表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/421

ご褒美

 急に馬車が止まり、その反動で驚きに目を覚ました。


「なにっ、どうしたの?」


「しっ」


 ロゼッタのただならぬ様子に、思わず口をつむぐ。彼女は静かにカーテンをめくりながら、外の様子を伺っていた。


「通行人らしき人物達が、賊に襲われているようです」


「ウソっ」


 カーテンの隙間からそっと外を覗く。少し離れた所で、とある荷車が止まっていて、そこには紫のターバンみたいな帽子を被った高齢の男性と、十歳前後の男の子が立っていた。


 そのすぐそばには、剣をチラつかせた男が二人、ニヤニヤしながらうろついている。そして、荷車の中から仲間らしきもう一人が中の荷物を取り出していた。


「どうしますか?」


「どうするって言われても……他に道はないの?」


「どうやら、ここは一本道のようです」


「じゃあ、あいつらどうにかするしかないじゃない」


「まあ、そうですね」


 じゃあ聞くなよ、と言いかけた言葉を飲み込む。


 ロゼッタは待っているんだ。雇い主である私の命令を。


 そうこうしているうちに、男の一人がこちらに気付いた。そして、だんだん近付いてくる。


「バレましたね」


「仕方ないわ。ロゼッタ、あいつら何とかして通れるようにして」


「かしこまりました」


「ああ、それと……」


「基本、殺すな、ですよね。心得ております」


「ならいいわ。じゃ、頑張って」


 ロゼッタが頷いたタイミングで、男が馬車のドアを開けた。


「これはこれは、貴族のお嬢様方。ごきげんようってか」


 剣を肩に乗せながらいやらしく笑っていたのは、リーゼントが特徴的な男だった。その男が私達に「出ろ」と促す。とりあえず、大人しく相手の言う通りにする。


 出てみると、他の二人もこっちの方に集まっていた。どうやら、向こうより私達の方が金目の物を持ってると思ったらしい。


「悪いが、荷物を漁らせてもらうぜ」


「ダメって言ってもやるんでしょ」


「そうだな。だが、安心しな。抵抗しなきゃ、俺達は女子どもに手は出さねぇ」


「どうだか。賊の言葉を信じろと言われてもね」


「兄貴はウソつかねぇよ」


 と言ったのは、モヒカンの男。


「あんま舐めた口聞いてると、温厚な俺達でも我慢の限界きちまうぞ」


 と言ったのは、坊主頭の男。少し幼さの残る彼は、冗談っぽく短剣を私の顔の前に持ってくる。すると、ロゼッタが短剣を持つ坊主男の手首を掴んだ。そして、あっという間に捻り上げる。男は「いててっ」と声を上げて短剣を落とした。


「お前! 何しやがるっ」


「アンジェリーク様に危害を加えるのは許しません」


「てめぇ!」


 モヒカン男が両手にナイフを持って突進してくる。ロゼッタは顔色一つ変えることなく、坊主男をモヒカン男に投げつける。すると、それは見事にヒット。「うえっ」と唸り声を上げて二人は倒れ込んだ。


「くっそ……」


「どこいった!?」


「ここです」


 二人が立ち上がった時には、ロゼッタはもう背後に立っていた。そのまま二人の首筋に手刀を食らわせ、あっという間に気絶させる。あまりの手際の良さに、思わず拍手してしまった。


