元商人の子
「ここからは馬車で行けないから、少し歩くよ」
そうノアに言われて、一行は森の入り口の手前で降ろされた。そして、獣道と呼ばれるような頼りない道を歩いていく。すると、連れて来ていたコドモダケが突然服の中から顔を出した。
「キノっ」
「どうしたの? やっぱり森は落ち着く?」
「キノー」
落ち着くらしい。周りを見渡した後深呼吸している。
今日は天気が良いので、木漏れ日が顔や身体に当たってこそばゆい。森林浴という言葉がぴったり当てはまりそうだ。
「気を付けてね。ここら辺はたまに魔物が出るから。人避けにはもってこいなんだけど、行き来が大変で面倒くさいんだ」
「なんで人避けする必要があるの?」
「育ててる植物の中には毒性の強いモノもあるからね。もし誰かが間違って食べちゃったりしたら大問題だよ」
「だったら、そんな危険なモノ育てなきゃいいだろ」
「わかってないなぁ、殿下は」
「あぁ?」
「その毒を詳しく調べて、その毒を中和するには何が必要か研究するためにもその子達は必要なんですよ。それに、その毒を身体に害のない範囲で毎日微量ずつ摂取すれば、その毒に対して耐性がつくんです。だから、今の僕結構毒に強いんですよ」
「そういえば、自分の身体で実験してるって言ってたもんね」
「そう。だからコドモダケの瘴気も浴びたかったのに」
ノアが羨ましそうにロゼッタを見る。彼女は面倒くさいのか反論はしなかったけれど、不愉快そうに顔を逸らした。
元々森近くの孤児院で育っているからか、ジルとルイーズはこの人や動物が通ってできただけの獣道でも難なく歩いていく。なんならハイキングかとツッコミたくなるほど楽しそうに。訓練を始めていなければ、きっと私は大きく突き放されて迷子になっていただろう。みんな健脚すぎだ。
「この辺はシャルクでも自然豊かな方だから。薬草とか取り放題なんだよね。だからひいおじい様もここに山小屋作ったんだろうけど」
「カルツィオーネの森でもよく採れますよ。ヨモギとかどくだみとか」
「孤児院の子達にとって、森は遊び場でしたから。院長先生とかから、どれが食用でどれがそうでないのか、幼い頃から教わって育ちました」
ルイーズとジルが、近くの葉っぱを手に取る。なるほど、だからミネさんやヨネさんが二人に薬草取りをお願いしていたのか。
ラインハルト殿下が足を止めて、森の中を見渡す。
「さすがに王都では見ないな。城壁の外にも森はあるが、ここまで深くはないし」
「城下街でこういった薬草が売られているのをたまに見かけます。騎士仲間でも薬草を買って、訓練で怪我した箇所に用いていますし」
「え、薬草をわざわざ買うんですか!?」
ジルとルイーズの驚きに、ギャレット様は真顔で頷く。どうやら本当らしい。
「僕も研究資金が足りなくなったら、ここら辺の薬草取って売ってるよ。状態が良ければそこそこ良い値段で買い取ってくれるし」
「そうなの!? もっと早く知ってたら売り捌いたのに」
「さすがお金にがめついアンジェリーク様。金の亡者ですね」
「うっさい、ロゼッタ。今は少しでも資金を稼ぎたいの」
今後私兵を増やすのなら、資金はたくさんあるに越したことはない。特に私はお金を集める術を持っていないから、少しでも可能性があるのなら試していかなければ。
「なに、アンジェリークもお金が欲しいの? だったら、何人か業者の人紹介しようか?」
「え、いいの!? そんなことしたら、あんたの収入が減るわよ」
「大丈夫、薬草って地味に需要あるから。王都やレンスみたいな自然の少ない都会や、薬作って売ってる薬師とかがよく欲しがってる」
「なるほど。前にうちの使用人が薬草欲しがってたことがあったんだけど。その時、意外にも一般レベルで薬草って欲しがってる人いるんだなーって思った。やっぱそうなんだ」
「まあね。医者が出す薬は高いから。平民レベルだと民間療法でよく使われることが多いみたいだね」
「民間療法か。ロゼッタも同じようなこと言ってたわ。意外に薬草って需要高いのね」
「まあね。カルツィオーネぐらい自然豊かならそこら辺に取りに行けばタダ同然で手に入るんだろうけど。都会ではそんなに自生してないし、わざわざ危険を冒して取りに行くくらいならお金を出すっていう考えの人が多いんじゃないかな」
「贅沢な話ね。でも、うちほどじゃなくても、森に近付けば魔物に遭遇する危険性も高くなる。それなら金で解決した方が確かに安全で楽だわ」
「そゆこと」
前世の時だってそうだ。魔物に襲われはしないけれど。梅干しにしたって、都会で梅の木が無ければお店で買うし。七草粥にいたっては、広くくくれば雑草なのに、わざわざお金を出して買う人もいる。つまり、なんでも需要があれば商売になりうるのだ。
「ちょっと待って。これ、薬草栽培して安定的に供給できるようにすれば、十分商売として成立するんじゃない?」
「そうなんだよ!」
私の考察にノアが顔を輝かせて反応する。
「僕もそれを考えてたんだ。確かに自生しているものを採って売ってもいいんだけど。それじゃあ量も質も安定的に供給できない。でも、人の手で大量栽培してその問題を解決すれば、これは大きな商売のチャンスになる。上手く軌道に乗れば、そこから研究費が安定的に確保できるようになるかもしれない」
さすが元商人の子。考えることがそれらしい。
「そこまでわかってるならやればいいじゃない」
「簡単に言わないでよ。シャルクは元々そんなに広くないから農耕面積も少ない。商売として展開するには難しすぎる」
「じゃあ、大量栽培できるほどの広い土地があれば可能なの?」
「まあね。それこそカルツィオーネくらい土壌も良くて広ければ、種類も豊富に揃えられるし余裕だろうさ」
「なるほど」
ふむふむと顎に手を当てて考え込む。すると、ふと視線を感じたような気がして顔を上げた。見ると、ノア以外の全員の視線が私に集まっている。




