私の奴隷にしてあげる
昼食を食べ終わった後、私は盗賊の男達を連れて壊れた城門前まで来ていた。
男達はよほど空腹だったようで、まるで獣のようにご飯にがっついていた。おかわりも何回もしていたけれど、ココットさんは怒ることはせず、むしろ食べっぷりが良いと嬉しそうだった。
「おい、こいつらをこんな所へ連れてきてどうするつもりだ?」
男達の後ろを歩いているギャレット様がそう訝しむ。彼は男達が逃げ出さないよう見張り役としてついてきてくれた。
「言ったじゃないですか。死ぬほど働かせてやるって」
そう答えた後、私はヘルマンさんを見つけて声をかける。すると、彼は男達よりも私の隣にいる五歳児に目を向けた。
「アンジェリーク様、この子は?」
「ロゼッタです」
「えっ? ロゼッタさん?」
「コドモダケの瘴気に当たって、子どもの姿になっちゃいました」
「はー、コドモダケの。それは災難だったな」
「ええ、本当に腹立たしいです」
ご飯を食べ終わった後、ミネさんとヨネさんがチビロゼッタ用の服を持ってきてくれた。これがまあ、可愛らしいピンクのワンピースで。ただ黙って立っているだけなら、ほんとにお人形さんみたいだった。
「いやー、やっぱべっぴんさんの幼少期は可愛かったんだな。もしこれが俺の娘なら、絶対嫁にやらねぇ」
「うちの使用人ズもチビロゼッタにメロメロです。もうこのままの方がいいんじゃないですかね」
「そしたら、アンジェリーク様が困るだろ。最強の護衛がいなくなっちまうぞ」
「そうですよ。そうなったら一番困るのはあなた様なのですから、そんな笑えない冗談はよしてください」
「はいはい。わかったわよ。こればっかりは元に戻るのを気長に待ちます」
話はこれで終わり、と一息ついて本題に入る。
「今日来たのは、こいつらのことなんです」
そう言って、私は後ろに控えていた盗賊達を指した。ヘルマンさんは男達を見て眉間にシワを寄せる。
「アンジェリーク様、こいつらは?」
「今日捕まえたばかりの、大盗賊団、常闇のドラゴンの超下っ端達です」
「盗賊? そんな奴らがどうして」
「こいつら、私の奴隷にすることにしました」
『えっ!?』
ロゼッタ以外の全員が驚きに声を上げる。その反応、悪くない。
「確か、人手が足りなくて困ってましたよね? なので、こいつらここでこき使ってやってください」
「おいおい、正気か? 盗賊を働かせるなんて。こいつらに俺達が普段どんだけ苦しめられてるか、アンジェリーク様だってわかってんだろ?」
「ええ、だからこそです。ここで城門が完成するまでタダ働きさせて罪を償わせます。悪くない条件だと思いますが?」
そう言うと、ヘルマンさんは一旦考え込んだ。男達はというと、「奴隷だって」「マジかよ」と顔を真っ青にしている。いけない、このままだと本当に極悪令嬢になってしまう。
「この男達、ヘルツィーオのスラム街出身の孤児だそうです。働きたくても市民権が無くて働けなかったと嘆いていたので、一回働く大変さを思い知らせてやろうかと」
「……なるほど、そういうことか。んで、逃げ出したり悪さしたりしたらどうする?」
「ロゼッタに報告してください。こんな姿でも、彼女の魔法は四人丸ごと焼き尽くすくらいの威力はありますから。お仕置きします」
「聞き捨てなりませんね。私の魔法の威力はもっとあります」
「そこツッコむな」
ロゼッタの反論に男達の顔が引き攣る。私はゴホン、と咳払いして話を戻した。
「無茶は承知です。大変難しい案件だということも理解しています。でも、だからこそヘルマンさんにしか頼めないんです。お願いします」
頭を下げてお願いする。すると、私の想いが届いたのか、ヘルマンさんは一度大きく頷いた。
