デートに誘おう
「この子は……」
「これがコドモダケなんだって。ロゼッタに瘴気を当てて子どもの姿にした張本人」
「この子が」
目を丸くして驚いているエミリアに向かって、コドモダケは、えっへん、と胸を張る。そんな彼をロゼッタが睨みつけていた。
「ミネさん達から聞いてましたけど。本当に子どもの姿になっちゃったんですね、ロゼッタさん」
「ええ、そうです。腹立たしい限りですが、こればかりは致し方ありません」
「そうですか。それにしても……お人形さんみたいで本当に可愛いです!」
「は?」
「実はずっと抱きしめたくて我慢してたんです。ギュッとしてもいいですか?」
「ダメです」
「ルイーズは許可なくハグしてたわよ」
「そうなんですか? じゃあ私も遠慮なくっ」
そう言うと、エミリアはロゼッタの制止を振り切って彼女を抱きしめた。
「こら、エミリア。やめなさいっ」
「はー、小さくて可愛い……っ。なんでこんなに愛らしく感じちゃうんでしょう」
「たぶん、ギャップ萌えじゃない? 大人のロゼッタは普段ツンツンしてたから。それが今の見た目とのギャップになって、より一層可愛く思えちゃうんだよ」
「そうかもしれません。ほんと可愛いですっ」
エミリアがハグする腕に力を込める。ロゼッタはというと、可愛い可愛いと連呼されて、ついに精神が限界を超えてしまった。
「……いい加減にしなさいっ」
そう怒鳴りながらエミリアを引き剥がすと、容赦なくコドモダケを掴んだ。まるで今にも握り潰さんばかりに。
「このまま燃やされたくなければ、今すぐ元に戻しなさい。それができなければ、今すぐ燃やします」
「キノーっ!」
文章がおかしくなっていることに気付かないくらい、ロゼッタの怒りは頂点に達しているらしい。あまりの強い殺気に、コドモダケは傘を横にブンブン振って抵抗していた。ダメだこりゃ。
「はいはい、落ち着いて。瘴気の効果が切れるのは人それぞれってノアが言ってたでしょ? つまり、コドモダケにどうこうできるものじゃないのよ、きっと」
私がそう言うと、コドモダケはうんうんと頷く。
「だから、その子を解放してあげて。お願い」
主人命令ではなく、お願いしてみる。ロゼッタは三秒くらい固まっていたけど、私のお願いを聞いてコドモダケを離してくれた。彼は慌ててエミリアの方へと逃げ込む。
「ありがとう、ロゼッタ」
「べつに。あなた様にお願いされたからではありません」
プイっと顔を逸らす仕草が可愛い。その子どもらしい仕草を見て、エミリアも微笑んでいた。うん、この雰囲気なら謝れそう。
「エミリア、昨日はひどいこと言ってごめんなさい!」
そう言って頭を下げる。すると、慌てたのはエミリアだった。
「そんなっ、謝らないでください。悪いのは私の方なんですから。アンジェリーク様の人に聞かれたくない秘密を喋ろうとした私が悪いんです。ごめんなさい」
今度はエミリアが頭を下げる。顔が上がってきて目が合うと、お互いに苦笑してしまった。
「あれね、みんなのいる前で自分の恋バナ……恋愛話されるのが恥ずかしかっただけなの。それを阻止するために、あなたにひどいこと言っちゃった。ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。でも、アンジェリーク様でも恥ずかしがることはあるんですね」
「当たり前じゃない。……もう何回か見てきてるでしょ」
「そうでした」
そう言って、エミリアはクスクス笑う。仲直りできたことが嬉しくて、私もつい笑ってしまった。
「正直、自分のデリカシーの無さと、アンジェリーク様を怒らせてしまったという事実に落ち込んでいたんです。でも、そんな時マティアスやレインハルト殿下が慰めてくれて。私も謝らなきゃってずっと思ってました」
「そう、マティアスとレインハルト殿下が……って、ん?」
「だから今日、仲直りできて良かったです」
「う、うん。私も良かった」
マティアスとレインハルト殿下がエミリアを? これは早くも恋のライバル対決勃発か。ちょっと探りを入れなければ。
「そういえば、もう少ししたらお祭りがあるのよね? ジルとルイーズが言ってたけど、エミリアを含めた三人で孤児院の子達に奢ってあげるんだって? みんな偉いね」
「そんな、全然偉くなんかないです。ただ、毎年みんな羨ましがってましたから。やっと我慢させずにみんなで思いっきり楽しめそうで嬉しいんです」
「そっか。他に誰か一緒に行かないの?」
「一応マティアスが一緒についてきてくれます。子ども達が羽目外して騒ぎ出したら大変だろうから手伝うって。ほんと、子ども大好きなんですよね、彼」
「へえ、そっか」
それはたぶん、子どもが好きなんじゃなくて、あなたが好きなんだと思うよ。私がそう設定したから。
「他には? ミネさん達とか、殿下達とか」
「他の方ですか? いいえ、特には。ミネさん達には、仕事のことは気にせず子ども達と楽しんできて、と言われましたし。殿下達からも特に一緒に行くとかは言われてませんね」
「そう……」
レインハルトォ! あんた何やってんのよっ。お祭りなんて、最っ高のデートシチュでしょうが。それなのに、マティアスに先越されてどうすんの!
ワナワナと身体を震わす私に、エミリアは「どうしました?」と首を傾げる。ロゼッタはというと、わざとらしく大きなため息をついていた。そのうち、「あっ」とエミリアが手を叩く。
「アンジェリーク様も一緒に行きませんか? きっと子ども達も喜ぶと思います」
「……それはべつに構わないけれど」
「ロゼッタさんも是非」
「アンジェリーク様が行かれるのであれば」
「やった!」
いや、私が行くことを喜ばれてもなぁ。……いや、ちょっと待てよ。レインハルトはエミリアの護衛だから、何もしなくても勝手についてくんのか。じゃあ、べつにわざわざ誘わなくても問題ないじゃん。
なんて私が考えていると、エミリアが緊張した感じで「あのっ」と声をかけてきた。
「その、殿下達もお誘いしたらご迷惑だと思いますか? 平民のお祭りですし、殿下達にとったら楽しくないかもしれません。でも……」
「誘いたいんだ」
「はい。特にレインハルト殿下は私の護衛役をしてくださってますから。その時に何かお礼ができればと」
何これ、まさかエミリアの方から殿下を誘おうとしてるなんて!
わかってる。彼女が純粋にお礼として誘おうとしてることくらい。だが、これはチャンスだ。レインハルトが声かけないなら、エミリアをけしかければいい。
「誘っていいと思うよ。殿下達も平民の暮らしぶりを知るいい機会になると思うし、こういうのは人が多い方が楽しいしね」
「そっか、そうですよね。ありがとうございます」
よし、これでなんとか二人をお祭りに誘導できるぞ。後は会場に行ってから二人きりにさせればいい。マティアスには悪いけど、抜けがけはさせないんだから。
フフフっ、と小さく拳を握る。すると、それまで静観していたロゼッタが口を開いた。
「そういえば、ジゼルさんに呼ばれていましたね。何を話していたのですか?」
すると、それまで明るかった彼女の表情が一変した。




