都合良すぎ?
お父様の部屋の前まで来たので、ドアをノックして中に入る。そこにいたのは、お父様と、そして継母だった。
どうして継母が? いや、夫婦だから一緒にいても不思議ではないけれど。
「おぉ、きたかアンジェリーク」
「お呼びでしょうか、お父様」
「怪我の具合はもういいのか」
「ルベン先生の適切な処置のおかげで、快方に向かっております」
「そうか、そうか」
なんだこれ。今まで私のことを心配したこともないくせに、今日はやけにご機嫌だな。気持ち悪いんだけど。というか、ものすごく嫌な予感がする。
「今日呼んだのは、お前に縁談の話がきているからだ」
「ああ、そうですか……って、縁談!?」
「正確には花嫁候補だな。向こうが言うには、実際に会い、しばらく花嫁候補として一緒に暮らしてみて、それで良ければ妻として迎え入れると言っている」
「何ですかそれ。ずいぶんと人を試すようなことをなさるのですね」
「黙れ。傷物のお前でも良いと言ってくれているのだ。もらってもらえるチャンスを与えられただけでもありがたいと思え」
「……っ、申し訳ありませんでした」
くうっ、ムカつく! この前ロゼッタに言ったこと撤回して、このどうしようもないお父様を暗殺してもらおうかしら。……、まあ、しないけども。
「それで。お相手はどのようなお方なのですか?」
「カルツィオーネ辺境伯だ」
「カルツィオーネ!」
思わず反応してしまった。
そこは、私が行きたかった場所。生活の拠点になるかもしれない候補地の一つ。
私のこの反応をネガティブな方に受け取った継母が、ざまあみろという顔でニヤリと笑った。
「良い所じゃない。のどかで、自然が豊かで、ゆっくり療養するにはもってこいだわ」
「それはそうですが……」
「カルツィオーネ卿は、軍神と呼ばれこの国では英雄扱いだ。そのため、貴族社会でも顔が広いうえに、あの国王陛下とも深い親交がある。上手くいけば、そこに太いパイプができるだろう」
クックックッ、とお父様が悪どい顔で笑う。
なるほど、それが狙いか。だから上機嫌だったのか。この出世欲の塊が!
いや、しかし。
「ですが、クレマン様は七十歳近いご高齢の方だと伺いました。十代の私など相手にされないと思いますが」
「そんなことないわ。愛に年齢は関係ないもの。たとえ孫ほど歳が離れていようとも、そこに確かな愛があるのなら、夫婦になっても問題はないわ。五年前に最愛の奥様を亡くされてから、クレマン様の心にはポッカリと穴が空いている。それをあなたが埋めて差し上げればいいだけのことよ」
「まあ、今までの候補者はことごとく追い返されるか、逃げ出してしまっているらしいがな」
「つまり、私もそうなる可能性がある、ということですよね?」
「別にそうなっても構わん。だが、その時はお前の帰る家はないと思え」
「そんなっ……」
なんだ、その仕打ちは。それじゃあ、ていよく厄介者の私を追い出したいだけじゃないか。はなから期待なんかしてなくて、上手くいけばラッキーくらいにしか思ってないってか。
この親ほんと信じらんない!
「まさか、行かないなんて言わないわよね?」
継母が愉快そうに聞いてくる。そこでハッと我に返った。
いや、待て。一回冷静になろう。
花嫁候補とはいえ、許可がおりなかったカルツィオーネに堂々と行けるのだ。しかも、帰って来なくていいとまで言われている。つまり、わざわざ打診しなくても、一人暮らしまで許可してもらえたということ。
たとえ、カルツィオーネが肌に合わなくても、しばらく花嫁候補として辺境伯のお屋敷にご厄介になって、新しい候補地が見つかれば逃げ出せばいい。
これほどまでに良い条件はない。
「どうしたの? 返事は?」
継母を見る。ほんとは思いっきり笑いたいところだけれど。もしここで私が快諾したら、継母が怪しむかもしれない。下手をしたら、また邪魔されるかも。
それだけは絶対させない。こんなチャンス逃すものか!
