断り切れない日本人のさが
「嫌なのか?」
「いえ、嫌ではないんですけど……。私達が抜けると、ご高齢のジゼルさんが残った子達の面倒をすべて見ないといけなくなります。その負担はきっと大きいでしょう。学校へ行っている間だけでも心配なのに、このままずっと離れたままというのはちょっと……恩を仇で返すような気がして。子ども達も心配ですし」
「なるほど」
確かに、ジゼルさんと一緒に子ども達の面倒を見ていたエミリアが抜けるのは、孤児院にとってはかなりの痛手。
本当なら、卒業後に国の保護下に置かれて王宮に残るのが、レインハルトとの接点ができて物語的にはベターなんだけど。そんな心配を抱えたまま恋愛できるほど器用な子じゃないし。彼女の不安を払拭するためには……。
「いっそ、カルツィオーネに軍を作るか」
『え?』
「いや、領地軍だと規模が大きいからあんまり自由に動かせないか。それならもういっそ、私専用の私設軍を作るとか? それならクレマン様やニール様にいちいちお伺い立てなくても、私の号令一つで身軽に動けるから、王都との行き来も楽にできるし」
「アンジェリーク様」
「あー、でも私がエミリアを囲ったらまた変な噂が立ちそう。回復魔法の使い手を独占している悪女とか。まあ、いいか。今さら気にしてもね」
「アンジェリーク様」
ロゼッタが私の耳を引っ張る。それまでの思考が停止し、私は「痛たたっ」と叫んだ。
「ちょっと! 人が考え事してんのに何すんのよ」
「独り言がダダ漏れです」
「え?」
そう言われ五人を見渡す。すると、全員固まっていた。
「あの……まさか今の話聞いてました?」
驚くほど綺麗に全員の頭が縦に動いた。
「私設軍を作るって本当ですか、アンジェリーク様! だったら、是非私をそこに入れてください。そうしたら、カルツィオーネに戻ってこられますし、孤児院の子達の面倒も見られますっ」
「いや、エミリア落ち着いて。今のはただの妄想で……」
「だったら私も入りたいです! みんなと離れ離れにならなくてもいいですし、ジルもいるから安心です。そうだ、アンジェリーク様の私設軍なら、隊長はロゼッタ師匠ですか?」
「ルイーズ、今のはあくまでアンジェリーク様の独り言です。あまり期待しない方が賢明ですよ。あと、師匠と呼んでいいと言った覚えはありませんが」
「アンジェリーク様、俺も入れてください! アンジェリーク様に助けてもらったこのご恩を、いつか返したいと思っていたんです。だから是非っ」
「待った、待った、全員ストーップ!」
大声を出して三人を止める。離れた場所で会食をしていた数人が、何事かとこちらをチラリと見ていた。
「今の私設軍を作るというのは、あくまで私の妄想だから。本当に作るかどうかなんてわからないし。ってか、たぶん作らないし」
「それに、孤児院のことが心配なら、まず先に子ども達の面倒を見てくれるジゼルさん以外の誰かを連れてくる方が現実的だと思いますよ」
『そう、ですか……』
三人とも、わかりやすくガッカリしないで。なんかものすごく悪いことしたみたいじゃない。
その、捨てられた子犬のようにシュンと落ち込んでいる三人の目が、私をウルウルと見つめてくる。そのあまりの圧に、とうとう私は負けてしまった。
「……わかったわよ、一応検討してみる」
『ほんとですか!?』
「でも、きっと実現しないから。確率はかなり低いって思っててよ!」
『はい!』
やったー、と三人は弾けるような笑顔で喜んでいる。それを見つつ、私はやっちまったと頭を抱えた。ロゼッタは隣で何をやっているのかと大きなため息をつく。
「どうしよう……面倒くさいことになっちゃった」
「私は知りませんからね。これは、きちんと断らなかったあなた様の責任ですから」
「わかってるわよ」
冷静に考えれば、ロゼッタが言ったようにジゼルさん以外の誰かを連れてきた方が現実的なのに。くそう、独り言を口走るこのクセ、どうにかして直したい。
頭を抱える私の前に、レインハルト殿下とラインハルト殿下が立ちはだかった。
「アンジェリーク、やってくれたね」
「え?」
「本来、国の保護下に置くべき回復魔法の使い手を、自分の手元に置いておこうなんて。さすが極悪令嬢、やることが悪徳すぎる」
「いや、今のは妄想でっ……」
「これは是非国王陛下にお伝えしなくては」
「そうだな、それがいい」
「わー! 待って、それだけは勘弁してくださいっ」
立ち上がろうとしたら、お腹の辺りがズキリと痛んだ。思わず「うっ」と呻く。
「アンジェリーク様、はしゃぎ過ぎです。傷口に障ります」
「いてて……ごめん」
お腹を押さえていると、ジルとルイーズが心配そうに見つめていた。
うーん、そんな顔は見たくないんだけどな。
「あの……っ」
何か言いたそうな二人の口を、両手の人差し指でそれぞれ塞ぐ。
「また謝ろうとしたわね? 罰として、リンゴジュースを取ってきてちょうだい。喋りすぎて喉渇いちゃった」
そう注文してウインクしてみせる。すると、二人の表情がみるみる明るくなっていった。
「わかりました!」
「行こう、ルイーズ」
「うんっ」
二人は仲良く手を繋ぎながら走っていった。そんな姿が微笑ましい。
「今のは俺達が悪かった」
「すまん」
「いえ、べつに殿下達のせいではありませんから。お気になさらず。それよりも、私は早くココットさんの料理が食べたいんです」
エミリアが取ってきてくれた、私の目の前に置かれたココットさんの料理。実はさっきからずっと良い匂いがしていたのだ。
「色気より食い気か」
「まあ、お前には似合ってるけどな」
「それはどうも」
呆れ顔の殿下達は無視して、フォークを手に取る。すると、そのタイミングでニール様に「おい」と呼び止められた。




