忠誠の誓い
「ロゼッタ先生も大変だね」
「誰のせいでしょうね」
「でも、なんだか楽しそう」
ふふっと微笑んでみる。すると、ロゼッタが僅かにその目を見開いた。その後で懐かしむように目を細める。
「アンジェリーク様に出会ってから、私の人生は一変しました。それまで夜のように薄暗かった世界が、朝日に照らされて輝く大地のように明るくなった。すべてはあなた様のおかげです。感謝してもしきれない」
「なによ、急に改まって。逆に怖いじゃない」
「前に、仕える主人によって従者の運命が決まる、という話をしましたが。私は、世界でたった一人のかけがえのない素晴らしい主人に仕えることができたのだと確信しています。こんな私を護衛に選んでくださって、本当にありがとうございます」
「え、なになに? ロゼッタにこんな感謝されるなんて、私もうすぐ死ぬの!?」
「まさか。ただ、一度きちんと話しておきたかっただけです」
そう言われても、すぐには信じられない。そんな疑り深い性格が顔に出る。それでも、ロゼッタは普段通りだった。
「そういえば。私がアンジェリーク様を暗殺しようとしていた時に付いた、手のひらの傷はもう治りましたか?」
「え、ああ、これ? そりゃあもうとっくの昔に治ってるわよ。薄らと傷跡は残っちゃったけどね」
「へえ。ちょっと見せてください」
「いいわよ」
ほら、と手のひらを見せる。すると、ロゼッタがその手に優しく触れた。
その直後だった。突然ロゼッタが片膝をついてしゃがみ込む。そして、私の手を取ったまま、右手を自身の左胸に当てた。
「私、ロゼッタ・ドラクロワは、アンジェリーク・ヴィンセント様に永遠の忠誠を誓います」
これはその証とばかりに、彼女は私の手の甲に口づける。その一連の動作が超一流の舞台演劇のようにあまりにも美し過ぎて。私は何も考えることができず、しばらくほうっと見入ってしまった。
そんな間抜けな私の様子を見て、ロゼッタが悪戯っぽく笑う。それで私はやっと呪縛から解放された。
「……ねえ、前にあなたに言ったわよね。全幅の信頼を寄せられるの好きじゃないって」
「はい、確かに聞きました」
「それなのに……なんでちゃっかり忠誠なんか誓っちゃってんのよ! やだやだ、今のなし! ノーカン、ノーカンっ」
「これはあくまで個人の誓いのようなものですから。本人以外の者が無しにできるようなものではないかと」
「はあ!?」
「ほら、そろそろお部屋に戻らないと、魔物討伐に行った面々が帰っきてしまいますよ」
「話逸らすなっ。手のひら見せろっていうから見せたのに、こんな騙し打ちってある!? ひどくない?」
「正攻法でいったら、絶対誓わせていただけないと思いましたので。苦肉の策です。というか、普通忠誠を誓われたら嬉しいものではありませんか?」
「それは前にも言ったでしょう? その気がなくても人は誰かを無意識に裏切るものなの。それが忠誠を誓った相手だなんて……。きっとその反動で、ひどい殺され方をされるんだわ。やだ、どうしよう!?」
「あなた様は、今一度"忠誠"という単語を学び直した方がよろしいかと。そうすれば、きっとその不安は払拭されるはずです」
「そんなの、わかんないじゃない」
「たとえアンジェリーク様に裏切られても、私はあなた様を傷付けるようなことは致しません。すべてを受け入れて、それでもなおあなた様を慕うでしょう。それほどのことを、あなた様は私にしてくださったのですから」
「……ほんとに?」
「そんなに信じられませんか? 私のこと」
「そういうわけじゃないけど……」
口籠もってしまったのは、ロゼッタがちょっと傷付いたような顔をしたから。
ああ、そうか。信じて欲しい相手に信じてもらえない辛さを、一番よく知ってるのは私じゃないか。
ロゼッタは、私と共に歩んでくれる覚悟を示してくれた。だから、今度は私がそれをする番だ。腹を括れ、私。
「わかったわ。あなたの忠誠を受け入れましょう。その代わり、忠誠誓ったこと後悔すんじゃないわよ」
「はい」
ロゼッタが嬉しそうにフッと微笑む。それを見たら、なんだか私まで嬉しくなった。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
ここで第三章は終わりです。そして、第一部カルツィオーネ編(仮タイトル)完となります。
次からは第二部に突入です。仮タイトルを付けるなら、「VS常闇のドラゴン&ロイヤー子爵編」といったところでしょうか。
個人的に4月から忙しくなるので、毎日更新を続けられるかどうか不安はありますが。なんとか続けられるよう頑張りたいと思いますので、今後とも楽しんでいただけたら幸いです。
……長くなってすみませんっ。




