これがお前のやり方か
買い物を終え、指定された噴水の前でロゼッタと二人みんなを待つ。しばらくして、私達は無事合流した。
「お腹が空いただろう? この近くに行きつけの店があるんだ。そこでもいいか?」
そうミレイア様が私達に聞いてくる。もちろんみんなお腹が空いていたので、誰も反論しなかった。
「エミリアは何買ったの?」
先頭を歩くミレイア様の後ろで、そばにいたエミリアに声をかける。彼女は自分で荷物を持っていた。
「私は、ジゼルさん用に新しいティーカップと、子ども達用に甘いお菓子を買いました」
「へえ、そうなんだ」
誰がどれをチョイスしたか一目瞭然だな。
「アンジェリーク様は、何か買われましたか?」
「私はこれ」
そう言って、買ったばかりの指輪を見せる。きっと私達の話し声も聞こえているであろうロゼッタは、聞こえていないフリをして歩いていた。
「これは指輪ですか?」
「そう。これ魔法具なんだって。これ一対なんだけど、どちらか一方がこれに魔力を注ぐと、もう一つを持つ相手同士で会話ができるんだって。しかも、どんなにお互いが離れてても。すっごい便利でしょ」
「へえ、そんな物があるんですね。じゃあ、もう一つの指輪はやっぱり……」
「ロゼッタに渡した。私の護衛だし、持ってて損はないかなって」
ロゼッタを見る。相変わらず彼女は聞こえないフリをしていた。恥ずかしいんだろうな、たぶん。
「それはいいですね! 二人でお揃いの物を身につけるなんて、仲良しのお二人にピッタリです」
「仲が良いのではありません。仕方なくです。アンジェリーク様はいつも私の予想斜め上をいきますから。護衛としてこの魔法具はあってもいいかと」
「だそうです」
わざと淡々としゃべるロゼッタを見て、エミリアがクスクス笑う。それでも、ロゼッタは怒ったりはしなかった。
そうこうしているうちに、一向はとある店の中にスッと入った。すると、中年くらいの頭にタオルを巻いた男性が、威勢の良い声をかける。
「いらっしゃいませ! あ、ミレイア様とマルセル様じゃありませんか。今日もデートですか?」
「いや、今日は客人も一緒だ。全部で十人の大所帯なんだが入れそうか?」
「おぉ、そんなにいっぱい! ちょっと待ってください。今確認してきますから」
そう言って、男性は他の若い子に何やら話をしている。時折、他の店員達が彼のことを「店長」と呼んでいたからそうなのだろう。
話を終えた店長は、こちらに向かって太陽のようにニカッと笑いかけた。
「ちょうど二階の個室が空いた所です。今準備しますんで、ほんのちょっとお待ちくださーい」
「ああ、わかった。ありがとう」
「何言ってんすかー。こちらこそいつもご贔屓にありがとうございます!」
ナハハッと笑って、店長は他の店員達に指示を飛ばしながら奥へと消えていった。
「ここは、よくお二人で来られるのですか?」
「ああ、視察も兼ねてな。なかなかうまいぞ」
「へえ」
店の中を見渡す。貴族が行くような高級料理店というよりは、下町の大衆食堂といった感じ。中では領民達がワイワイ楽しそうにお喋りしながら美味しそうに料理を食べていた。
「すみません、殿下、クレマン様。このような賑やかな場所でもよろしかったですか?」
「私は一向に構わんよ、マルセル。私も妻が生きていた頃は街へ下りてよく食べに行ったものだ。むしろ楽しみなくらいだよ」
「俺達にも気を遣わなくていい。こういう風に実際に平民の生活に溶け込んで視察するのも悪くない」
「レインハルトの意見に賛成だ。俺はかしこまった食事なんかより、こういう賑やかな食堂の方が好ましい」
「そうですか。それなら良かった」
マルセル様がフッと肩の力を抜く。ふと、ミレイア様が私を見た。
「アンジェリークは大丈夫そうだな」
「ええ。私もこういう所の方が落ち着くタイプですから。気遣い無用です」
前世の時なんか、こういう所でしか食べてこなかったし。高級フレンチレストランなんか、あんなのドラマでしか見たことない。
