慰労会の始まり
クレマン様の乾杯の音頭で、慰労会という宴は始まった。
「アンジェリーク様はここで座っていてください。私が何か食べ物を取ってきます」
「ありがとう、エミリア」
「じゃあ、俺も手伝おう」
「ありがとうございます」
レインハルト殿下がエミリアと一緒に並んで歩く。子ども達のコチョコチョ攻撃が効いたからか、王子が隣にいても彼女の表情は柔らかだった。
「ラインハルト殿下も行かなくていいんですか?」
「バカかお前は。今行ったらレインハルトに睨まれる。ただでさえエミリアを褒めただけで冷めた視線を送られたのに、これ以上邪魔したら次何をされるかわかったもんじゃない」
ラインハルト殿下が震える身体を抱きしめる。その様子が可笑しくてつい笑ってしまった。
「良かったな、クレマンの養子になれて」
「ええ。私が望んでいたのは、クレマン様の養子になることでしたから。ですが、あのまま婚約しても、私はクレマン様を夫として愛することができたと思います」
「あんなに歳が離れているのにか?」
「アンジェリーク様の男性のタイプは、年上の方らしいですから」
「年上……」
ロゼッタの言葉に、ラインハルト殿下の声が小さくなる。気のせいか、唇の端がピクピク動いていた気がした。
『アンジェリーク様!』
名前を呼ばれて振り向く。そこには、ジルとルイーズが立っていた。
「ジル、ルイーズ。二人とも体調はどう? 痛い所とかない?」
「はい。エミリアお姉ちゃんのおかげですっかり。回復魔法ってすごいんですね」
「俺も、傷跡も残らず綺麗に元通りになりました。後遺症? でしたっけ。それも今のところありません」
「そう。なら良かった」
優しく微笑むと、隣にいたロゼッタも頷いた。そんな私達を見て、二人は頭を下げてくる。
「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
「申し訳ありませんでした!」
「べつにいいのよ。みんな無事だったんだし」
「でも、私達のせいで二人とも重傷を負ってしまって」
「俺達の浅はかな行動のせいで……」
「そうね。もうあんな無茶は金輪際やめてちょうだい。私達のことは、ここにいるラインハルト殿下がきちんと国王陛下に報告してくれたはずだから。そうですよね?」
「ああ。きちんと書簡で送った。王宮に戻ってからも、口頭で説明するつもりだ」
「本当ですか!? ありがとうございますっ」
「良かったな、ルイーズ」
「うん!」
喜ぶルイーズに、ジルが優しく付き添う。ああ、もう可愛すぎ。二人とも囲みたい。
「おい、口元緩んでて気持ち悪いぞ」
「うるさいです。人の楽しみ邪魔しないでください」
「どうせ、囲いたいとか考えていらっしゃったのでしょう? 変態性が垣間見えます。二人は早くここを離れなさい」
「こらロゼッタ、あんたはどっちの味方なのよ」
「子ども達です」
しれっと言うところが腹立たしい。ロゼッタを睨みつけていると、ルイーズがジルと顔を見合わせ小さく頷いた。
「アンジェリーク様、ロゼッタさん。お二人にお話があります」
『話?』
思わずロゼッタと顔を見合わせる。構わずルイーズは続けた。
「私、エミリアお姉ちゃんと一緒に養成学校へ行こうと思います。そこできちんと魔法のことを勉強して、ロゼッタさんのように使いこなせるようになりたいんです」
それまでのオドオドしていたルイーズではなく、決意を込めた表情だった。
「ほんとにいいの?」
「はい。みんなと離れ離れになるのは寂しいですけど、今回の件で思ったんです。私の魔法は、このままだとまた誰かを傷付けるって。だから、そうなる前にきちんと制御の仕方を覚えたいんです」
「前にも言いましたが。私もその方が良いと思います」
「はい。それに、夢もできたんですよ。この魔法でみんなを守りたいって。今回の一件で私の魔法がみんなを守る戦力になれた時、ちょっと誇らしかったんです。今まで大嫌いだったこの力のことが、少しだけ好きになれた。だから、もっと学んでロゼッタさんのように自由自在に操れるくらい強くなって、魔物に襲われて苦しんでいる人達を助けたいんです」
ルイーズの口調は、今までのどの場面のものよりも力強かった。それはまるで、彼女の自信と覚悟を示しているかのようで。不覚にもちょっと感動してしまった。
「いいと思うよ。素敵な夢だね。私も応援する」
「ありがとうございます!」
「俺ももっと剣の腕を磨いて、ルイーズに負けないくらい強い剣士になります」
「うんうん、楽しみにしてるよ」
これが子どもの成長というやつなのだろうか。ジルなんて、ほんのちょっと前までは食料漁ってエミリアに追いかけ回されていたのに。今は強くなるために一生懸命クレマン様から剣を学んでいる。ジルもルイーズも、本当に逞しくなった。
「これが親心ってやつなのかしら。二人の成長が心に染みる」
「そうですね、二人とも本当に成長しました。明確な目標があれば、道に迷うことはないでしょう。辛く大変な道かもしれませんが、頑張って歩み続けられることを祈っています」
「ロゼッタさん……」
ロゼッタの言葉に、ルイーズが涙を堪える。そして、突然ロゼッタの手を握った。




