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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第四章 植物博士と極悪令嬢

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いい匂い

 しばらく二人でまったりしていると、にわかに部屋の外が賑やかになった。


「なんだろう。誰か来たのかな。もうすぐ昼食の時間だけど」


「さあ。お客様がお見えになる予定は聞いておりませんが」


 そう訝しみながら、ロゼッタがドアまで近付く。そして耳をそばだてた。


「……何か男性と女性が言い争いをしているようです」


「言い争い?」


「いや、ただ話し声が大きいだけかもしれません」


「何それ。そんな大きな声で話す人なんてここにいないと思うけど」


 なんて首を傾げていると、ふいにドアをノックする音が聞こえた。


「エミリアです。今お時間よろしいでしょうか?」


「エミリア? べつに構わないけど」


 エミリアが私に何の用だろう。わからないので、とりあえず「どうぞ」と許可を出す。すると、開いたドアの向こうに立っていたのは、エミリアではなく顔を強張らせたノアだった。


「や、やあ、アンジェリーク。怪我の具合はどう?」


「なんであんたがいんの?」


 不機嫌丸出しの声でそう指摘する。するとノアは「ひっ」と肩をビクつかせた。そして背後のエミリアに話しかける。


「やっぱり無理だよ。すっごく怒ってるもん」


「大丈夫ですよ。アンジェリーク様は、ああ見えてお優しい方ですから」


「ああ見えて?」


 今、ものすごく引っかかる言い回しだったような。ロゼッタが素早く顔を伏せたところを見ると、たぶん笑っているんだと思う。このやろう。


 そんな私の心のツッコミなど知らないエミリアは、強引にノアを部屋に押し込んでいく。


「実は、ノア様がアンジェリーク様のために、鎮痛作用のある湿布を作ってくださったそうです」


「湿布を?」


 エミリアはそう言うと、手にしていた何かの液体の入った洗面器を机に置いた。見ると、薄く黄緑色に染まっている。彼女は次にタオルを手にしてそれをノア様に手渡した。


「ここから先はノア様がご説明なさってください。私は仕事がありますから、ここで失礼させていただきますね」


「えっ、僕を置いていくの!? 一人じゃ心細いんだけどっ」


 しかし、エミリアはノアの訴えを笑って受け流し、本当に部屋から出て行ってしまった。


 急に部屋に沈黙が訪れる。ノアは相変わらずビクビクしていて、剣を握っていた時の威勢の良さは微塵も感じない。


 正直、顔を見てるとイライラしてくるので追い返してやろうかとも考えたけれど。ふと心地の良い香りが鼻をくすぐりそれを止めた。


「……いい匂い。ハーブか何か?」


「へ? あ、うん。ペパーミントと、ラベンダーと、ユーカリ。それを熱湯で抽出して冷ましたのがこれ」


 そう言って、ノアは先ほどエミリアが置いていった洗面器の中の液体を指した。そして、その中に手にしたタオルを浸す。


「これらには鎮痛作用があって、打撲とか捻挫に効くんだ」


「へえ、知らなかった。ってか、そんなのどこで手に入れたの?」


「僕の秘密基地で栽培してる」


「秘密基地? ……ああ、あの山小屋のことか」


「山小屋のこと知ってるの?」


「いや、詳しくは知らないけど、ミレイア様がそんなこと言ってたから」


「お母様が……そっか。あそこでは何種類もの植物を栽培してて、薬用にできないか研究してるんだ」


「つまり、薬作ってるってこと?」


「まあ、簡単に言えばそうかな。よくお父様との剣術の訓練や、森を探索してる時なんかに怪我することもあるから、実験も兼ねて常時複数の薬草やそれに準じる植物を普段から携帯して試してる」


「なるほど。だから今回もこれが作れたわけね」


「そういうこと」


 ノアは、浸したタオルを軽く絞る。すると、さらに香りがこちらに飛んできた。


 心を落ち着かせるアロマとしても有名なハーブ。その匂いに触れていると、不思議と先ほどまでの険な気持ちが鎮まっていく。


「もしかして、ハーブを選んだのはわざと?」


「……そういうわけじゃないけど。こっちの方が女性は好きかと思って」


 そう呟いた直後、ノアはハッと何かに気付いて慌て始めた。


「いやっ、今のは差別とかじゃなくて! ただの一般論というか、なんというか……っ」


 剣を握っている時は堂々としていたのに、今はこんなにも慌てふためいていて挙動不審。そのギャップが可笑しくて。ハーブの効果もあってか、私はつい笑ってしまった。


「いいわよ、べつに。ハーブを好きな女性が多いのは否定しないし」


「……怒ってない?」


「ハーブを選んだのは正解ね。あんたの情けない姿見てたら、怒ってるのがバカバカしくなってきちゃった」


「なんか言い方ひどい。でも、怒ってなくて良かった」


 ノアがホッと安堵のため息をつきつつ微笑む。そして、絞ったタオルを差し出した。しかし、それを受け取ろうとしたら、間からロゼッタがぬっと割り込んできてそれを奪う。


「私が患部に当てます」


 ぶっきらぼうにそういうと、彼女は私の隣に座り患部にそのタオルを押し当てた。冷んやりとはいかないまでも、そうしているだけで不思議と痛みが引いていく気がする。


 そんな私達を見て、ノアがボソリと呟いた。


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