呪縛からの解放
扉が開かれ、眩しい陽の光が目に飛び込んでくる。その先に広がっていたのは、屋敷の外一面に佇む領民達の姿だった。よく見ると、エミリアやジルやルイーズや孤児院の子達、兵士や自警団員や、殿下達にギャレット様、クレマン様やニール様もいる。
これは一体どういうことだろう。
「ロゼッタ、これ……」
「私にも、何が何だか……」
なんだなんだ、一体どうした。しかも、なんかみんな雰囲気暗くない? 誰も喋らないし笑いもしない。子ども達でさえ口をつぐんでいる。……もしかして、なんか怒ってる?
はっ! これはまさかっ!?
「…………もしかして、私達を断罪しに来たんですか?」
そうに違いない!
エミリア達を助けるためとはいえ、城門をぶっ壊してみんなを危険に晒したんだ。なんて極悪非道な令嬢なんだと、早くここから出ていけと、みんなで非難しにきたのかも。
青ざめる私の耳に、どこかから「ぷっ」という何かが吹き出す音が聞こえた。それが呼び水となり、場がどっと笑いに包まれる。
「あははははははっ!」
「断罪……断罪って……っ」
「どうしてそうなるかな……っふふっ」
「言ったろ? あいつは面白いって」
なんだ、なんだ。なんでみんな笑ってるの。私なんか変なこと言った? こっちは真剣に肝を冷やしたんですけど!
「極悪令嬢は、断罪をご所望かな?」
「クレマン様!」
目尻に溜まった涙を拭いながら、クレマン様が近付いてくる。私はロゼッタに言って降ろしてもらった。
「べつに、断罪を望んでいるわけではないのですが……」
「そうか、それは良かった」
そう言うと、クレマン様は私を優しく抱きしめた。
「良かった……死ななくて本当に良かった」
抱きしめる両腕にさらに力が込められる。それだけ心配してくれたんだと思ったら、お腹の痛みより胸の痛みの方が勝ってしまった。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
そう言って抱き返す。私を包み込む温かさが心地いい。
「ここにいるみんなは、君を断罪しに来たんじゃない。謝りに来たんだ」
「謝る? 私達に? どうして?」
「それは本人達に聞いてみたらいい」
クレマン様がそう促す。みんながいる方へ恐る恐る顔を向けると、彼らはみんな笑顔だった。その中の代表として、自警団団長のヘルマンさんが前へ出てくる。
「アンジェリーク様、ロゼッタさん、二人を裏切るようなことしてほんとに申し訳なかった。自分の保身のためにあんた達見捨てようとして、ジルやルイーズだって助けに行くと言えなくて。団長なのに恥ずかしい限りだ」
「そんなことありませんよ。普通は大体そうです」
「でも、あんた達は違った。なんの迷いもなく二人を助けに行った。その時俺は確信したんだ。この人達はこの国を貶めるようなことはしない。きっと、クレマン様のように国を守るために最後まで戦える人達なんだって。俺だけじゃなく、みんなそう思ったはずた」
ヘルマンさんがみんなを見渡す。すると、全員が頷いてくれた。その後でケイトさんが続く。
「私も二人を突き放したのに、アンジェリーク様はそんな私の子どもを助けてくれた。ひどいことした私なのに、自分が囮になるから早く逃げろとまで言ってくれた。あなた様は間違いなくコリンの命の恩人です。誰がなんと言おうと、私はお二人を信じます」
「ケイトさんまで……」
大人達の言葉に、孤児院の子ども達も触発されたらしい。
「アンジェリーク様もロゼッタさんも、私達助けてくれたんだよ。悪い人じゃないもん」
「そうだよ。美味しいご飯だって食べさせてくれたし。優しい人だよ。ねー」
『ねーっ』
「みんな……」
子ども達の後を引き継いだのは、ニール様だった。彼はレインハルト殿下とラインハルト殿下の前に立つ。