「頭上げてくれ。わかったよ、アンジェリーク様のお願いとあらば断れねーしな。こいつらをうちんとこで働かせますよ」
「ありがとうございます!」
「そん代わり、クレマン様やニール様をきちんと説得してくれよ」
「そこはもう、この自称ニールキラーの私に任せてください。無理矢理にでも納得させますから」
親指を立てて笑顔でそう答えると、ヘルマンさんは白い歯を見せて笑った。その後で、男達に厳しい親方の顔を向ける。
「いいか? 俺は厳しいからな、もう無理とかキツいとか弱音吐いたら容赦なくシバく。覚えとけ!」
『は、はいっ』
ヘルマンさんの言葉に、男達は背筋を伸ばして気をつけの姿勢をとる。そんな姿が面白い。
「あ、言い忘れてたけど。仕事が終わったらお屋敷に戻ってきてね。ご飯くらいは出してあげるから。寝る所も、庭にテント張って寝なさい。雨風凌げれば十分でしょ?」
「飯食わしてくれるんっすか?」
「ちゃんと仕事したらね。奴隷っつっても死んだら元も子もないんだから。最低限のことはするわよ。まあ、ココットさんが嫌だって言ったら無理だけど」
「ココットなら大丈夫だろ。あいつ、ひもじい奴らにほど飯食わせたいタイプだから」
「私もそう思います」
そう言って、ヘルマンさんと二人で笑い合う。そして、ギャレット様と一緒に男達の両手を縛っていたロープを解くと、ついでにネックレスも回収した。
「あんた達は盗賊じゃなく私の奴隷になったんだから、これはもう必要ないでしょ。でもまあ、返してほしくなったらいつでも言って。その代わり、二度とカルツィオーネの地は踏ませないから。覚悟しておきなさい」
『は、はいっ』
男達はまた気をつけをする。まるで教官になった気分だ。悪くない。
「じゃあ、ヘルマンさんお願いします」
「おう、任せとけ。ほら、お前らいくぞ!」
『はいっ』
ヘルマンさんに連れられて、男四人は城門の方へと走っていく。その姿を見送ってから、私はお屋敷へと向かって歩きだした。
「ギャレット様、ありがとうございます。彼らを解放してくださって」
「べつにあんな下っ端、警備兵に引き渡したところで向こうが処分に困るだけだから問題ないが。本気であいつらを更生させるつもりか?」
「更生じゃないです。利用してるだけです。現にあそこは人手不足でしたし、今のところ彼らはご飯が食べられればそれだけでも十分そうですし。最低限の支出で人材確保なんて超ラッキーじゃないですか」
「それで? 本当は何を企んでいらっしゃるのですか?」
ロゼッタの指摘に、思わず彼女を見る。その目はもうお見通しだと言っていた。誤魔化しは効かないだろう。
「市民権問題はニール様に任せるとして。もしこのまま彼らが順調に更生したら、何が起こると思う?」
「何がって……」
「カルツィオーネの極悪令嬢に捕まった盗賊達は、仕事を得て見事更生を果たしている。こんな噂を、もし同じ境遇の人達が耳にしたら?」
「それは……気になるだろうな。本当かどうか確認したくなるはず」
「そして、それが本当だとわかったら、自分もそうなりたいと思うかもしれません」
「まさか! そういうことか」
「そういうことです。下っ端を減らす方法は、捕まえるだけじゃないってことですよ」
「だが、そう上手くいくか?」
「さあ。こればっかりはやってみないとわかりません。ですが、それで失敗したとしても、こちらにさほどダメージはありませんし。やってみる価値はあるかと」
「本当にそれだけですか?」
そう言われ、思わずロゼッタを見た。
「もちろんそれも理由の一つでしょうが。本当は彼らの境遇に同情して、何とかしてあげたくなったのではありませんか?」
幼い顔で、それでいて自分の発言にどこか自信たっぷりな顔。ちょっと憎らしくなって、私はプイっと顔を逸らした。
「さあね」