「おー、さすがロゼッタ。私以外ならちゃんと襲えるのね」


「これくらいなら目をつむってでもできます。なんなら今して差し上げましょうか」


「なんでよ。相手はもう一人いるでしょうが」


「知ってますよ」


 ロゼッタの背後から襲ってきた剣を、彼女は目をつむりながらひらりと避ける。空振りとなったリーゼント男は舌打ちしていた。


「お前、ただの令嬢じゃないな」


「アンジェリーク様の侍女たるもの、このくらいできなければ主人に顔向けできませんから」


「なるほど。だがな、俺の可愛い弟達をこんな目に遭わせて、ただじゃおかねぇ。抵抗する奴には痛い目みせてやる!」


「どうぞ。やれるものなら」


 リーゼント男が剣を構えて走り出す。繰り出される剣撃。しかし、ロゼッタはまるで嘲笑うかのように、ひらりひらりとかわしていく。


「避けてるだけじゃ勝てねーぞっ」


「わかってますよ」


 すると、突然ロゼッタは一本の木へ走り出した。


「逃げんじゃねぇ!」


「逃げる? この私が? まさか」


 男が追いかけてきていることを確認し、あともうちょっとで木にぶつかる、というまさにその時。ロゼッタは木の幹を二歩駆けると、その反動を利用して空中で一回転。見事リーゼント男の背後を取ると、「なっ」と男が振り向く前に、首筋に手刀を食らわせて気絶させた。


 異世界版、パルクール! しかも、空中で一回転したのに下着が見えないという完璧さ。


「すごいじゃない、ロゼッタ! カッコイイーっ」


「これくらいではしゃがないでください。みっともない」


「いや、まるで映画を観てるようだったから、つい」


「映画? 映画とはなんですか?」


「えっ? えーっと……」


 私が言葉に詰まっていると、男達に捕まっていた高齢の男性と男の子が、私達にお礼を言いにきた。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


「いえいえ。お怪我はありませんか?」


「ええ、私もこの子も無傷です」


「なら、良かった」


 男の子は人見知りなのか、男性の後ろに隠れてチラチラとこちらを伺っている。それでも、意を決して小さな声で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。そんな姿が微笑ましい。


「どちらへ行かれるのですか?」


「私達はカルツィオーネまで。あなた方は?」


「特に目的地は決めてませんが、西へ向かおうかと」


「ご旅行か何かですか?」


「いいえ。ただ、あちこち転々と旅する旅人ですよ」


「なるほど」


 確かに、遠目にだけれど、荷車に載った荷物がチラリと見えた。


「また盗賊に襲われぬよう、道中お気を付けください」


「ありがとうございます。そちらもお気を付けて」


 そう言い合って、私達は馬車に戻った。今度は何も言わず、ロゼッタが私の隣に座る。


「ロゼッタを雇って正解だったわ。これなら何がきても生き抜けそう」


「左様でございますか」


「なによ、不服そうね」


「いえ、あの男達から金銭でも奪っておけばよかったかなと思いまして」


「盗みはダメよ。そんなことしたら、あいつらと同じになっちゃうじゃん」


「そうですよね。すみません、ただの戯言です。お忘れください」


「ロゼッタ?」


 先ほどとは様子が違う気がして、怪訝な表情のまま顔を覗き込む。すると、ロゼッタは観念したかのようにため息をついた。


「今までの仕事は、成功すれば報酬がもらえたものですから。なんというか、タダ働きしたような気がして落ち着かないのです」


「それ、不満に思ってるってことよね。でも、あんたが言ったのよ。私を守る見返りは、帰る居場所になることって。今さらお金って言われても、私払えないわよ」


「べつにお金が欲しいわけではないんです。ただなんというか……やめましょう、この話は。私自身、よくわかっておりませんから」


 ロゼッタは、この話はもう終わりと視線を窓の方へと移す。その姿がなんだか寂しそうに見えてしまって。


 気付くと、私はロゼッタの頭を優しく撫でていた。


「よくやったわね、ロゼッタ。あなたのおかげで助かったわ。ありがとう。ご褒美にめいっぱい褒めてあげる」


 自分自身、嫌味で言ったのかどうかわからない。ただ、急にロゼッタの頭を撫でてあげたい衝動に駆られた。


 ロゼッタが驚きに目を見開いて、私を凝視する。やはり嫌だったろうかと思い手を離すと、ロゼッタはその手を再び自身の頭の上に乗せた。そしてそのまま、私の肩に頭を預ける。


「……もう少し欲しいです、ご褒美」


 初めてロゼッタが甘えてきた。


 そんなことに驚きながらも、なんだかそんな様子が可愛く見えてしまって。


「いいわよ。いくらでもあげる」


 その後、私の手は何度も何度もロゼッタの艶やかな髪を撫でていた。


 そして気付けば、いつの間にか眠ってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