勝負
「わかりました。そんなに私の護衛になりたいのなら、私と勝負してください」
「勝負?」
「私から一本取ったら、護衛になろうが殿下の好きにしていただいて構いません。ですが、私が一本取ったら、もう二度と私にちょっかいかけないでください」
「へえ、決闘か。面白い。乗った!」
殿下は私の挑発に乗って木製剣を構える。私もそれにならった。
「おいおい、正気か?」
「止めないでください、お父様。これは、私の意地と尊厳の問題なんです」
「いや、止める気はないが……」
さすがに力の差がありすぎる、とお父様は言いたいのだろう。なんせ、殿下は幼少期から剣を習っている。対して私は剣を習い始めてから一ヶ月も経っていない。誰が見てもその差は歴然。それでも、負けるわけにはいかない。
そんなやる気になっている私に、ロゼッタも気付いたのだろう。
「いいんじゃないですか、クレマン様。あんなにやる気になっているアンジェリーク様はなかなか見られません。それに、実戦の方がはるかに成長が見込めますから」
「まあ、それもそうだが……。そうだな、ロゼッタの言う通りだ。私は見守る側に回ろう」
「ありがとうございます、お父様」
よし、これで許可は取った。ジルが不安そうな顔でギャレット様へと近付く。
「ギャレット様、止めなくていいんですか?」
「殿下がやる気になってるからな。ああなったら止められん。それに、アンジェリークも良い勉強になるだろう」
「はあ、そうですか」
それまで休んでいた連中も、この騒ぎは何事かと集まってきた。
「もう引くに引けませんからね。これで怪我しても、文句言わないでくださいよ」
「そっちこそ。同情誘って油断したところを、なーんて考えてたらマジで怪我するぞ。俺はお前が女でも容赦しない」
「もちろんです。手加減なんかしたら、マジでボコボコにしますから、ね!」
先手必勝で私から仕掛ける。しかし、その一撃は簡単に防がれた。
「甘い!」
力任せに押されて、バランスを崩し倒れ込む。すると、すかさず殿下の剣が私の顔めがけて襲ってきた。しかし、私は反射的に横転してそれを避ける。そして、すぐさま立ち上がると再び剣を構えた。
「へえ、よく避けれたな」
「舐めないでください。こっちだって訓練してるんですから」
やはり、力ではどうしてもこちらが不利か。やはり、ここはお父様の訓練通りにやるしかない。
「今度はこっちからいくぞ!」
殿下が剣を振り下ろす。私は真正面から剣で受けることはせずに、身体を動かしてかわした。そして、次に襲ってきた剣は、相手の剣が滑るように剣で受け流す。
そんな感じで、かわせるものはとことんかわし、剣で受ける時はなるべく負荷がかからないよう、力を逃がすように努めて動く。
自分で言うのもなんだけど、お父様との訓練の時より動けている気がする。どうやらお父様の方もそう思ったらしい。
「すごいな。私の言ったことがきちんとできている。そうだろうとは思っていたが、まさか一回の実戦でここまで成長するとは思わなかった」
「やはり、アンジェリーク様は実戦の方が圧倒的に成長が早いようですね。集中力の問題でしょうか」
「いや、負けたくないという強い気持ちじゃないかな。うちの娘は負けず嫌いだから」
「なるほど。そうかもしれませんね」
なんて、お父様とロゼッタが納得している。そんな二人を横目に、私も防御しつつ隙あらば攻撃に転じていた。殿下が楽しそうに笑う。
「まさか、ここまでできるとは思ってなかったよ」
「失礼な。誰に剣を教わってると思ってるんですか。一人は軍神、もう一人は自称人類最強の暗殺者ですよ。強くならないわけがない」
「確かに、それもそうだ」
お互い一度距離をとる。周りの見学者もザワザワと騒ぎ始めた。でも、その喧騒は集中力によってすぐさまかき消される。
再び殿下から仕掛けてくる。しかし、今度は一段階ギアが上がっていた。かわすのも防ぐのも正直苦しい。でも、負けるわけにはいかない。
「辛そうだな」
「はあ、はあ……べつにっ」
攻撃を上手くかわすことができず、剣と剣が真正面から交錯する。すると、殿下は力で押してきた。
「どうした? もう終わりか?」
「いちいち、ムカつく……っ」
とはいえ、向こうの方が身長が高い上に、力もある。どんどんこっちが劣勢になってきた。
どうする。このままじゃあ力で押し切られて、バランスを崩したところで一本取られてしまう。かといって、剣を流そうにもそう出来ないように殿下が上手く剣を押し当てている。せめて、殿下の注意を逸らすか、隙を作らせないと。
力に負けて膝をつく。すると、ふと殿下の押す力が弱まった気がした。見ると、なんだか目が泳いでいる。なんだろうと思って考えを巡らせる。すると、やっとその原因がわかった。
「殿下、女性の胸を見るなんて……エッチ」
「なっ!」
お互いの位置的に、高いポジションにいる殿下の位置から、私のゆるゆるの服の中が見えているんだろう。その証拠に、殿下は顔を真っ赤にして明らかに動揺している。剣もブレブレ。今がチャンスだ。
「うりゃっ」
剣を弾いて、勢いで殿下に突進する。そして、大きく態勢を崩した殿下に向けて剣を振り上げた。
隙だらけ。よし、もらった!
そう思ったのだけれど。どうやら隙だらけだったのは、私の方だった。
態勢を崩しながらも、殿下は剣を横に振る。すると、それがガラ空きの私の左脇腹に直撃した。
「っ…………!」
あまりの衝撃に横に倒れる。その後で激しい痛みが左脇腹を襲う。痛すぎてすぐには声も出ない。
「……っなるほど。俺の油断を誘って隙を作るなんてな。でも、残念だったな。俺もそこまでバカじゃない。油断したのはお前の方だ」
「……くっそ……っ」
左脇腹を押さえつつ、悔しくて奥歯を噛み締める。色々言いたいことはあるけれど、痛みですぐには立ち上がれない。
そんな時。私の元に駆けつけてきたのは、ロゼッタではなく、なんと遠くにいたノアだった。




