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ざまあみろ

 強制送還中の馬車から降り、玄関で合流したロゼッタと一緒に家族のところへ向かう。私の姿を見た瞬間、継母とミネットがまるで幽霊でも見たかのような顔で驚いていた。


「どうしたんですか、お二人とも。まるで幽霊でも見たかのような顔をして」


 皮肉たっぷりに笑ってみる。継母は、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。


 二人の悔しそうな顔を見ていると笑いが止まらない。いい気味だ、ざまあみろ。


 そんなことを知らないお父様は、不愉快そうに眉間にシワを寄せる。


「まったく、迷惑かけおって」


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 そう言って、深々と頭を下げる。それでもう興味をなくしたのか、お父様は「ふん」と鼻を鳴らした後、この部屋を出ていってしまった。それを確認して、継母が忌々しそうにこちらを睨む。


「魔物に襲われたんですって? 無事で良かったわね」


「心にもないことを、ありがとうございます」


「どうして生き残れたのかしら?」


「通りすがりの暗殺者を雇ったからです。私の護衛になってほしい、と」


 そう言うと、継母はロゼッタをキッと睨んだ。


「どうぞロゼッタを責めないであげてください。彼女はとても勤勉に職務に全うしていました。ただ、私があなた方より一枚上手だったというだけです」


「へえ、そう。どんな嘘をついて懐柔したのかしら? あなたにそんな大金は払えないと思うけど」


「お義母様、この世の中お金だけではありませんよ。お金ですべて解決できるほど、この世界は狭くないのです」


「なんですって?」


「彼女が一番望むものを私が提供する。その代わりに、彼女が護衛として私を守る。お互いの利害が一致した結果です」


「だったら、私もその望むものとやらをあげるわ。この子の倍で!」


「残念ですが、あなた様方に私の望むものは提供できません。なので、お断りさせていただきます。もちろん、成功報酬もいりません」


「……っ、誰があげるものですか!」


 ロゼッタの淡々とした、それでいて決意のこもった声。それを聞いて継母が怒声を上げる。そして、部屋を出ていこうとしたところで、私は「ああ、そうだ」と声をかけた。


「これ以上、私にちょっかいをかけるのはやめてくださいね。あまり怒らせると、雇った暗殺者にうっかり暗殺を依頼してしまうかもしれませんから」


 殺意と怒りと嫌味をたっぷり込めて二人を睨む。すると、二人の顔が真っ青になった。そのまま、慌てて部屋を飛び出していく。私は笑いが止まらなかった。


「いい気味! ざまあないわね。あー、スッキリした!」


「性格悪いですね」


「って言ってるあんたも、顔がニヤけてるわよ」


「私は性格悪いですから。人を使い捨てようとした報いです。アンジェリーク様的に言うと、ざまあみろ、です」


「へえ、ロゼッタでもそんなこと思うのね」


「当たり前です。私も人間ですから」


「そっか」


 えへへ、と笑う私を見て、ロゼッタがふいと視線を逸らす。その仕草が可愛いと言ったら、今度は傷口を握るだけじゃ収まらないかもしれない。


 ふいに、ロゼッタが真面目な顔つきになった。


「もし、本当にあのお二人の暗殺をご所望ならお言いつけください」


「なんで?」


「あなた様は、それほどの仕打ちをもう十分受けておられます。復讐するのなら、躊躇わずにいつでもお言いつけを」


 その顔つきは、冗談で言っているわけではなさそうだった。


 確かに、あの二人のせいでアンジェリークの人生は狂ってしまった。レオ様との幸せな未来が泡と消えてしまった。悲しい思いもたくさんしたし、死ぬかもしれないという激しい恐怖も味わった。


 けれど。


「悪いけど、それはしないわ」


「どうしてですか?」


「あなたが殺すほどの価値があの二人には無いからよ。というか、私からあなたに暗殺の依頼をすることは無いわ。絶対にね」


「それは同情ですか? それとも偽善ですか?」


「バカね、私のためよ。私は継母達と違って良心があるから。誰かを殺したり傷付けたりしたら、その良心が痛むの。すっごい気に病んできっと眠れなくなる」


「はあ」


「だから、私はあなたに誰かを殺せと命令しないし、依頼もしない。もっとわがままを言えば、あなたに人を殺してほしくはない」


「……難しいことをおっしゃりますね」


「そうかもね。でも、私は善人ではないから、あなたに抜け道を作ってあげる」


「抜け道?」


「相手を殺さないと自身の身の安全が保証できないと判断した場合は、この限りでない。護衛であるあなたを失ってしまったら元も子もないもの。私の身の安全が第一。つまり、あなたの命が最優先。オッケー?」


 どうだ、と言わんばかりにロゼッタの顔を覗き込む。彼女の顔は驚いていた。しかし、瞬きを三回した後でフッと笑う。


「なんで笑うのよ」


「いえ、あなた様らしいなと思って」


「バカにしてるでしょ」


「はい」


「バカにすんなっ」


 そこは、まさか、と否定するところでしょうが。


 むむむっ、と眉間にシワを寄せて抗議してみる。しかし、ロゼッタにはまるで効かなかった。代わりに、彼女の細くて綺麗な人差し指がピンと伸ばされる。


「一つ追加してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「私だけでなく、アンジェリーク様の身の安全が保証できない場合、と追加していただいてもよろしいでしょうか? 身の安全が第一なんですよね?」


「そりゃ、まあ……。あー、わかったわよ。追加していいわ」


「ありがとうございます」


 上手く乗せられた気がしなくもないけど。できれば、暗殺なんてことと無縁な人生を送りたい。


 誰にも邪魔されず田舎でスローライフを楽しんで。それで、上手いこと主人公と相手役をくっつけて、ハッピーエンドでこの物語を完結させて。


 そんな感じで、のんびり過ごしたい。


「そういえば、怪我の具合はどうですか?」


「めっちゃ痛い。実はずっと我慢してた」


「では、ルベン先生を呼んでまいりましょう」


「できれば急ぎでお願い! いててっ」


 ロゼッタが急いで部屋を出ていこうとする。その後ろ姿を眺めながら、私はふうっと息を吐いて微笑んだ。


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