私の横でホッと息をついているエミリアがいた。
「良かったです、こういう食堂で。もしご貴族様が行くような高級なレストランだったらどうしようかと思いました」
ああ、なるほど。もしかしたらミレイア様は、エミリアのことも考えてこういう食堂にしたのかもしれない。さりげなく気遣える大人ってカッコいい。
そうこうしているうちに、店長がこちらに戻ってきた。
「お待たせしましたー。では、二階へ……」
そこまで言って、店長の口が止まる。そして、クレマン様を凝視した。
「あなた様はもしかして、クレマン・ヴィンセント様ではありませんか?」
「そうだよ。よく知っていたね」
「やっぱり! たまにカルツィオーネに行くことがあるので、そこでお見かけしたことがあったんですよ。いやー、あの英雄が店に来てくれるなんて感激っす!」
店長はお父様と握手をしている。その後でふと私と目が合った。
「ん? んん?」
お父様と握手をしていた店長が、私を見て目を凝らす。
「クレマン様に、その特徴的な縦ロール……あんたまさか、極悪令嬢アンジェリーク!?」
そう叫ぶと、店の中にいた客達までもが一斉に私を振り返った。貴族チームはみんな「ぷっ」と吹き出して必死に笑いを堪える。呼び捨てかよ、おい。
まあいいでしょう。こういう時こそ優雅に自己紹介してやる。
「初めまして。カルツィオーネ辺境伯長女、アンジェリーク・ヴィンセントと申します。皆様におかれましては、私のことをご周知いただきまして大変恐縮にございます。今後ともカルツィオーネをよろしくお願い致します」
スカートの端を軽く持ち上げて、かしこまった礼を見せる。すると、食堂のみんなはポカンと口を開けて呆けていた。
「お前、ちゃんとした礼もできるんだな」
「うっさいですよ、ラインハルト殿下。ヒールで足踏み抜きますよ」
「怖っ」
ラインハルト殿下が、わざとらしく身体をブルっと震わせる。店長はというと、「殿下?」と呟いてラインハルト殿下を見た。すると、後ろで控えていたギャレット様がずいっと出てくる。
「ここにいらっしゃるのは、ルクセンハルト国第一王子と第二王子であらせられる、レインハルト殿下とラインハルト殿下だ。みな、失礼のないように」
「王子!?」
それまで賑やかだったのが一変、みんな椅子から降りて跪こうとする。その光景に思わず私の眉間にシワが寄った。すると。
「いや、跪かなくていい。邪魔したのは俺達なんだ。気にせず食事を続けてくれ」
「しかし……」
そうは言われても、という雰囲気が領民達の顔から滲み出る。その気持ち、私にはわかるよ。
「殿下、あなた様達がいらっしゃると、みんな安心して美味しく料理を食べられないみたいです。邪魔なので、私達が食べ終わるまで外で待っててください」
『はあ!?』
「だってほら、みんなそう思ってますよ? 邪魔だって」
そう言って、わざとお客達の方を指す。すると、全員がまるでコントのように「いやいやいやいやいやいや!」と全否定した。
「そんなこと思ってませんよ! どうぞ中に入ってくださいっ」
「殿下達と一緒に食べられるなんて光栄です! 是非どうぞどうぞっ」
「あんな極悪令嬢の言うことなんか信じないでください! 我々は殿下達を心の底から歓迎してますからっ」
「お、おう」
「あ、ありがとう」
急な熱烈歓迎っぷりに殿下達は戸惑う。そして店長や店員達に押されるように二階へと連れて行かれた。
ふう、と息を吐く私に、ミレイア様が顎に手を当てながら頷く。
「なるほど。これがお前のやり方か」
「なんのことですか?」
「アンジェリーク様は人を動かすのが上手い悪女なんです」
「こらロゼッタ、あんたはいつも一言余計」
「そうか、そうか、心得ておこう」
「もうなんでもいいから早くしてー。お腹空いたぁ」
リザさんの言葉に頷きつつ、私達も二階へと向かう。殿下達はもう椅子に座っていた。そこを中心にしてみんななんとなく座る。私の両隣は、ロゼッタとエミリアだった。