「お父様! やはりこの縁談お考えください。私はまだ十代です。それなのに、七十歳近い方と夫婦になるなど、そんなの考えられません。それに、以前私のカルツィオーネ行きに反対したではありませんか」
「何のことだ?」
「誤魔化さないでください。旅行に行きたいからと、辺境伯様宛に手紙を出す許可をロゼッタがもらいに行った際、出歩かれては困ると許可しなかったではありませんか」
「お前が何を言っているのか知らんが、口答えするな。お前に拒否権はない」
「ですが、カルツィオーネみたいな田舎、旅行に行くだけならまだしも、そこで暮らすだなんて私には耐えられません! それなのに、失敗したら帰ってくるななど……あまりにもひどすぎるっ」
そこまで言って、両手で顔を覆って泣き真似をしてみせる。すると、継母の弾んだ声が聞こえてきた。
「あら、可哀想なアンジェリーク。でも、お父様の言いつけは絶対よ」
「そうだ。何度も言わせるな。役立たずのお前に拒否権はない! 出て行け!」
「お父様! 待って、お父様……っ」
お父様がロゼッタに連れて行けと合図する。彼女は言う通り私を部屋の外へ追い出した。そのまま、一緒に私の部屋へ入っていく。
「……ロゼッタ、廊下に誰もいない?」
「はい。おりません」
それを確認して、私は思いっきりガッツポーズをした。
「やったー! これで心置きなくカルツィオーネに行ける!」
あまりの嬉しさに、ベッドへダイブしてぴょんぴょん飛び跳ねる。そんな私の様子を見て、ロゼッタが唖然としていた。
「泣いておられたのではなかったのですか?」
「あれはウソ泣きよ。カルツィオーネに行けるのに、泣くわけないじゃない。あの場に継母がいたでしょう? あそこで喜んだら継母に邪魔されかねないと思ったから、あえて嫌なフリをしたの」
「なるほど。意外に腹黒いんですね」
「まあね。あの継母の様子だと、悲しんでる私を見て満足してたから、当分はちょっかいかけてこないはず。これでなんの心配もなくカルツィオーネに行けるわ〜」
心が軽くなると鼻歌まで出てくるらしい。浮かれている私に、しかしロゼッタが一応釘を刺す。
「お喜びのところ申し訳ないのですが。カルツィオーネに行くのは辺境伯様の花嫁候補として、ですからね。そこをお忘れなく」
「わかってるわよ。でも、今までの候補者はみんな逃げ出すか追い返されてるんでしょう? だったら私なんか相手にもされないわよ。カルツィオーネが気に入ったら、さっさと追い出されて二人暮らしするわ。それとも、ロゼッタは私との二人暮らしには不満?」
「いいえ、まさか。私はあなた様のおそばにいられるのなら、どこでも構いません」
「なに、どうしたの? 今日はやけに素直なじゃない。気持ち悪いんだけど」
「失礼ですね。いつも通りです」
「あっそ」
ロゼッタの態度が少し気になったけれど、まあいいか。
これでやっと、前世で叶わなかった田舎暮らしに一歩近付いた。花嫁候補は余計だけど、それさえ我慢すれば憧れのスローライフが待っている。どうしよう、ワクワクしかない。
「それにしても。なーんかタイミング良すぎる気がするのよねぇ。カルツィオーネに行きたい、って思ってたら、そこの領主様から来いって手紙がくるなんて。こんな偶然ってあるのかしら?」
「あるんじゃないですか? ルベン先生のことだってありますし」
「そりゃそうだけど……」
いくらなんでも、都合が良すぎる気がする。これも作者特権の一つなんだろうか。
「それよりも」
突然、ベッドでジタバタしている私の腕を、ロゼッタがガッチリと掴んだ。
「先ほども申し上げましたが。あなた様は辺境伯様の花嫁候補として行かれるのです。でしたら、花嫁候補として恥ずかしくない振る舞いをしなければなりません」
「へ?」
「さっそく、今から礼儀作法の復習を始めましょう。時間がないので、ビシバシいきますよ」
「ひいっ」
ロゼッタが暗殺者の顔になってる。これは大マジだ。
「あの、私怪我人だからお手柔らかに……」
「却下」
冷たくバッサリと切られる。そして、抵抗虚しく、私はズルズルと部屋から出されてしまった。