ルイーズの覚悟と師匠
「今頃放火犯は、大慌てで逃げ出しているか、主人である貴族に殺されているか。どちらにしてもざまあないわね」
「ですが、今回ミネさんとヨネさんに協力を仰ぐという発想には驚きました。私達でお力になれることがあるのならと、あの二人も快く引き受けてくださって」
「すっごく生き生きしてたよね、あの二人。頼んだ翌日には、山盛りの手紙が荷台に積んであったくらいだから」
噂話をしたり聞いたりすることが大好きなんです。だから、全然苦ではありませんよ。
そう言って、二人はいつもの調子でホホホっと笑ってくれた。
「たぶん、嬉しかったのでしょう。自分達でもアンジェリーク様のお役に立てることがあって」
「そうなのかな。私からしてみれば、こっちの方が二人にお世話になりっぱなしなんだけど」
お屋敷の周りをゆっくり歩く。途中、ミネさんとヨネさんと楽しそうにお喋りしているジゼルさんが見えた。建物が全焼してしまった孤児院の子達は、今現在ヴィンセント家のお屋敷付近に仮住まいしている。今はお昼寝の時間だから、ちょっと息抜きしているんだろう。
「孤児院の建て直しはいつになるんだろうね」
「さあ。クレマン様もニール様も気にはされておいでですが、今回は街の被害が甚大ですからね。城門も修復しないといけませんし、優先順位はかなり低いかと」
「そうよね。あーあ、私がもっとお金持ちだったら、今すぐ前よりもっと良い孤児院建ててあげられるのに。どっかに大金落ちてないかな」
「そんな都合の良いことが起こるのなら、貧富の差などこの世から無くなっていることでしょう。こればかりはなるようにしかなりません」
「真面目に返さないでよ。それくらいわかってます」
「そうですか」
ブーっと頬を膨らませて抗議する。しかし、ロゼッタは肩をすくませるだけだった。
「あ、アンジェリーク様に師匠!」
声が聞こえて立ち止まる。振り返ると、ルイーズとエミリアがこちらに走って来ていた。
「二人ともどうしたの?」
「これから、ココットさんに頼まれた食材の買い出しに行くんです」
「それが終われば仕事が一段落しますから、魔法のご指導をお願いします、師匠」
ルイーズがロゼッタに向けて爛々と目を輝かせる。ロゼッタはというと、その綺麗に整った眉毛の片方をピクリと上げていた。
「ルイーズ、何度も言いますが師匠と呼ぶのはやめなさい。私を師と仰いでいると周りから思われれば、あなたも何を言われるかわかりませんよ。暗殺を手解きされているなどと変に勘繰られては、あなたも迷惑でしょう」
「いえ、べつに。言わせたい人には言わせておけばいいと思います。それに、尊敬する人を師と仰いで何が悪いのですか?」
「ですから……」
「ロゼッタ、もう諦めなよ。ルイーズだってそれなりの覚悟持ってあんたのことを師匠って呼んでるんだろうし。好きなようにさせてあげたら?」
「他人事みたいに言わないでください。私は彼女のことを心配して……」
「心配してくださってありがとうございます。でも、私はこの呼び方を変えるつもりはありません。なんなら、暗殺の仕方も教えてください。魔法以外の戦い方も身に付けたいのです」
「ルイーズ……」
「もう私のせいで誰かが傷付くところは見たくないんです。だから、誰かを守る力になりうるのなら、たとえ周りからどんなひどいことを言われても私は何でも教わりたいです」
ルイーズは真剣な眼差しでロゼッタを見つめる。その顔には頑として譲らないと書いてあった。
私のせいで、か。
後で二人に聞いた話だけれど、二人を助けに行った際ジルが大怪我を負っていたのは、彼がルイーズを守るために魔物に襲われたからだった。その後で暴走したルイーズの魔法でロゼッタは重傷を負った。そんな辛い体験が、彼女の中の何かを大きく変えたのだろう。
たぶん、ロゼッタもそう思ったらしい。深いため息を一つついた後、渋々といった様子で受け入れた。
「わかりました。あなたがそこまで覚悟を決めているのなら、もうとやかく言うつもりはありません。あなたの好きにしなさい」
「ありがとうございます!」
「まったく、誰の影響を受けたのやら」
そう恨み言を呟いて、ロゼッタが私を睨みつける。なので、私は顔を逸らして知らん顔をした。そんな私達二人の様子を見て、エミリアがクスクス笑う。
「では、買い出しが終わったら声をかけてください。どうせエミリアも訓練に参加するのでしょう?」
「もちろんです!」
「しばらくしたら、魔物討伐に参加した面々が帰ってくるでしょう。そうしたら、負傷兵の手当ては魔法であなたがしなさい。これも訓練です」
「はい!」
「あと、そのことをミネさんとヨネさんに伝えておくこと。その間はメイドの仕事ができませんから。お二人にご迷惑をおかけすることを先に謝っておきなさい」
「わかりました」
ロゼッタの指示を聞いた後、二人は手を振って買い出しへと向かった。




