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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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死ななくて良かった

 目を開けると、そこはヴィンセント家の私の部屋だった。


 カーテン越しにも眩しい。もう朝という時間は過ぎているんだろうか。おかしい。いつもならロゼッタが起こしに来てくれるのに。そこまで考えてはたと気付いた。


「そうだ、ロゼッタ……ロゼッタは!?」


 起きあがろうとしたら、腹部に激痛が走った。あまりの痛さに声も出ない。


「し、死にそうっ……ん?」


 腹部を押さえている反対の手。それに何か温かいものが触れている。


 なんだろう、これ。感触から言って……人の手?


 気になって、首だけ必死に伸ばしてベッド脇へと視線を向ける。すると、そこにはベッドの端で眠っているロゼッタの姿があった。


 いた、ロゼッタ! しかも、手が温かいということは、生きてるってことよね。


 身体を起こそうとする。しかし、やはり激痛が腹部を襲い泣きそうになった。こうなったら、寝たままの状態でロゼッタを起こしてやる。


「ロゼッタ、起きて。ロゼッタってば」


 しかし、まったく反応が無い。


 えぇー……。これだけ音させてピクリとも起きない暗殺者ってどうよ?


「ねえ、ロゼッタってば。起ーきーてー」


 握られている手をギュウッと握り返しても起きない。もしかして、ほんとは死んでんじゃないでしょうね。


「今すぐ起きないと、あんたが私の護衛になった経緯を、すべての領民に話すわよー」


 そう言った直後、まるで刺客が襲ってきたと言わんばりの勢いでロゼッタが目を覚ました。そして、寸の間辺りを警戒した後、最後に私と視線がぶつかる。私は片手を挙げて応えた。


「よっ、おはようロゼッタ」


「アン、ジェリーク、様……」


「珍しくお寝坊さんなのね。ってか、従者のくせに主人より遅く起きるとかありえなくない? しかも、暗殺者のくせに何度呼んでも起きないとか、信じらんないんだけど」


 とりあえず、いつもの調子で軽口を叩く。しかし、ロゼッタはすぐに言い返してこなかった。ただ黙って私の顔を凝視している。


「なによ。私の顔に何か付いてる?」


 そう言うと、ロゼッタが私の頬に手を添えた。そのまま、その頬を思いっきりつねる。


「いだだだだだだっ」


「あ、夢じゃない」


「コラ!」


 怒りに任せて、ロゼッタの手を払いのける。


「あのね、普通ここは自分の頬をつねるもんでしょが。なんで人の頬つねってんのよ……」


 言い終えた直後、ロゼッタが寝たままの私に抱きついてきた。


「本当に腹立たしい」


「は?」


「どれだけ心配したと思ってるんですか、どれだけ私に心配かければ気が済むんですか。嫌がらせですか? 新手の拷問ですか? あなた様を失うかもしれないという恐怖と不安を五日間も味わわせるなんて、あなた様の人間性を疑います。さすが極悪令嬢アンジェリーク・ローレンス様です。その冷酷無慈悲な仕打ちは、きっと誰にも真似できないでしょう」


「え、何これ。起きて早々なんでこんな嫌味のマシンガン食らわなきゃいけないの?」


「わからないのですか?」


「うん」


「死ななくて良かった。そう言ってるんです……っ」


 そう言い終えると、ロゼッタはさらに私をきつく抱きしめた。


「……わかりにくい上に、ただの悪口にしか聞こえないんだけど」


「でしょうね。ただの悪口ですから」


「あっそ。あんたの言う通り、私の極悪っぷりは天にも届いていたらしいわよ? 来なくていいって、神様にまで嫌われちゃった」


「神様は見る目ありますね」


「うっさい、ロゼッタのくせに」


 フッと笑って、彼女の頭を撫でる。相変わらずサラサラした髪は撫で心地が良かった。


「ロゼッタが生きてて安心した。あなたを背負っている間中、何度心の中で死んじゃダメって叫んだことか」


「正直、あの時はもう死を覚悟したのですが。どうやら、ジルとルイーズの手当てが終わった後、エミリアが無理を押して回復魔法を使い、私の怪我を治してくれたようです。私も目が覚めた後、ミネさんヨネさんからそう聞きました」


