貿易商の娘
全員が席に着き、ミレイア様が部屋の外に声をかけると、スタンバイしていた使用人達が台車を押しながら部屋に入ってきた。そのまま、お茶会のセッティングを始める。
紅茶の淹れ方も、ティーカップの置き方も、悪くはないんだけれど。ミネさんやヨネさん、エミリアの動きに比べれば少し見劣りした。
それを見て改めて思う。三人の手際の良さと無駄のない動きは当たり前じゃないんだなって。ジゼルさんは本当に良いメイド教育をしていたらしい。
というか、なんだかずっと使用人達にジロジロ見られている気がするんだけど。
「さあ、遠慮せず飲んでくれ」
そう言われ紅茶を一口含んでみる。しかし、やはり三人の淹れたものの方が美味しかった。
「どうした、飲まないのか?」
ミレイア様が、ロゼッタとエミリアを見ながら尋ねている。まず答えたのは、白い湯気が立ち昇る紅茶と睨めっこしていたロゼッタだった。
「いえ、私は冷めた紅茶が好きなだけです。お気になさらず」
「ほお、変わった嗜好だな」
危なかった。もう少しタイミングがズレていたら吹き出すところだった。ロゼッタもそんな私に気付いたのか、目だけで強く牽制してくる。猫舌のことは絶対言うなと。
「それで。そっちはどうした?」
今度は視線がエミリアへと向けられる。彼女もまた目の前の紅茶と睨めっこしていた。
「まさかお前も冷めた紅茶が好みなのか?」
「いえ、そういうわけではなく。その……私は平民の出なので、貴族の方の礼儀作法がまだよくわかっていなくて……」
「ああ、なるほど。だったら気にしなくていい。私も元は平民だから」
『え?』
驚く私とエミリアをよそに、ミレイア様は平然と紅茶を一口すする。
「私の家は、貿易商の家なんだ。戦争が終わって、国や領地の行き来が自由になったのを機に、父が一念発起して貿易商を始めた。それが運良く大当たりして財を成し、父は男爵の爵位を金で購入。それまで普通の平民よりはちょっといい暮らしくらいだった私達家族は、突然貴族の仲間入りを果たしたというわけだ」
「中流階級から上流階級へ、ですか。それはまた大変そうですね」
「まあな。元々貴族だった者達からしたら、成り金貴族など下の下だ。元は平民のくせにとか、仕草が平民くさいなど、ありとあらゆる嫌味や嫌がらせを受けた。私はまだ気が強かったからすべて突っぱねていたけれど、姉は優しいから苦労していたな。貴族になんかなりたくなかったと、よく家でも泣いていたよ」
「そうですか。お姉様の心中お察しいたします」
「ほんとにそう思ってるのか?」
「ええ。貴族もピンキリですから。お父様やマルセル様のようにご立派な方もいれば、己の欲のために令嬢を盗賊に襲わせるような下衆な輩もいる。私も身をもって知ったばかりです」
「ヤニス・ロイヤーか」
まさか、ミレイア様の口からその名前が出てくるとは思わなくて、私は彼女を凝視した。
「主人から薄っすら聞いてはいたが、それが事実だと確信したのは姉が倒れた時だ。その原因を聞いたら、ヤニスがクレマン様の花嫁候補を襲ったと聞いて、あまりのショックに寝込んでしまったと」
「そうか、マルセル様がおっしゃっていましたが、ミレイア様のお姉様は確かロイヤー子爵夫人でしたね。しかし、ショックで寝込むとは……」
「言ったろう、姉は優しい性格だと。ロイヤー子爵家の家族全員がヤニスのように悪意を持っているわけじゃない。少なくとも私の知る限り、姉と長男のルイスはまともだ」
「その話を私に信じろと?」
「ああ、そうだ。お前には信じてほしい」
ミレイア様が真剣な表情で私に訴える。しかし、私は首を縦に振ることができなかった。
「申し訳ありませんが、はいそうですかと簡単に信じられるほど、私はお人好しではありません。今でさえ、襲われた時のトラウマがまだ残っています。それほどの仕打ちをヤニスはしたのです。いくら身内とはいえ、会ったこともない相手を疑ってかかるのは当然でしょう」
「では、実際に会えば信じてもらえるのか?」
「いいえ。実際にお会いして信じるに足る相手だと判断すれば、です。それ以外は受け付けません」
キッパリと言い放つ。失礼な奴だと怒られるかと思ったけれど、予想に反してミレイア様はクククっと笑った。
「物怖じせずはっきりとものを言うんだな。さすが、噂に違わぬ令嬢だ。肝が座っている。まあ、そうでなければ、誰もが無謀だと判断した山火事の中、子どもを助けに行けるはずがない」
「ご気分を害されたのでしたら、主人に代わって私が謝罪いたします」
「いや、いい。ますます気に入った」
本当にそう思っているらしく、ミレイア様の表情は明るい。少なくとも不況は買っていないようで良かったと安心しておこう。
「ですが、どうして私にお姉様を信じさせようと思ったのですか?」
「姉が誤解されるのが嫌だったから。ヤニスの件で心労がたたって寝込んだというのは本当だ。君にも直接会って謝罪したいと本気で思っている。彼女の名誉だけは守りたい」
「お姉様のこと大好きなんですね」
「まあな。性格は正反対でケンカすることもあるが、姉の優しさに救われたことは何度もある。だから、姉のためになることなら何でもしてやりたい」
ミレイア様の声と顔が硬くなる。それと同時に空気がピンと張りつめた。
これはもっと深い理由がありそうな気がする。つついたら藪から蛇が出てくるような、そんな嫌な理由。できればこのままスルーしたい。
しかし、私の思惑に反してミレイア様は話しだしてしまった。




