ジルの思い
「お前は……」
「ジルといいます。クレマン様のところで剣を習っています」
「知っている。そんなお前がどうして?」
「もっともっと強くなりたいからです!」
迷いなくそう言い切る。すると、ギャレット様がその目を細めた。そして、何かを見定めるようにジルを見つめる。少しして、彼は再び木製剣の柄を握った。
「いいだろう。特別に稽古をつけてやる」
「ジル、やめときなよ」
そんな心配するルイーズを振り切って、ジルは近くの兵士から木製剣を受け取りギャレット様と対峙する。そして剣を構えて向かった。
「はあぁっ」
剣を振り下ろす。しかし、ギャレット様はそのことごとくをヒラリヒラリとかわす。そして、足を引っ掛けて転ばせたり、剣を遠慮なく身体に叩き込んだり、とにかく手加減なしでやり返す。
「視線を逸らすな、もっと相手の動きを見ろ」
「はいっ」
「ガードが遅い。相手の攻撃を何も考えず直感だけで防げるのは天才だけだ。そうでないお前は、次にどんな攻撃がくるか相手の攻撃をある程度予測しながら動け」
「……はいっ」
そう言われてもすぐには実行できないわけで。あれよあれよと言う間にジルはボロボロになってしまった。
「ロゼッタ、今の聞いた? 直感だけで防げるのは天才だけだって。もしかして私天才――」
「違います」
ロゼッタが食い気味に否定する。その顔には、勘違いするな、と書いてあった。言われなくてもわかっとるわ。
「ジル!」
たまらずルイーズがジルの元へと駆けつける。しかし、ジルは「来んな!」と強く否定した。そして、剣を杖になんとか立ち上がる。
「もう一回、お願いします」
「ジル! もうやめなよ」
「ルイーズは黙ってろ!」
叫びにも似たジルの制止に、ルイーズも思わず立ち止まる。ルイーズに対してあんなに声を荒げるジルは初めて見たかもしれない。
そんな二人のやりとりを見て、ギャレット様がジルに質問を投げかけた。
「ジルとか言ったな。お前はどうして強くなりたい?」
「守りたいものが、あるからです。でも、今のままじゃ、追いつけないっ」
息切れしながらもそう答える。彼の目はまだ死んでいなかった。
「追いつけない?」
ギャレット様がふいにルイーズを一瞥する。その後で私とロゼッタへと視線を移した。すると彼は何か合点がいったという風に、ふん、と鼻を鳴らす。
「そこの女、ルイーズとか言ったな。あの山火事の時、大地震を連発するほど巨大な魔法を暴走させていたのはお前か」
「その通りです。その反省も踏まえ、今はとある方に魔法の使い方を教えてもらっています」
「あの暗殺者から魔法を習っているんだな」
「暗殺者ではありません。師匠はアンジェリーク様の護衛です」
「師匠?」
「私は、自らロゼッタ・ドラクロワの弟子にしてほしいと志願いたしました。今その師匠から魔法を教わっています。とても素晴らしい師です」
「素晴らしい? どこが。金さえ積めば平気で人を殺す、誇りもプライドもないハイエナのどこが素晴らしいというのか。お前は騙されているだけだ」
「それ以上師匠をバカにしないでください!」
直後、ルイーズ近辺の地面がまるで生き物かのように蠢いた。周りの兵士達からどよめきが起こる。
「ほう、俺と一戦交えるというのか。面白い」
「ルイーズ、やめろ!」
「ジルは黙ってて」
ジルの制止をルイーズがバッサリ切り捨てる。そして、蠢いている地面からいくつかの土の球体が現れた。その一部はさらに形を変えて、尖った石槍のような姿になる。本気の戦闘態勢だ。
ルイーズが右手を掲げる。すると、数本の石槍がギャレット様へ向かって飛んでいった。しかし、ギャレット様はそれらを難なくかわしていく。そしてルイーズの前まで来ると、剣を構えて振り下ろした。
「ルイーズ!」
ジルが叫んだ直後、ルイーズの目の前に突如土壁が出現。それはルイーズを守るようにギャレット様の剣を防いだ。
「なるほど。いい反応だ。魔法も上手く使いこなせている。その歳でここまでできるとは大したものだ」
「ありがとうございます。あなたに褒められても嬉しくないですけど」
「ふん。口振りまであいつに似てきたか」
ギャレット様はルイーズから一旦距離をとる。そして再び走り出した。
飛んでくる石槍もどきを、軽やかに避けながらルイーズに近付く。そして再び剣を振り下ろした。しかし、また土壁が現れる。ただ今回は様子が違っていた。
土壁が引っ込んだ後、ルイーズの目の前にギャレット様の姿はなかった。
「あれ? いったいどこに……」
「ここだ」
ルイーズの背後に回ったギャレット様の低い声。握っている剣はもう頭上高くに掲げられている。ルイーズもやっと反応したけど間に合わない。
そして、容赦なく剣は振り下ろされた。
ただし、それが彼女に当たることはなかった。何故なら、剣を持ったジルがそれを防いでいたから。
「ジル……っ」
「なにっ?」
「うおおぉあぁぁっ」
ジルが今までにないくらいの勢いで剣を振るう。ただがむしゃらにではなく、基本に忠実に。もちろんギャレット様はすべてを防いでいるけれど、少し押され気味。その攻撃を止めようと、隙を突いてジルに蹴りを食らわす。それでも、ジルは倒れることなくすぐさま立ち上がり、そのままギャレット様の懐に潜り込むと、彼にタックルを食らわせた。
「ぐっ」
勢いのまま、ギャレット様が仰向けに倒れ込む。その隙にジルは馬乗りになり、彼の胸倉を掴んで叫んだ。
「ルイーズには指一本触れさせない。ルイーズは俺が守る!」
屋敷中に響き渡るような、力強い声。恥ずかしがるでもなく、照れるわけでもなく、彼の顔つきは真剣そのものだった。
たぶん、ギャレット様にもジルの真剣さが伝わったのだろう。胸倉を掴まれているにも関わらず、彼は嬉しそうにフッと笑った。その後で、容赦なくジルの鳩尾に掌底打ちを食らわす。
「がっ」
ジルは鳩尾を押さえながらうずくまった。ギャレット様は再び自由になりジルを見下ろす。
「良い面構えだ。その気持ち忘れるなよ」
むせ込みながらも「え?」と不思議がるジル。そんな彼の姿を見て怒っていたのはルイーズだった。