「そっか。じゃあエミリアに感謝しないとね。ジルとルイーズも元気?」


「はい。エミリアは、指示通り先にジルとルイーズを完治させたようです。私が無事起きたと知って、真っ先にルイーズが泣いて謝りにきた時はどうしたものかと戸惑いましたが」


「激しく責めたてたのね」


「性悪で有名な極悪令嬢であればそうされたかもしれましんが。私はそこまで冷酷になれなかったので許しました。実際、あれは油断したアンジェリーク様のせいですから」


「悪かったわよ、あんたに怪我させて。ってか、なんで私が謝らなきゃいけないわけ?」


「あなた様は、私だけでなく大勢のみなさんに謝るべきです。あまつさえ城門を破壊してみなを戦闘に巻き込んだばかりか、腹部の怪我やそれに伴う高熱のせいで五日間も生死を彷徨っていらっしゃったのですから。大勢の方にご心配をおかけしたその罪は重いかと」


「そう、だったんだ。五日間も生死を……。ごめんね、心配かけて」


「本当に反省していらっしゃいますか?」


「うん。もしこれが私じゃなくエミリアやロゼッタだったら、私も今のロゼッタみたいに怒ってたと思う。こっちは死ぬほど大事に思ってるのに、五日間も生死を彷徨いやがってって。だから、ほんとにごめん」


 真面目に答える。すると、ロゼッタが私の顔を覗き込むようにして馬乗りになった。そして、その細くて綺麗な手で私の顔の輪郭をゆっくりなぞっていく。


 その息を呑むような美貌と妖しく動く手つきに、女の私でもドキドキした。


「では、その償いとして、あなた様は何をしてくださるのですか?」


「ロゼッタの好きにしていいよ」


 ロゼッタの目と私の目が交錯する。少しして、彼女はフッと笑った。


「冗談です。私は、あなた様が無事目覚めただけで十分ですから」


「ロゼッタ……」


「さあ、クレマン様や他の方にもお教えしなくては」


 ロゼッタは馬乗りを解いて私から離れようとする。そんな彼女の服を私は咄嗟に掴んだ。


「……もう少し、ここにいて」


「アンジェリーク様?」


「もう少しだけ、ロゼッタと二人きりでいたいの」


 きっと心配してくれている人達に、早く安心の報告をするのは必要なことだろう。それはわかっている。それでも、もう少しだけこのままでいたい。無事に生きていてくれたロゼッタを独り占めしていたい。


「ダメかな?」


「死ぬほど心配をおかけした相手に一秒でも早く報告に行くのは、つきっきりであなた様の看護をしていた私の義務だと思うのですが」


「そうだよね。ダメだよね。ワガママ言ってごめん」


「ですが、私も人間です。この五日間ろくに寝ていないので、今猛烈な睡魔に襲われています」


「ロゼッタ?」


「あなた様の隣だと、不思議と安眠できてしまう。ですので、もう少しだけあなた様と一緒に寝させてください」


 ロゼッタはそう言うと、私の隣にふわりと倒れ込んだ。


「いいの?」


「いいも何も、主人の想いに応えるのが従者の務めですから。それに……」


「それに?」


「私も、あなた様と同じ気持ちでしたから」


 ロゼッタが優しく微笑む。それがなんだか嬉しくて、私も「そっか」と言って微笑んだ。


「でも、ほんとにいいのかなぁ?」


 すると、ロゼッタが私にこそっと耳打ちする。


「今、扉の前に人の気配がします。それで跳ね起きたのですが。たぶん、ミネさんかヨネさんかエミリアでしょう」


「え、そうなの?」


「はい。きっと、今の会話も筒抜けなはず。気の遣える人達ですから、クレマン様達に報告しつつ、このままそっとしておいてくれるのではないかと」


「確かに。未だに部屋に入って来ないしね。気を遣ってくれている証拠だ。じゃあいっか」


 ついでにと、声を元の大きさに戻す。


「お腹空いたから、あとで何かご飯食べたい」


「はいはい、わかりました。ココットさんに何か食べやすい物を作ってもらいましょう」


「やった」


 なんだか、こういういつもの会話が嬉しい。お互い生きてたんだって実感する。あぁ、だからロゼッタも今日はよく喋るのか。


 そんなことを思いながら、隣に横たわるロゼッタと微笑みあった。


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