子にページが開いたらしい。そのまま拾い上げると、ついその開かれたページに視線が吸い寄せられた。
そこには、白紙のページに手書きの文字が書かれてあった。どうやら日記らしい。そこに書いてあるとある一文に、私の目は釘付けになった。
「"アンが死んだのは、僕のせいだ"? どういうこと?」
ダメだダメだと思いながらも、どうしても気になって他のページも漁る。
"お父様がやっとこの山小屋を僕に譲ってくれた。今日からここは僕の研究室であり秘密基地だ。これでやっと心置きなく研究ができる。"
"おじい様の日記を見つけた! 読んでみると、やはりコドモダケが不治の病を治す突破口になりそうだ。まずはこの子を見つけよう。"
"ダメだ、全然見つからない。いったいどこにいるんだ。"
"どうして見つからないんだ。これじゃあ実験すらできない。アンに顔向けできないよ……。"
「この、ちょいちょい出てくるアンって誰なんだろう」
「キノォ」
コドモダケと一緒に首を捻る。すると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。そして、扉からノアが現れる。彼は私が日記を手にしているのを見ると、その顔を真っ青にした。
「返して!」
すごい剣幕で私から日記を奪い取る。その顔は怒っていた。
「読んだの?」
「え?」
「これ読んだのって聞いてるんだ!」
「あ、えっと……ちょっとだけ。でも、悪気があったわけじゃなくて。その、コドモダケが……」
「人の日記勝手に読むなよ!」
ノアが怒りに任せて私を突き飛ばす。狭い部屋なので、私の身体はあっという間に壁にぶち当たった。その衝撃で頭も激しく打ちつける。
「いっ……」
痛いというか、あまりの衝撃に声が出ない。頭を押さえて座り込む私を見て、やっとノアが我に返った。
「あ……ごめ……っ」
その直後、騒ぎを聞きつけたみんなが部屋を見つけて入ってくる。
「アンジェリーク様、大丈夫ですか?」
「ロゼッタ、大丈……」
大丈夫、と言おうとしたら、急に視界がヘニャリと歪んだ。立ち上がろうにも、地面が揺れているような感覚が続いていて動けない。というか、身体を支えていられない。
「アンジェリーク様!」
あ、もしかしてこれが世に言う脳震盪ってやつか。
そんなことを冷静に考えている最中に、私の意識は消えていった。