「たとえドラクロワ家と国王陛下との間に遺恨があったとしても、ここにいるアンジェリークとロゼッタは関係ありません。特にこのアンジェリークという女は、国王陛下どころかこの国にすら興味がない。ただ自分がどれだけ心豊かに生きられるか、そのことしか考えていないただの自己中のアホです。ロゼッタはそれに振り回されているに過ぎない。国王陛下の暗殺など、そんなことを考える方が間違っています。笑われてしまう前に、今一度国王陛下にそんな事実はなかったとご報告いただけないでしょうか? お願いいたします」
そう言って、ニール様は殿下達に頭を下げる。その後で領民達も続いた。
「ニール様……みんな……」
普段あんなにいがみ合っているのに。そんなニール様が私のために頭を下げてくれるなんて。領民のみんなも、私なんかのために頭なんか下げなくてもいいのに。
その光景は、私の胸の奥を熱くさせた。
レインハルト殿下とラインハルト殿下が目配せをする。そして一つ頷くと、二人は私とロゼッタの方へ向き直った。
「陛下に伝えよう。ここにいるアンジェリーク・ローレンスと、ロゼッタ・ドラクロワに、陛下を暗殺する意思はないと」
「ここの領民達を守るために命をかけて戦える、陛下と同じ志を持った愛ある勇敢な人物達だったと」
『そう伝えると約束する』
「殿下……っ」
ハッと気付いて隣にいるロゼッタを見る。彼女の顔は信じられないとでも言いたげだった。その表情のまま私と目が合う。その瞬間、色んな感情が爆発してしまって。
私は感情のままに思いっきりロゼッタに抱きついた。
「やった! やったよロゼッタ! 殿下達が、ロゼッタに暗殺の意思はないって国王陛下に伝えてくれるって。みんなも受け入れてくれたみたいだし、これでもう独りぼっちじゃなくなるね!」
「アンジェリーク様……」
「良かった、本当に良かった……っ!」
これでやっと、ロゼッタはドラクロワ家の呪縛から解放される。これから先は、孤独に耐えながら死んだ方が良かったんじゃないかなんて考えずに生きていける。それがこんなにも嬉しいなんて。
無邪気に喜ぶ私に、しかしロゼッタはまだ戸惑ったままだった。
「私なんかのために人目もはばからず大喜びして……恥ずかしくはないのですか?」
「しょうがないでしょ。あまりに嬉しくて、気付いたら抱きついてたんだから。こういうのは理屈じゃないの。心がそうしたいからそうしただけ。自分の気持ちに正直に生きてみるのも悪くないわよ」
「正直に……」
すると、ロゼッタは躊躇いながらも私を抱きしめた。
「……私なんかのために、喜んでくださってありがとうございます……ありがとうございます……っ」
ロゼッタの声は震えていた。顔は見えないけれど、私には彼女の感情がわかってしまった。嬉しい、嬉しいよって。彼女の温もりと一緒にそれが伝わってくる。
「おめでとう、二人とも。ロゼッタも、誤解が解けて良かった」
「クレマン様……」
優しく微笑むクレマン様が、私達に祝福の拍手を送る。すると、みんなもそれにならって拍手が広がった。
温かい拍手。それに包まれると、なんだか幸せな気持ちになって嬉しさが溢れてくる。私が笑いかけると、ロゼッタも同じように笑ってくれた。
あの時、諦めなくて良かった。最後まで諦めずに、生きるために必死に思考を巡らせて頑張って良かった。その結果がこれだというのなら、このお腹の傷もご褒美に思えてしまう。
拍手が鳴り止んだ。もうこれでこの話は終わり。誰もがそう思っただろう。
しかし、最後の最後でクレマン様がとんでもない爆弾を落としていった。
「さて、一区切りついたところで。アンジェリーク、君に話がある」
「私に、ですか?」
「君を、家族として我がヴィンセント家へ迎え入れることにする」
「へ? 家族としてって……」
そこで、ふと私がここへ来た経緯を思い出す。そう言えば、私はクレマン様の花嫁候補としてヴィンセント家へ招かれたんだった。
ということは、つまり……。
「もしかして、婚約、ということですか?」
恐る恐る聞いてみる。しかし、クレマン様はただ微笑むだけで肯定も否定もしない。でも、それが答えな気がした。
「えぇっ――!?」
そのどよめきは、青く澄んだ空へ吸い込まれていった。




